Startegy10:歩くべき道も、歩いた先も
レイザ達が先に進んでいた頃、セティはルディアスに連行されていた。
「ルディアス、いつから気付いていたのです――最初から二人に攻撃する気が自分にないことを」
突然の襲撃を繰り出したのはルディアスだった。食い止めることは出来たが、二人相手にはかなわず、今は惨めな姿を晒していた。
ただ、二人にはセティを嘲笑う様子は見受けられない。
狙ったようにやって来たルディアス達に彼は敢えて聞いてみた。すると、彼は直ぐに返答をしてくれたのだ。
「最初からかな。お前はゼーウェルをハーディストタワーに入れた。俺が気付かないとでも思ったか?」
ルディアスはさも当たり前かと言わんばかりに答えた。
その声色は、やはり親友のそれで、セティは何とも言えず口だけで笑いながら答えるだけで精一杯だ。
「……いや、そんなことはないです。君には気付かれていると思っていました。でも、足掻いてみたかった」
頭数でも不利なのに近接戦が苦手な自分にかなうはずがなかった。
これも、隠し続けた罰なのだろうか。
ルディアスはそんなセティを見たからなのか、返答を聞いたからなのだろうか、無意識に謝罪の言葉を漏らす。
「それなら悪いことをしたな」
そう言ってルディアスは左手を額に当てて考え込むような素振りを見せた。
悩みは勿論セティに妨害され、レイザ達を狙い損ねたこと。
セティは今の自分の立場を嘆く様子はなく、ルディアスの後ろを黙ってついて行く。
それが、ルディアスにはとても疑問に思ってしまった。彼が逃れようとしない辺り、こうなることを最初から知っていたようにも見える。
だから、ルディアスは問わずにはいられなかった。
「セティ、俺にかなわないと分かっていて、どうして戦った。どうしてディールに言わない。奴らの代わりに俺が聞いてやる」
声色からでも分かる。どうやらルディアスは本気で知りたいようだ。
立ち止まった彼にセティは一言だけをルディアスに投げつける。
「……大切だから言えないことだってある」
セティはルディアスの背を苦々しく見守っていた。
彼の反応が怖かったのかもしれない。
案の定、ルディアスは立ち止まり、低い声でセティを責め立てる。
「言いたくないだけだろ。逃げているだけだろ。正しいだろうなんて、思い上がりも甚だしい。レイザ達の表情をお前は見なかったのかよ、セティ……」
ズバリ言い当てられ、セティは唇を噛んだ。
ルディアスが怒るのは正しい。ただ、逃げているだけなのだ。
「ゼーウェルもお前も身勝手なんだよ。あまりにも身勝手すぎて見てられない」
ルディアスの意外な言葉にセティは目をパチパチさせた。
悪魔に手を伸ばしてでも生きたいと願うルディアス達と、その悪魔を阻止するゼーウェルとは相容れない筈だった。
そんな彼のが今言った内容はまるでゼーウェルや自分を心配しているようにも受け取れる。
「……何、突っ立っているの。セティ、早く歩きなさい」
背後からルキリスの冷たい声が響いた。
逃げるつもりはもうないのに、締めるところは締めるらしい。
ルキリスがいればルディアスも安心だろうとセティは内心ホッとして、ゆっくりと歩いて行く。
束の間の会話は、敵対する前の友人間とのやり取りで、自分の置かれている状況からは考えられず、セティは苦く微笑んだ。
****
一方、広間までやって来たレイザ達は息を呑んでいた。敵の気配が色濃くなってくる。
通路ではルディアスたちの情けとセティによって助けられたが、本拠地ではそうはいかないだろう。
「この先が、本拠地なんだね……ゼーウェルさんも、この先にいるんだね……怖くなってきた」
恐らくサッグは少人数で形成されているだろう。
ジュピターでは醜態を見せたラルクも、ルディアスたちもこの先で二人を待ち構えているに違いない。
「……レイザ、怖くないの……?」
不安げに問いかけるディールにレイザは首を横に振って答えた。
「怖いさ。何の力もない俺達が強大な力に挑むんだ。でも、ゼーウェルに会いたいから」
彼の返事から本当にゼーウェルを慕っているようだとディールは感じた。
いつも強気な態度に出るレイザも、ゼーウェルの目から見れば信頼できる部下よりも守るべき可愛い弟なのだろうか。
(本人はかなり不満だと思うけど)
前を歩くレイザを見て、ディールは先にいるであろうゼーウェルに呆れの溜め息をつく。
「レイザ、大丈夫? 何か、部屋がいっぱいだね」
「あ、ああ……でも、真っ直ぐ進むぞ」
「うん!」
ディールはにっこり笑ってレイザの後をついて行く。
最初から、四つの部屋に繋がる扉が見えた。
しかし、今の二人には一直線に進むという選択肢しか頭になかったのである。
彼らの直線上に見える部屋――彼らは迷うことなく扉を開き、その奥へと進んで行く。
部屋の中だと思っていたそれは通路で、別の場所に続く扉も目に入る。
ゼーウェルは身を潜めているのだろうか。
しかし、こういった場所にいる可能性は低いだろう。
「このあたりはスルーしたほうがいいかもね」
レイザが真っ直ぐ進むのを見て、ディールも同意する。
入って間もない場所、しかも敵の本拠地なら探索するのは無謀だ。先に進んだ方がいいかもしれない。
真っ直ぐ進んでいると、広間が見える。そして、そこに敵が待ち構えていた。
「気付かれたよ……」
「ああ、ディール、突っ込むぞ」
「うん!」
レイザが先陣を切り、ディールがその後に続いて走る。
通路を抜けると、やはり勇ましい兵士の霊体がレイザ目掛けて斬りつけようとする。
さぞ、無念だっただろうとレイザは胸を痛めながら間合いを詰めて跳び蹴りを放つ。
ディールはもう一人いる霊体に向かって雷を放つ。
「……先に進もう」
意外にもレイザではなくディールがそう言った。
いつ戦っても後味の悪さはなくならない。
心なしか、レイザ達に倒された“彼ら”は安らかな表情で消え去った。
蘇るためなら――ルディアスは確かにそう言ったが、この光景を見たレイザには、生きることに執着するルディアス達が分からない。
どうして、フィリカに拘るのだろうか。
その先も、今度は黒いローブを身に付けた者達が立ちはだかる。
魔術師ということで一気に間合いを詰めて攻撃するのが早く突破出来る方法だ。
彼らは距離を詰めれば詰めるほど攻撃を放つのが難しくなる。
接近戦を得意とするレイザにはそれが分かり、攻撃を受けた者達はあっさりと消え去る。
レイザ達の前にたちはだかった者達が穏やかに消えていく様を見て、ズキリと胸が痛む。
数分後、ディールも決着をつけ、急いでレイザの元に戻って来る。
その表情は曇ったままだ。
「……レイザ、俺、今ね……」
ディールの言いたいことが直ぐに分かった。
レイザも敵の姿を見てから、悲しむような表情をディールに向けて話す。
「……ディール、俺もだ」
敵が見えなくなったところで二人はぽつりと本音を言い合った。
始めは必死だったのに、胸を痛めたのに、段々と煩わしくなっていく。
まるで、無機質な物でも見ているかのようで。
「レイザ、頑張ろう!」
気を落としそうになるレイザを奮い立たせ、ディールは彼の背中を押して走っていく。
まだ、ハーディストタワーでの攻略は始まったばかりだ。
****
長い時間、身を潜めたせいなのか、今では様子も分からなくなっている。
傷は持ち込んでいた薬草をかじり、塞がっているが疲労感までは癒えなかったようだ。
それに薬草の効果も気休め程度のものである。
ここまで来れたのは奇跡ではないかとゼーウェルは考えていた。
厳密に言えば奇跡などと尊い言葉を用いるのは適切ではない。
多くの人間の犠牲の上に成り立つものであったのだ。
その一人となったセティは食い止めると言い、リーフ・グリーンで別れた。
ミディアはロックレンブレムに入る前に別れた。
その後の噂――自分をフィリカに誘ったヴァンと連れ添っているメーデルの立ち話ではミディアがルディアス達に倒されたと聞く。
そして、ゼーウェルにとっては出来るだけ避けたい話題も一緒に耳に挟んだ。
『レイザがロックレンブレムを越えた』
つまり、通路を越えればハーディストタワーに来てしまうことになる。
「ちっ、見つかったか……」
考えているところへ複数の敵兵がファイアーボールを繰り出した。
ゼーウェルは歯軋りをしながら迂回して別の通路に向かって走るが、途中で妨げられる。
「ゼーウェル卿、悪いが成敗致す」 彼の前に立ちはだかったのは双剣を構える青年、ラルクだ。
「ラルク……ジュピターから来たのか……」
何も考えず無謀に突っ込むラルクを甘く見ていたのかも知れない。
ジュピターを守備する理由は『できれば力を消費させておく』為だけだ。さほど重要事項ではないのかもしれない。
どうして気付かなかったのか。
「ゼーウェル卿、ジュピターであなたが足止めされてはあの方も困ります。故にあの場で戦うのは不適切と考えただけなんですよ。今は、違うがな!」
大剣を構えるラルクとは比べものにならないほどの速さで攻撃され、間合いを詰められないよう後退するのが精一杯だった。
「発勁!」
身のこなしではラルクにはかなわない。あっと言う間に間合いを詰められ、ゼーウェルに向かって攻撃を繰り出す。
「衝撃弾!」
「サンダー!」
衝撃弾が目前に迫ろうとしていたところ、ゼーウェルはサンダーを放った。
少なくとも、衝撃弾だけは阻むことができた。
「キリがないな……喰らえ!」
辺りが光に包まれ、目が眩む。
咄嗟にゼーウェルから離れて目を覆うラルクを見た彼は素早く走り出す。
光が治まった頃、ゼーウェルの姿はそこになく、ラルクは悔しそうな表情を浮かべる。
「ゼーウェルを逃がしてしまったか……」
なるべく自分の手で止めたかったのだが……と、ラルクは溜め息をつく。
しかし、退却を選ぶところからゼーウェルが既に不利な状況に陥っているのは分かっていた。
セティ達がいたとしてもかなりの体力を消費しているだろう。
「ラルク様、あとは下の階の者に任せましょう。レイザ達も此方に向かっています。無闇に追うと危険ですぞ……」
付き従う部下の忠告にラルクは苦々しく笑いながら頷いた。
「分かってるよ。俺の役目は此処にいることだもんな」
快活さは相変わらずだが、どこか暗い表情だったのは誰が見ても一目瞭然だ。
しかし、ラルクは再び身構え、レイザ達が来るのを待つことにした。
****
レイザとディールにも敵は迫っていた。
慌てて隠れ、やり過ごしているが何度もやり過ごせるわけではなく、見つかってしまえば応戦する。
レイザが跳び蹴りを放ち、ディールが止めを刺す。
殴った感覚はなく、止めを刺しても感覚はなく、敵は静かに消えていく。
まるで砂のようにサラサラと、音を立てて。
「レイザ……どうして消えるのかな」
疑問だった。
作り物のようで、もう、そこには何もなくて、虚しささえ込み上げる。
「……何れ、分かる時が来る筈だ。今は、進もう」
考えたくなかった。考えてはいけなかった。
――考えてしまえば、きっと、この足は前に進もうとしないだろう。
(ゼーウェルも、こんな光景を見たからなのか……?)
今なら分かる、ゼーウェルはとても強かった。
それは、痛々しいほどに。
この世界を止めるためなら犠牲すら厭わない彼の意思の強さに惹かれ、優しさに憧れ、迷うことなく彼の下についた。
口を堅く結んだままの彼に、誰かの足音が聞こえた。
「レイザ……」
「身構えろ」
敵か味方か。いや、敵だろう。
レイザとディールは身構えた。
身体中から、汗が流れる。
足音を立てる者の姿が見えたその時だった。
――どうして? これは幻覚?
暗闇の中なのに、そこだけが眩しくて、目を細める。
ディールも信じられない様子で立ち尽くしていたのだろうか。
「レイザ、ディール……」
口を開いたのは、服も端切れて布切れを纏っているようで、それは出血と返り血で汚れていた。
よく見ると顔にも擦り傷や切り傷があちこちにある。
レイザは呆けたような声で名前を呼ぶ。
「……ゼーウェル」
やはり、信じられなかったけれど、これは紛れもなくゼーウェルだ。
「来て、くれたのか……」
目を見開く彼に向かって、強く頷いた。
「会いたかった」
実感が湧くと、素直に言葉が口から出てくる。
フィリカのことは、多分今まで考えていなかった。
偶々知ったことで、考えることすらしなかったのだから。
「ゼーウェル、無事で良かった……」
彼は戸惑いながらも、時折安堵の表情を浮かべるから、来て良かったのだ。
「しかし……あまり時間がない。二人とも、ついて来てくれないか」
現実はそうはいかなかった。
皆、気付いている。再会の余韻に浸っている時間はない。
闇に潜むように歩くゼーウェルの後ろを、二人は黙ってついて行く。
ただ、彼を信じて。
****
「フィリカのことを知ったのは三年前。ディールの父、エルヴィス殿から聞いた。最初はお伽話だった」
神が治める島国、フィリカ。
間のことは分からなかったが読み進めたのは確か。セティも一緒にそれを読んだ。
「お伽話に憧れているだけで良かった。でも、フィリカは実際にあったと、エルヴィス様は言い出して、そこからおかしくなった」
いくら読んでもゼーウェルにもセティにもフィリカの良さは分からず、お伽話の一部だと信じて疑っていなかった。
実在するなどと、考えたくもなかった。
「……セティが、やって来たのは、エルヴィス様が死亡する三日前……ディールとユリウスを頼むって言って私を引っ張って来て、二人を連れて行った。あの時、エルヴィス様が死亡した時、セティが止めに入ったところまでは覚えていて、それからは……」
三年前のことをわざわざ話したのはディールの為なのか。
セティの名誉を汚さないよう、彼が話せないからということも含めて話したのだろう。
ディールの表情に少しだけ変化が見えた。
セティに対する評価が変わったのだろうか。
「……お前たちは私がどうして此処に来たのか知りたかったのだろう。私はある目的でフィリカに来た……ある目的。ハーディストタワーに来れば手に入れられる」
そう言って立ち止まり、ゼーウェルはレイザを真っ直ぐ見て、錆び付いた剣を差し出す。
「レイザ、これをお前に渡す。これは、お前が持った方がいいと思う……」
そこでガタンと音がする。
「レイザ、逆走しろ。振り返るな、走るんだ……此処は私が食い止める」
剣を受け取ったのを見て、ゼーウェルはレイザに背を向ける。
何も言わず、無言で走り出すレイザの足音を聞いて、ゼーウェルは前を見据える。
「……レイザ、頼んだぞ……」
希望をレイザに託し、迫る敵に向かって走り出した。
****
手に持っている剣。
錆び付いていると言っていたが切れ味は十分だ。
「何か、足りないんだと思うよ」
何が足りないのだろう。
少なくとも、レイザには皆目見当がつかないがディールも同じだろう。
ただ、気になった点が一つある。
「綺麗な装飾だね。どこかの宝剣なのかなあ」
レイザの知る剣にはこんな豪華な装飾のものはあまり見ない。祭典の時ぐらいではないだろうか。
この装飾は何を意味するのか、レイザにはよく分からない。
ゼーウェルはどこでこれを手に入れたのか。
危険を冒してまで手に入れようとした剣。
益々分からなくなるが、ディールはあまり話題にせず、歩き始めた。
何時の間にかディールが先に行っていることにレイザは気付き、慌てて後を追う。
漸く追いつき、隣を歩くとディールはレイザを気遣うように言う。
「心強い仲間が出来たんだよ。ゼーウェルさんのためにも、早く行こう、ね?」
「ディール……」
「早くゼーウェルさんを助け出して、一緒に……」
ディールが何を言いたいのか、不思議とレイザには分かる。
今までは苛立たせたり呆れたりする彼の話が分かるようになったのだ。
敢えて答えたりしなかったが、その代わりにレイザは剣を握り締め、先に進んだ。
暗闇の中、その剣の刃と薄ら明るい蝋燭だけが彼らを照らし出していた。
****
傷だらけの顔、服は布切れか何かだろうか――。
ゼーウェルは傷だらけの手足を、まるで他人のことのように見つめていた。
「ゼーウェル君」
やや低く、囁くような声が上から降ってきた。
立ち上がろうとしたが、それは無機質な鎖に阻まれ、かなわない。
「ゼーウェル君、今の君の格好はみずぼらしいね。最高だよ」
敢えてゼーウェルは返答しなかった。それどころか、彼は見上げようともしなかった。
ただ、黙って自分の手足と床を見つめている。
知らなくていい。
こんな屈辱も悔しさも知らなくていい。
(自分だけが、知っていればいい)
ゼーウェルは何も言わなかった。言えなかった。
この世界の存在さえ知らなければ、レイザもディールも振り回されることはなかった。
ルディアス達が利用されることもなかった。
「ゼーウェルは、知っているんだな、もう」
自分に痛手を与えた本人が声を発する。
「……ああ、知っているさ、ヴァン」
そこで、彼は漸く口を開いた。
「お前がこの世界を夢の世界に戻すことを、良く思っていない人がいる」
傷だらけのゼーウェルを嘲笑うように話したヴァンに、彼は黙って頷いた。
「あの鍵はどこへやった。お前が渡せば、皆が喜ぶ。夢は、夢でなくなる。何でも、どんな願いでも叶う」
ヴァンにも願いがある。
ゼーウェルはそれを知っていた。
ルディアス達も皆、悪に堕ちても果たしたい願いがある。
罵られるのを百も承知で、しかし、どうしても阻止しなければならないのだ。
(例え、夢でなくなっても、時間が歪む……摂理が歪む……)
フィリカに陶酔したエルヴィスの端で、ゼーウェルはフィリカの成り立ちを知ることになる。
幾多の願いを聞き入れる無限の神でも、夢を具現化することはできない。
具現化しようとすれば、無理に行使すれば神は受け止められず、暴走する。
フィリカがなければ存在できない“彼ら”の末路は火を見るより明らかで。
しかし、神を阻止して元に戻したらどうなるか。
夢の国は夢のままで、現実にはなれない。
どう足掻いても夢のままなら、せめて彼らが生きてきた記憶だけでも残しておきたい。
「もう、レイザに渡した。レイザは私のパートナーだから、彼なら、うまくやれる」
ヴァンは黙ったままだったが、ゼーウェルは構わなかった。
傷が痛む。
動いても、もうどうにもならないらしい。
「分かった、ゼーウェル。お前の相手は俺ではないようだからな……」
ヴァンが下がると同時に現れたのは。
「ゼーウェル、さぞ、悔しかろう。エルヴィスもミディアも、セティもユリウスも今や俺の手の内にあるからな? これ以上、お前に邪魔はさせない。お前と俺は違う、忘れるなよ……そして、自分の無力さを思い知れ」
意識が遠退いて行く。
しかし、ルディアスやルキリス、そして大勢の者達が罵る声は鮮明で。
『ゼーウェル卿!』
何も知らないレイザの声が響いて、引き裂かれるような痛みに襲われる。
それだけが鮮明で眠ることすら許されなかった。
『ゼーウェル卿、俺も一緒に行きます』
レイザを裏切っているという罪悪感も消えない。
「さあ、後はレイザを始末して鍵を取り返そう。それまでにあの少年を片づけよ、ヴァン」
「畏まりました……ゼーウェル様」
ヴァンの声が自分の名前を呼んでいて、中途半端に意識を覚醒したままのゼーウェルは眉間に皺を寄せ、目の前の者達を睨む。
「……こいつは、俺が始末する」
憎悪と野望に塗れた声が、耳に突き刺さる。