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戦闘舞踏 第一部 ―封印された島国―  作者: 真北理奈
謎の島の中の大迷宮
10/13

Startegy9:行き違い、延々と

 僕のことを、君はきっと許してくれはしないだろう。

 でも、我慢ならなかったんだ。

 全部を思うがまま操れたら、頑張る意味すらなくなることを。

 君に、話す勇気もないけれど。


****


 岩壁のような模様が薄らと浮かび上がる。

 灯りは飾られた蝋燭の炎。雪山からの光は届かず、暗闇が支配する空間。

 本来なら、共感してくれた者達と最奥部を目指していたのだが、敵は強大な力と与えられた希望を胸に抱いていたために突破するのは困難だった。

「ゼーウェル様……」

 立場上、表立ってゼーウェルに協力出来ないことに歯噛みした男。

 哀しみを少しだけ匂わせ、どちらにもつけぬ我が身を嘆いていた。

 曖昧にすれば誰とも敵対することはない。逃げたいだけなのだ、要は。

 男は薄明るい炎を見ながらぼんやりと呟いた。

 あの仄かな明かりだけは咎めないような気がした。

「ルディアス達も、ゼーウェル様も選べない俺は弱いのかもしれぬ」

「ああ、弱いさ。何だ、わかっているじゃないか、リデル」

 カツカツと音を立てながらリデルの後ろにきたのは白衣を身にまとったやや細身の男。風貌を見れば女にも見えるが低い声と肩幅で違いをはっきりと出している。

 リデルもよく知る男は彼の曖昧さを思う存分嘲る。

 それは勿論重々承知の上であったが、彼にも同じようなことが言えるから腹立たしくなった。

「セティ・ブライア。いたのか……レイザたちに話さなくていいのか?」

 リデルは名前を呼び、言ってはいけない質問を投げつける。

 それは、どちらにもつけぬリデルにも同じようなことが言えるのに、返さずにはいられなかった。

 しまったと思ったのはセティだ。リデルを嘲ったのが間違いだったことに此処で気付いた。

 できれば避けてほしい、見せたくない、痛いところを突かれ、思わず怒り口調で矢継ぎ早に責め立てる。

「話してどうなるんです? 僕はディール・クラヴィアの父を殺したんですよ。フィリカのことを知り、探り当てた父親をね。アイーダは僕のことをすぐさまディールに告げ、彼は僕を罵った。話してどうなるんです? 何か変わりますか?」

「そ、それは……」

 違うと言いかけたところでリデルは目の前の彼の顔を見る。

 自嘲気味に回答するセティにリデルは何も言わなかった。言うべき言葉が見つからなかったのだ。

 更に彼は己を責め立てる。

「仮に正当防衛だとしても、ディールに敵視された以上、彼にもレイザにも話す気はない。それに、ゼーウェルのことを言ったらレイザは怒りますよ。レイザはゼーウェルを慕っているのに、ハーディストタワーに行かせたんです。僕がユリウスを助けてほしいと言ったばかりに」

 そこで彼は漸く息を吐いた。

 自責にかられ、己を責めずにはいられないセティにいよいよリデルは申し訳なく思った。

 これを言わせたのは他でもないリデルだからだ。

 それにしても弁解しないという妙なところはゼーウェルから影響を受けてしまったようだ。

 それだけではない。責任感が重く何事にも命懸けなところも、融通の効かなさも、そっくりそのままだ。

「でも、ゼーウェル様を助けたのはセティだ。それまで隠す意味が俺には見出せないが」

「……隠さないとレイザみたいな奴のことだから徹底的に追求するじゃないですか。ゼーウェルのことを話してみてください。恨み辛みを言った果てに斬り殺されるのが落ちですよ。最も」

「……セティ」

「ただで味方をするはずもありませんがね」

 真っ直ぐと通路を見据え、セティはワイヤーの張りを確認した。

「僕はディールの敵でなければならない」

「追求されたくないからか?」

 再度リデルが問うとセティは微笑んで答えた。

「敵になれば、向き合える気がするからね。そう思いませんか?」

 ここでリデルは何も言わないという選択を選ぶよりほかなかった。

 ただ、分かったのはセティは妙な奴だということ。甘いところも無駄に厳しいところも早々に直るものではないようだ。

「……少なくとも俺は『今のお前』は嫌いだよ、セティ・ブライア」

「それは誰が誰に言いたい台詞でしょうね? リデル」

 リデルにとって返答に困る言葉を投げかけたかと思えば、セティは白衣を翻して出向いた。

 ――レイザたちが来るであろう場所へ。


****


「レイザ、大丈夫?」

 ディールは心配そうにレイザの顔を覗き込む。

「……あ、ああ……ディールか……」

 意識はあったらしく、レイザは顔をしかめながらも立ち上がった。

「気がついたみたいだね。ずっとうなされていたから心配しちゃったよ!」

「……ディール」

「でも、ね」

 ディールが後ろを振り返ると、敵が既に彼らを見つけて攻撃しに向かって来ているのが見えた。

「もう気付かれたみたい。レイザ、立てる?」

「ああ、心配ない……」

「良かった! 早く此処を突破しなくちゃ!」

「そうだな」

 レイザは歩き始め、ディールもその後に続く。

 リーフ・グリーンとはまた違う暗闇の中。

 もしかしたら、リーフ・グリーンよりも薄気味悪いかも知れない。先が読めないからなのだろうか。

 そんな空間が余計にレイザの胸を痛める原因に繋がったような気がした。

 ロックレンブレム頂上で、ミディアの死を告げたルディアスの言葉。

 脳裏にこびり付いて離れないが、あの時は直ぐに意識を手放したから助かったのかもしれない。

 もし、まともに聞いていたら、ゼーウェルを責めてしまう気がして、また心を痛める。

 そのことをディールも気にしているのか、必要以上にレイザに声をかけることはしなかった。

 ルディアスの言葉を咀嚼しかねていると分かっているからだ。

 ここで下手なことを言ってもレイザの気が紛れるとは思えない。

 重苦しい沈黙――先へ進む事に息を呑む。

『――もう、誰も失いたくなかった』

 ミディアの死が二人を益々真剣な表情へと変わらせてゆく。

 蝋燭の灯りだけを頼りに、ひたすら進んで行く。

 意外な再会に、目を剥くことも知らないで。


****


 一方、ロックレンブレムでレイザたちをこの場所に誘ったルディアスとルキリスはリデルの元へ駆けつける。

「……お前たち」

 意外そうな顔をして、リデルは二人を交互に見やる。

「老けたな、リデル。前見た時よりも老けた」

 四十路に手が届くと言われても可笑しくない。

 気難しさと発狂したような表情を浮かべるようになったのは三年前。

「……お前たちは、フィリカの力を利用するつもりか」

「……愚問だよ、リデル」

 間を置いて返したルディアスにリデルは苦悶の表情を浮かべる。

「……フィリカは、恐ろしい島だ。知らなければ良かったのだ、こんな島。こんな力、知らなければ――」

「リデル」

 言おうとしたリデルの喉元にルディアスは槍を突きつける。

「俺たちは戻りたいだけなんだ。それに、フィリカを消せばどうなる? ゼーウェルとレイザもただでは済まない。そんなこと、お前やセティ、ディールもよく分かっていたことじゃないか。最も、ディールが気付けばの話だが、あいつは多分気付いている。そんなに馬鹿な奴じゃない」

「……ルディアス」

 リデルはルディアスに言おうとしたが、口を閉ざした。それを見計らい、ルキリスが口を開く。

「リデル、今はまだゼーウェルとレイザは合流していない。だから、ハーディストタワーに丁重にお通ししてあげて? でも、あの二人が合流すれば攻撃よ。分かってるわね」

 ルキリスの慈悲とも配慮とも受け取れるその言葉に、リデルは全てを悟る。

 そして、彼らにも迷いがあるということも同時に知ったのだが。

「……ミディアは死んだのだな」

 ミディア。思えばよく健闘したものだ。

 ロックレンブレムでの猛攻を凌ぎ、逃げ切った。誰の助けもなく、一人延々と。

 だからセティが益々思い詰めたのかと彼の言葉を反芻しながら結論にたどり着いた。

「そうよ、ゼーウェルがフィリカを知らなければこんなことにはならなかったのにね」

 唖然とするリデルに対してルキリスは辛辣な言葉を吐き捨てる。

 しかし、それはリデルにとって目を見開くものでもあった。まさかだとは思ったがやはり彼等は純粋だった。

「……! ……お前たちは、知らないのか……?」

「り、リデル、どうかしたのか?」

 リデルの表情が一変したことに沈黙を貫いていたルディアスが驚き、理由を促す。

 少なくともルディアスは知らないのだ。全て知らないのか、一部だけなのか、そんなことはどうでもよかった。

 リデルは自分の持つフィリカの知識をルディアスに伝えた。

「……フィリカは本来存在してはならない世界だ。それが存在したらどうなると思う?」

「……やめなさい」

 ルディアスに問いかけるリデルをルキリスは険しい顔つきで制止する。

 そうか、ルキリスは知っているのかとリデルは少しだけ安心した。

「知っているわ、そんなこと。でも、私たちがフィリカを具現化しなければどうなると思っているの? ましてゼーウェルがレイザに『あの力』を渡そうとしているのよ。そうしたらどうなるか分かるわよね? 生きて帰られるのは一人だけなのよ」

「……知っていても、フィリカを守るのか……」

 フィリカが実際に存在すればルディアス達も復活する。それは事実だった。

 しかし、それは上手くいくのだろうか?

 自分たちが望むような復活ではないかもしれないとしたら。

 悲痛な顔をして二人を見るリデルにルキリスは静かに言い放った。

「賭けなのよ、これは。邪魔はさせない」

 強い意思を垣間見たリデルはもうルキリスたちを気遣うような言葉は何も言わなかったが、意を決したように二人を真っ直ぐと見つめる。

 その瞳には僅かな可能性に縋りつく二人を憐れむ色は見えなかった。

 ただ、彼はずっと、二人に伝えたいことがある。

 敵対することを恐れるあまり言い出せなかったが、二人の様子を受けた今は違う。

 二人は自分の真意が知りたいのだとリデルは思った。

「では、俺はフィリカも他の世界も守る。お前たちの暴走を見過ごすわけにはいかないのだ――……」

 ゼーウェルとセティの表情を脳裏に浮かべながらリデルはルキリスたちに境界線を敷いた。

 これが、ルディアスたちに対してリデルが出来る最後のことだった。

「これで、心置きなく戦えるわ……」

 今まで中途半端な対応だったリデルの決然とした表情に、安堵の息を吐く二人。

 これでリデルの動向を気にすることもなく、後ろめたさを感じなくてもよいということだ。

 それでも、袂を分かつことに辛さが全くなかったわけではないが。

「俺はディールを狙う。ルキリスはレイザに話を聞かせてくれないか。まだ、あいつとは戦うべきじゃない。ルキリスがかなう相手でもなさそうだからな」

「……そうね。でも、多分無理よ。レイザとも戦うわよ、ルディアス……」

 力なく微笑みながら答えるルキリスにルディアスは一瞬だけ顔を曇らせたがすぐに頷いた。

「無理を言ってごめん。俺は、本当はレイザとは戦いたくないだけなのかもしれないな。俺にとってあいつは親友だから」

 ゼーウェルの下に付くなんて、思ってもみなかった。

 予想もしなかったことにルディアスは歯噛みし、薄暗い通路の先を睨みつけた。

「ゼーウェルは俺の親友も奪ったんだ――」

 憎い、と、ルディアスが低い声での呟きをルキリスは黙って受け止めた。


****


 ――自分は間違っているのだろうか?


 一心不乱に先を目指すレイザとディール。

 今までは敵を敵だと信じて疑わなかった。ルディアスの言葉を聞かなければこれからも信じていただろう。

 今は、どちらかというとゼーウェルを疑っている。

 自分の心情を吐露するルディアスと、全く見せないゼーウェルを比較するのも間違っているのだろうが。

 この道を進んでいる間、ルディアスの言葉通り、敵は一人も現れなかった。だから、こんなことを考えてしまうのだ。

「レイザ、急ぎ過ぎだよ。少し休もう?」

 ディールが悲鳴のような声を上げたのを耳に入れたレイザは立ち止まった。

 あまりにも見失っていて、ディールのことにも気付かなかった。

 ゼーウェルは、どうして何も教えてくれないのだろうか。ディールなら、それを知っているのだろうか。

 何も言わず、ただ、縋るような視線をディールに向けると彼は困ったように笑って、諭すようにこう答えた。

「大切だから、言えないこともあるかもしれないよ?」

「……ディール」

「ゼーウェルさんにとって、レイザはとても大切な存在じゃないかな。あの人、とっても不器用だからさ」

 正直、ここまで来て疲れたのかもしれない。よく見るとレイザの息遣いは荒いものに変わっていた。

「俺、昔さ、一緒にいた親友がいたんだよ。ミディアが言ってたセティって奴なんだ」

 ゆっくりと進みながら、ディールは漸くレイザに全てを話し始めた。

 彼が自分を怪しんでいたことに気付きながらも話すことは出来なかったのだが、今のレイザには話しておこうと思ったのだ。

 暗闇の通路を歩きながら、ディールは静かに話し始めた。


****


 俺の父が魔術師だったから必然的に俺も魔術師の勉強を積むことになった。

 母は俺が八歳の時に病死してしまったけれど、父の知り合いで俺より九つも年上のセティがいれば寂しくなんてなかった。

 魔術だけでなく、勉強熱心なセティは偉い学校に通ってて、でも帰って来たら俺と遊んでくれた。

 今、考えたら、セティはとっても大変だったんじゃないかって思えるけど、いつもいない父に甘えることは出来なくて、それに父は仕事をしているのだからと思ってセティには遠慮なく甘えた。

 とある日。父が帰って来た。手に持っているのは一冊の分厚い本。

 たった一冊の本。これだけで人間の性格って変われるのかと思わずにはいられないほど、父は変わった。

 レイザには話すけど、その本に記していた内容はフィリカの全てだった。

 死した楽園フィリカ。無限の力を与えてくれる神を召喚し、自分の手中に収めたら死人を復活させようと。

 無限の力っていうのは、こんなこと。おとぎ話の出来事だろ?

 俺だっておとぎ話のことだと信じて疑っていなかった。

 父はそれに魅せられ、引きこもるようになった。

 何となくなんだろうか。危機感を募らせて、俺は居ても立ってもいられず、セティに相談した。

「フィリカのことを知ってから、外にも出なくなった」

 セティは顔を曇らせながらも「分かった」と頷いて、駆けていった。

 それとすれ違うようにして、やって来たのはゼーウェルさんだった。

「セティに頼まれて君をオールコット家に連れて行くよう言われている」

 只事ではないと思ったけど、知るのが怖くて、ゼーウェルさんについて行った。

 思えば、ゼーウェルさんと出会ったのはこの時だったんだよね。

 突然のことで、全然分からなかったけど。

 アイーダやミディア、ルイズと出会ったのもその時だ。父から俺のことを聞いていたんだろうな、三人とは直ぐに仲良くなれた。

 何日間かして、俺は父のことを聞いて帰る時が来て、アイーダに連れられて帰ってみると……。

「……死んでいたのか?」

「……うん、血だらけで倒れてた。それだけじゃない、ゼーウェルさんもセティも傷だらけだった。でも、二人はあの時何があったのか、全然教えてくれなかった。そのうちセティは学校も辞めて行方を眩まし、ゼーウェルさんは元の場所に戻って行った。レイザが待っているからって」

 そこで、レイザが一つ思い出したことがある。

「……あ、そう言えば出会って間もない頃、ゼーウェルが誰かと言い争っていたのを見て、問い詰めたんだけど何も教えてくれなかったなあ……。あの時はスルーしたんだが」

 過去のことを話していて、益々気になるのはゼーウェルとセティの関係である。

 ディールの話から考えても彼の父が死んだ時、二人はディールには言えないことを知ってしまったのだ。それは、きっとフィリカのこと。

 死の楽園フィリカには何があるのだろうかと考えていたところ。

「あなた達をこれ以上進ませるわけにはいきませんよ!」

 やや高い声が響き、レイザとディールは目を見開き、身体を硬直させた。

「ルディアス様たちからの指示です。恨みはないが、ここで倒れて頂きたい!」

 姿を現したのは、二人にとっては忘れられない姿だ。

「リーフ・グリーンの……仮面の、騎士……」

 また、ディールにとっては目を見開き、呆然とせざるを得なかった。

「……セティ」

 震える声で名前を呼ぶディールに、現れた男――セティは一瞬だけ顔を曇らせた。

「……お久しぶり、ディール。あと、生きていたのですね、レイザ。ここまで辿り着くとは思っていなかった……。しかし、あなた達の幸運もこれまでだ」

 二人との再会に胸をなで下ろした後、彼は見る見るうちに険しい表情に変わり、二人の前に立ちはだかる。

「私と戦って頂きます」

 未だ呆然とするディールを余所に、セティは持っていた針を二人に向かって投げつけた。

「ディール! 何をしてる!」

 間一髪でかわしたが、ディールの動きが遅い。動揺している彼をレイザは一喝するがディールはショックで何も答えられなかった。

「シャイニングレイン! 降り注ぐ光の前に落ちるがいい!」

 辺りが眩しい光に包まれ、銀に輝く刃の雨が地に降り注ぐ。

「スパイライン! 叩き付けてやる!」

 かわすだけの二人にセティは容赦なく次の攻撃を繰り出した。針による攻撃から手にしていたワイヤーで二人を打ち付ける。

 一心不乱に攻撃するセティにディールは何もできず、それを気にかけていたレイザもまともに攻撃できない。

「ディール、今のあなたはレイザの足を引っ張っているみたいです。怖じ気づくならハーディストタワーへ行くのはお止めなさい」

 どこか諭すような口調で、攻撃を躊躇するディールに告げる。

「ディール、セティと戦うんだ。そうでないとハーディストタワーには辿り着けない!」

 そこで、セティの真意に気付いたレイザもディールに戦うよう説得する。

「……セティ」

 二人の声を、漸く受け止めたディールは構え、セティを見据える。

「勝負だ、セティ!」

 迷いを消し、ディールはセティに向かって走って行き、レイザも後を追う。彼と違い、二人はどうしてもセティに近付かなければならないのだ。

「漸くやる気になったようですね。妨害せよ! アイシクル!」

 水晶の塊が目の前に現れる。

「その手には乗らない! 発勁(はっけい)!」

 掌から放たれる気が水晶の塊を打ち砕く。

「無駄ですよ、テールスピン!」

 張りの良いしなやかなワイヤーがディールの肩を打ち付ける。

「くっ……!」

「ディール、下がってろ!」

 後ろにいたレイザが滑り込み、ワイヤーを振り回そうとしているセティに強烈な一撃を叩き付ける。

「食らえ! 回転撃!」

 下から回転蹴りを放ったレイザの目の前に崩れ落ちるセティ……そして。

「とどめだ! 発勁!」

 体勢を整えようとしたセティに発勁を繰り出した。

 悔しそうに歯噛みする彼にディールは手を差し伸べ、問いかける。

「ねえ、何があったの?」

 思っていたのとは違う、優しい声。

 ディールを、ずっと、弟のように思っていた。兄のように慕ってくれる彼がセティにとっては唯一無二の存在だった。

 あんなことになっても。

「……話すことは何もない」

 セティは顔を背け、ディールの言葉をぴしゃりとはねのけた。

「セティ……」

「君に、話すことは何もない。そう言っているではありませんか。私に話を聞きたくてここまで来たのでしょうが私が君に話すことは何もない」

 動こうとしたセティをレイザが押さえつけた。

「動くな。そこまで言うなら力付くでも口を割らせるまでだ」

「何をやっても無駄です。私に話すことなど何もない。時間の無駄ですよ、レイザ」

 頑として言わないのだろう。レイザは溜め息をつき、セティに向かって手を振り上げようとしたその時だ。

「……くっ、もう来たか!」

 セティは慌てて立ち上がり、逆方向へ走り去ろうとして、二人の方に歩み寄る。

「レイザ、ディール、ゼーウェルはハーディストタワーに身を潜めていた……でも、見つかってしまった。早くハーディストタワーへ行き、ゼーウェルを助けてやってください……。ディール、ご武運を……」

 そう言ってセティは、すぐそこまで迫っていた黒衣を身につけている魔術師を食い止めていた。

「せ、セティ……」

 助けようとするディールの腕を慌ててレイザは引っ張り、先へと進む。

「行くぞ、ディール」

 静かに言い放ったレイザの言葉にディールは信じられないと言わんばかりに目を剥く。しかし、尚もセティの元へ行こうとするディールをレイザは強い口調で制止した。

「いいから行くぞ!」

 今、セティの元へ駆けつけたら、ミディアの死が無駄になる。

 せっかく食い止めているセティの厚意も無駄になる。

 二人は戦闘の音を耳に入れないようにしながら、暗闇の中にある本拠地――ハーディストタワーに向かって歩き出した。

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