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戦闘舞踏 第一部 ―封印された島国―  作者: 真北理奈
謎の島の中の大迷宮
1/13

Prologue:行方を眩ました主

 日の光が頂点に達した頃、黄土色の鉄筋造りの塔にも容赦のない程の蒸し暑さが襲い掛かる。

 屋内とはいえ、此処まで日の光が強ければ体内に蓄積された全てのエネルギーを吸い取られるような気がした。

 そんな蒸し暑さにも負けず、鋭い声が響き渡る。

「ディール、そこは違うといつも言っている」

 そう怒鳴るのは深い黒色の髪が特徴的な若い青年――レイザだった。

 青年は険しい顔で隣にいる明るい茶髪が特徴的な少年――ディールを見るが、彼はレイザの険しい表情を真に受けることなく笑顔で返答をする。

「人間なんだから間違いの一つや二つは多めに見ないといけないぜ! そう思わないか?」

 彼は自分が人より魔術が苦手である事を恥とも思っていないようだ。

 ディールの開き直った発言を聞いたレイザは更に溜息をついて彼に言う。

「確かに人間だから間違いはするがお前の場合は人の話を聞いてなくて間違えている。さっきも上の空だったぞ」

 そう、先程も基本の魔術について書物を解説している最中もディールは上の空で何かを考えていた。  堅苦しい哲学にも似た魔術の由来など聞く必要がないと言えばレイザもそう思うのだが、由来を知らなければ新たな属性魔法を会得出来ない以上何が何でも聞いてもらうしかない。

 しかし、ディールはレイザに向かって駄々を捏ねる。

「厳しいぜ、レーザの癖にー!」

(ああ、またこれだ)

 レイザは呆れてしまった。

「おい、その名前で呼ぶな。大体お前だけだろ、十六にもなってまだ下級魔術師なのは。そもそもお前には言ってやりたいことが山ほどあるんだ」

 そう言ってレイザは先程の呆れた表情とは一変、不敵な笑みを浮かべながらディールに話し始める。

 話はディール自身の態度から始まり、レイザの過去の成績に至り、挙句の果てには今までの訓練で受けた有り難い教えを延々と語り続けた。

 こうなっては流石のディールもレイザには勝つことがない。余計な勝負を挑めば、レイザによって返り討ちにされるのは目に見えている。

「う……流石だぜ……」

 げんなりとした表情を浮かべてディールは頭を掻いた。

 此処まで語れば短気な彼は音を上げるとレイザは考え、その作戦は成功した。

 そもそも何故こんな出来損ないを見なければならないのか。

 せめて基本が分かっていれば、あとは実戦に基づいて練習をさせれば良いのだが、ディールは基本から分かっていない。

 これでは大量の書物の解説から始めなければならない。

 果てしない程の長い勉強だと頭を抱えるレイザだが、ディールは勉強をやめてぼんやりと窓から見える空を眺めていた。

「ディール、さっさとやれ! お前のせいで俺まで今寝ることができないじゃないか! しっかりやってくれ!でないと報告するぞ」

「ああ、それだけは何卒ご慈悲を! しかしこの勉強に飽きてしまったんですよう……」

 ちっとも反省していないことが分かる白々しい返答にレイザは溜息をつき、徹夜をする覚悟を決めた。まだまだこの騒がしさが抜ける気配はないようだ。


****

 塔の中にある客室らしき部屋の中。

 まだ日の光が頂点にあるにもかかわらず、この部屋には何処か薄暗さが漂っていた。

 扉の前に立っていたのは、深く焦げたような茶髪の男――ゼーウェルが何かを待っている。

 度々壁に掛けられている時計を気にする素振りが見られ、どうやら待ち兼ねていたようだ。

 普段は冷たいと思わせるであろう端正な顔立ちは、湧きあがる苛立ちによって鋭く歪められていた。


 ――ガチャリ。


 ゆっくりとではあるが、扉が開く音がした。

 その音に気付き、苛立ちを露わにしていたゼーウェルは無理矢理笑みを顔に貼り付けて対応する。

「来たか……ヴァン」

 何処か冷たさを漂わせる声に対して、ヴァンと呼ばれた男は眉間に皺を寄せる。

 この二人の間には激しい火花が散っているように思える。

「おや、時間に遅れてしまった。まあ、悪く思うな」

 少しも悪びれていないヴァンにゼーウェルは更に苛立ちを募らせ、彼に向かって言った。

「お前が呼び出したんだ、ヴァン。私は早くレイザとディールの所へ行かねばならないのだ。用件は手短にしてほしい」

「……はあ、お前はそんな奴だ」


 ――融通の利かない奴。


 ヴァンはそう言いたいのだろうと、ゼーウェルは容易に予想できた。

 しかし、これ以上言い争っても時間が延び、苛立ちは募る一方だろう。

 仮にそれをヴァンに向けても後で痛い目を見るのはゼーウェルの方だ。

 立場上ではヴァンの方が上なのだから、下手に彼を刺激するのは良くないと考えた。

「……どんなご用件でわざわざ私のところに? 貴方が私のような人間のところに来るとはまた可笑しな話ですね」

 ゼーウェルは敢えて下手したてにヴァンに向かって問い掛けた。

 すると、ヴァンはそれに満足したのか、先程の苛立った表情を消して答える。

「我ら団員としてもですし、私個人としてもゼーウェルの所へ来なければならないと思ってね。お前にある事を頼みたい」

 ヴァンは一息ついてゼーウェルを見る。

 一方、彼の話を聞いたゼーウェルは信じられないと言わんばかりの面持ちでいた。

 普段は何があっても冷徹さを崩さない彼の驚愕の表情を見るのは悪い気分ではなかった。

 勝ち誇ったような笑顔を浮かべ、ヴァンはゼーウェルに言った。

「信じられないといったような表情で私を見ていますよ、ゼーウェル」

 ヴァンの高笑いが聞こえそうな程の勝ち誇った笑顔を見たゼーウェルは侮辱された怒りが頂点に達する直前だった。

 しかし、ヴァンのような人間に対して鬱積した怒りを表に出すと此方が酷い目に遭うということは火を見るより明らかである。

 口を開いてはいけない、必要最低限の会話以外はこの男と話してはいけないと肝に銘じ、ゼーウェルは黙ってヴァンの話を聞いていた。

「ふん、相変わらず警戒心が強い事で。まあいい、用件を話そう」

 戦闘態勢でいるゼーウェルを見ながらヴァンはそう言って話し始めた。

「貴方には此処より南の地『フィリカ諸島』へ行って頂く。そこへ行く手段は既に用意してある。ゼーウェル、勿論行って頂けるだろう?」


 ――断れないようにするのがこいつの手口だ。


 フィリカという名前を聞いた途端、ゼーウェルの表情に陰りが見えた。

「行きたくないのは分かりますが我々の為だ。是非とも貴方には行って頂きたい。勿論貴方の弟子達に依頼しても構いませんが貴方に行って貰うのが団長の意志ですからね」

 気遣うよう見せかけているところがヴァンの性質の悪さである。

 しかし、団長の意志である以上断れる筈がない。

 そして彼の言う弟子はレイザとディールを示している。

 出来るなら二人には関わって欲しくないと考えているゼーウェルは頷かざるを得なかった。

「やはり貴方は賢いですね、ゼーウェル。しかし、弟子達を思うその心が何時か貴方を窮地に追い込むでしょうね」

 何処か意味深な言葉を残し、ヴァンは足早に部屋を去った。

 ヴァンと言う不快な存在がいなくなってもまだ苛立ちが消えないゼーウェルは一息ついた。

「悔しいが、あいつの言っている事は当たっている」

 元々分析力のあるヴァンはゼーウェルの弱さをいとも簡単に言い当てた。

 レイザとディールには関わって欲しくないと思っている。

 そう思うあまり、自らの手で窮地に追い込むのは分かっていた。

 それでもゼーウェルは考えを変える事が出来なかった。

 どれほど自分を窮地に追い込もうとも、レイザとディールにはフィリカへ行って欲しくないという思いにはかなわないようだ。


****

 先程まで頂点に昇っていた日が沈みかけている部屋の中。

 レイザはディールがようやく上級魔術の由来を覚え、ここはこうだとレイザに向かって言えるようになった。

 今まで何も出来なかったディールにとってこれはとても大きな成長である。

 内心とても安堵しているレイザだが、ディールは得意顔で彼に向かって言った。

「俺だってやれば出来るんだぜレイザ! 見たか見たかー! へへーんだ」

 直ぐに調子に乗るのがディールの悪いところである。

 そして、彼はまた勉強をやめていた。

「お前、調子に乗るのは最上級魔術を身につけてからにしろ」

 レイザはディールに向かって冷たく言って釘を刺す。

 ちっとも褒めてくれない事にディールは頬を膨らませ、腕を組んで言った。

「レーザーレーザー! レーザーのバカ野郎、鬼、悪魔!」

 ついには手を上げるところまで発展したがレイザは易々と片手でディールの両手を戒め、払い除けた。

 ディールは悔しくなり、八つ当たりにレイザを叩こうとしたが、彼の行為はゼーウェルが来たことによって手を下げざるを得なかった。

「ゼーウェル卿!」

 いきなりの訪問に驚きを隠せず、流石のディールも慌てたように深々と頭を下げた。

 ゼーウェルは驚愕するディールとレイザを交互に見つめ、微かに苦笑した。

「楽しんでいるところ悪かったな……実はフィリカに向かわなければならなくなったのでな、それを言いに来た」

「……!」

 レイザとディールは衝撃のあまり声が出なかった。

 フィリカとは、誰も足を踏み入れた事のない謎の島と呼ばれる島だ。

 内部の事は分からないが、かなり危険な場所であることだけは分かる。

 そんな危険な所ににどうしてゼーウェルが行かなければならなくなったのか、レイザには全く分からない。

 心配そうな彼らの表情を見たゼーウェルは心を痛めた。

 彼らは自分に対して絶対ともいえる信頼を寄せているのに、自分はその信頼を無にしてしまうと言う事を改めて思い知った。

 特に、レイザには罪悪感を募らせるばかりである。

「そういうことだ、後は任せたぞ」

 どこか苦しい表情を浮かべていたゼーウェルを見たレイザは不安を隠す事が出来なかった。

 しかし、自分に何ができると言うのだろう。

 彼の足手纏いになる事は出来ないと考え、敢えてその先を追及しなかった。

「ゼーウェル卿……どうかご無事で」

 祈るような声は、何処か悲壮感を漂わせる彼に届いたのだろうか。

 レイザは不安を隠せず、ディールは唇を噛み締めてゼーウェルの後ろ姿を見つめていた。


****

 ゼーウェルがいなくなった後、ディールは怒りに体を震わせながらレイザに言った。

「絶対何か裏があるに決まってる! なあ、レイザはそう思わないか?」

 レイザも感情を表に出すことはなかったが内心では怒りと憎しみで一杯だった。

 そもそもゼーウェルは何も言わないのだから、幾ら考えた所で無駄なのだということをレイザは知っている。

 しかし、ディールの怒りが収まらないらしく挙句の果てにはレイザに向かってこんな事を言い出したのだ。

「フィリカの島の事は分からない。でも危険な場所であることは分かってるし、このままじゃゼーウェル卿はあの島でくたばっちまうぜ! レイザ、ゼーウェルさんを追ってフィリカへ行かないと!」

 考えがないと言うのは困りものだとレイザは溜息をついた。

 確かに彼が言う様に、ゼーウェルの身に危険が迫っているとは思うが手段がなくてはどうしようもないと、レイザは絶望的な表情を浮かべる。

「俺も行きたいが、どうしようもないんだ……」

 勝気で不敵な笑みを浮かべるレイザが珍しく弱気な言葉を吐いたのを見たディールは目を丸くした。

「レイザがそんな表情をするとは思わなかった。ひええ」

「何か問題でもあるのか……俺だって人間だ」

 やつれきったレイザの表情を見て流石にからかうのはよくないとディールは思い絶望感を露わにする彼を励ますように言った。

「まあそうだけど……手段がない事はないぜ」

「……え?」

 目の前にあるのは、腹立たしいほど得意げな表情を浮かべるディールの顔だった。

 彼は続けてこう言う。

「此処から『ルキア』っていう島までは行けると思うんだ。此処から歩けばアエタイトだろ?アエタイトの港町からルキアまでは船が出ている筈」

 ディールの言う通り、確かにルキアまでの船は出ている。

 此処から少し歩いた先にある港町アエタイトから容易に行けた事をレイザは思い出す。

「……ルキアは聞いた事があるな。もう少し前の季節だと周りの風景が綺麗で、観光名所にもなっている位だからな」

「ルキアにさえ行けたら十分だよ! そこに船を扱う奴がいてさ、フィリカまで連れて行ってくれる筈だぜ」

 またしても得意げな笑顔を浮かべるディールだが、今の彼は頼り甲斐があるとレイザは感じた。

 アエタイトにフィリカ行きの船は無いがルキア行きの船はある。

 しかし、ルキアへ行くのが有効な手段となるのだろうかとまだ疑うレイザは、念のためということで地図を確かめる。

「……ルキアから近くのところにフィリカがあるのか」

「じゃあ明日の朝一番に出発だね!」

「ああ、それまでは特訓だな」

 先程までの絶望的な表情は何処へいったのか。

 勝利の笑みを浮かべてディールに魔術書を渡すレイザに対し、ディールは駄々を捏ねる。

「レーザーのバカ野郎! やっぱり悪魔だー鬼だー雷神だー魔神だー!」

 八つ当たりとしか言いようがない。

 レイザに対する文句の言葉を羅列して駄々を捏ねる。

 しかし不敵に笑うレイザにそんなものは通用しない。

「知らん、早くやれ」

 ばっさりと切り捨てられ、ディールは頬を膨らませる。

「早くやれよ?」

 ふふ、と勝気な笑い声を発するレイザを怒らせてはいけない事はディールにも分かっている。

 気が進まないまま、再び彼は分厚い本を広げ、文字の羅列に嫌気が差しながらも読み始めた。

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