0063. 発動のヒントを探して膝から崩れる
【神威顕現】のスキル練習を始めて、一ヶ月が経過した。
結論から言おう。進捗、ゼロである。驚くほどに、何一つ進んでいない。
「あー、うまくいかない! うまくいかなーい! なんでよ! なんでできないのよ! 私の魔力はSSSクラスなんでしょ!?」
私は部屋の中を、二歳児のおぼつかない足取りでうろうろしながら、誰に聞こえるでもない文句を垂れ流していた。足元では、私のイライラした気配を察した狐火ちゃんが、心配そうにオロオロしている(ような気配がする)。
魔素を感じる練習の時と同じだ。いや、あの時は一度「体感」したことがあっただけ、まだマシだった。今回はゴールへの道筋が全く見えない暗闇の中を、目隠しで歩いているようなものだ。
魔素を圧縮するまではいい。でも、そこから肝心のイメージが全く湧かないのだ。無理やり形にしようとすると、すぐに圧力が抜けて霧散してしまう。
(ポンコツ運営神! バグならさっさと修正パッチを当てなさいよ!)
……いや、待てよ。
何か根本的な見落としがあるはずだ。でなければ、このスキルはただの「死にスキル」。長く私を観察して楽しみたい、あの性格の悪い神々が、そんなつまらない仕様にするはずがない。
前世のゲーム経験から言っても、こういう高難易度のスキルには、大抵、前提となるパッシブスキルや特定のアイテム、あるいは特定の場所といった発動条件があったりする。
(となると、何か……このスキルを効率よく練習するための、補助スキルや前提条件がある……?)
私はその場で立ち止まり、自分のステータスを脳内で一覧表示する。
私が今持っている共通スキルは……【身体強化】【料理】【錬成】【アイテムボックス】。
(うーん、どれも直接は関係なさそう……)
身体強化はもう試しているし、料理でバフがつくなんて都合のいい話は聞いてない。【錬成】は物質を変化させるスキルだから、もしかしたら魔素の塊を顕現のの素みたいなものに錬成する必要があるのかもしれない。でも、まだ一度も使ったことのない未知のスキルだ。いきなり試すのは危険すぎる。
「スキル、スキル、スキル……」
ぶつぶつと呟きながら、私は再び部屋の中を歩き始める。私の思考は袋小路に迷い込んでいた。
その時、私の頭にまるで電気が走ったかのような衝撃が突き抜けた。
「――あっ!」
忘れてた。完全に綺麗さっぱり、意識から抜け落ちていた。
職業スキルの存在を!
そうだ、私は【陰陽師】! あの卑弥呼様が、あんなにゴリ押ししてきた職業だ!
普段、赤子の体でできることなんて限られているから、日常生活で役立つ共通スキルばかりに目がいっていた。陰陽師なんて、本格的に活動できるようになるのはずっと先のことだと思って、完全に意識の隅に追いやってたわ……!
(あの人が、ヒントもなしに私を放置するはずがない。きっと、この陰陽師のスキルの中に、この状況を打開する答えがあるんだ!)
私は手のひらの上で転がされていた孫悟空の気分だった。暗闇の中で探し求めていた答えの在処を示す、一条の光が差し込んだようだった。
早速、陰陽師のスキルを一つずつ確認していく。
【陰陽五行】は属性の補助か、攻撃魔法みたいなものだろうから違う。【式神】はまだ先の話。【易占術】と【厄祓術】はどう考えても関係ない。
となると、残るは一つ。
【鑑定眼】だ。
(これだ! ゲームのお約束なら、スキルを鑑定すれば、その詳細な説明や使い方が見れるはず! 灯台下暗しとはこのことよ!)
私はついに答えにたどり着いた達成感に打ち震えた。長かったトンネルの出口が、ようやく見えた。
(よし、早速【鑑定眼】で【神威顕現】のスキルを鑑定……)
そこまで考えて、私は再び、今度はもっと大きな、絶望的な衝撃に襲われた。
「……あ」
鑑定眼。
そうだ。そういえば、神々の手紙にこう書いてあった。
脳内で、あの妖艶な卑弥呼様(お姉様担当)の声が、エコー付きでリフレインする。
『鑑定眼はあなたの知識量に依存するわ。だから、オマケに膨大な書庫(データ版)も入れといたから、ちゃんと読むこと。読んでないといろいろと大変になるから、忘れないでねぇ』
…………。
………………。
「………………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
私は、その場に膝から崩れ落ちた。
そうだ。そうだった。私はマニュアルを、チュートリアルを、付属の「説明書」を一切読まずに、一ヶ月もの間、ただひたすらに無駄な努力を続けていたのだ。
なんという盛大な「やらかし」。私の貴重な一ヶ月を返して……。
あの神様、絶対、私がこれに気づくまで、高天原で腹を抱えて笑いながら見てたに違いない……!
あまりの自分の迂闊さに私はしばらくの間、畳に額をこすりつけて動けなかった。
これは黒歴史だ。誰にも知られてはならない、私の人生最大の汚点として、永久凍土に封印しなくては。
もし将来、誰かがこの話をしそうになったら、【厄祓術】でその記憶を浄化してやる……。
たっぷり五分は落ち込んだ後、私は顔を上げた。足元で狐火ちゃんが心配そうに私の頬を舐めている(ような気配がする)。
(……うじうじしてても仕方ない。この子のためにも、前に進まないと)
過ぎたことを悔やんでも仕方ない。今、気づけただけマシだ。そう、マシなんだ。
私は決意を新たに、すっくと立ち上がると、意識をアイテムボックスへと集中させた。
「……よし。読むか。腹は立つけど、今はあの神々の掌の上で踊るしかない。このご都合主義な説明書を骨の髄までしゃぶり尽くして、一刻も早くスキルをマスターしてやる!」
私の目に悔しさをバネにした闘志の炎が再び宿った。




