0061. 閑話・【???】転生者 琴の観察日記 「転生者の敏腕プロデューサー」
――神域、観測の間。
柔らかな光に満ちたその場所で、我ら四柱は今日も一枚の水鏡を囲んでいた。
水鏡の中では、我らが愛し子、琴と彼女の最初の幻獣である狐火ちゃんが、部屋の中でキャッキャと遊んでいる。狐火ちゃんが作り出した淡い光の球――魔素ボールをふわりと投げると、琴がそれを軽やかに跳ね返す。
しばらくすると、魔素ボールは琴の体に取り込まれることなく弾かれる。その性質に気づいたのだろう、今ではすっかり魔素を使ったキャッチボールが二人の日課となっていた。
「まあ、可愛い。すっかり外部の魔素の扱いに慣れてきたようね」
“妾”が満足げに微笑む。あの魔力を体に馴染ませるための不毛とも思えた訓練期間を思えば、これは大きな進歩だ。笑顔で遊ぶその姿は、見ているだけで心が和む。
「うむ。魔素を使った身体強化も、遊びながらではあるが着実にものにしておる。良い傾向じゃ」
“わし”が、腕を組んでほうと感心したように息を吐く。
時折、屋敷に招かれた琴より少し年上の子供たちが来ることもある。その中で、琴が『私、実はあなたより年上なのよ』と言わんばかりの大人びた表情を見せる瞬間があった。実年齢とのギャップに我らは皆、温かい眼差しを向けてしまう。
「あのギャップが最高なのよねぇ。さて、このまま順調に行くかしら? 少し時間を進めてみましょうか」
“わたし”が水鏡にそっと手をかざすと、中の景色が早送りになる。木々の葉が色を変え、雪が降り、そして再び柔らかな春の日差しが降り注ぐ。
そして、琴が二歳を過ぎた頃、彼女が新たな挑戦を始めたところで、時間を止めた。
「おっ、何か新しいことを始めたな。魔素を圧縮しとる」
“わし”が、興味深そうにぐいと身を乗り出す。
水鏡の中の琴は、これまでになく真剣な顔つきで、両の手に集めた魔素を練り上げ、圧縮していく。そして、何かを決意したように、その小さな口を開いた。
『神威顕現、神威〜顕現、し・ん・い・け・ん・げ・ん!』
様々なイントネーション、様々な声色で、彼女はがむしゃらにスキル名を叫び続ける。時には力強く、時には囁くように。しかし、魔素の塊はただ明滅を繰り返すだけで、何も起こる気配はない。
「……ぷっ、あははは! なんて、がむしゃらなのかしら!」
“妾”は、こらえきれずに噴き出してしまった。隣を見れば、“わし”も“わたし”も肩を震わせている。
「説明書を読まずに、気合だけで何とかしようとしてるわ。この無知ゆえの度胸、本当に面白い子」
「トライ&エラーで頑張っておるが、方向性が見当違いじゃのう。だが、あの試行錯誤している悩ましげな顔がまた可愛いのぉ」
“わらわ”が、嬉しそうに目尻を下げ、その光景を脳内のアルバムに焼き付けている。
『何かあったら』などとは露ほども考えないその姿勢は、見ていて飽きることがない。
――さらに、数ヶ月後。
琴の挑戦は続いていたが、未だに糸口は見つけられていないようだった。
「まだ気づかぬか。さすがに、じれったいのう」
「手紙を読み直せば一発なのに、律儀に自分で考えとるわ。アイテムボックスに便利なものを入れてあげているのに、その存在すら忘れているのかしら」
「まあまあ。あそこで〝やっちゃった!〟って顔をするのが、また可愛いのよ。その瞬間を楽しみに待ちましょう」
そして、ついにその時が来た。
考えを整理していた水鏡の中の琴が、ハッと何かに気づいたような表情を見せる。次の瞬間、彼女は膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った。
『……説明書、読んでなかった……』
そのか細い呟きを聞き届けた我らの声が観測の間に綺麗にハモった。
「「「「やっと、気づいた」」」」
琴はしばらく呆然としていたが、やがてむくりと起き上がると、何事もなかったかのように『あの私、やらかしてませんけど』という虚勢を張った顔を取り繕う。自分を保つためのその健気な姿もまた、いじらしい。
「ようやく【鑑定眼】の有用性に気づいたようね。早速、魔眼の練習を始めたじゃない。これでやっと〝顕現トンネル〟の存在にたどり着けるわ」
“わたし”が安堵の息を漏らす。
琴はアイテムボックスから我らが与えた指南書を取り出し、読みふけっている。その中には、この世界の知識やスキルの練習法に関する本が学校の図書室と見紛うほど大量に詰め込まれているのだが……。
「あぁ〜、やっぱり本を読む気はないのね。サラッとだけ本のタイトルを見て、あとはスルーしてるわ」
「まあ、まだ使わないとは思っていたけど。また、悩んで怒り出すのかしらね」
我らの心配をよそに琴は【鑑定眼】で自身のスキルを鑑定し、ようやく「神威顕現」の発動に必要な条件を理解したようだ。
「すぐにパパっと出来るようにしてもいいけど、それじゃありがたみがないじゃない?」
“妾”は、水鏡の中の琴に向かって、応援するように両手を振った。
「こういうのは、少しずつ成長していく姿を見守るのが〝推し文化〟の醍醐味なのよ! きゃぁ〜、琴ちゃん、頑張って〜!」
――そして、さらに数ヶ月後。
魔力強化、魔素圧縮、そして陰陽の術を遊びに取り入れながら、琴は着実に成長を遂げていた。そしてついに、水鏡の中の彼女は目を閉じたまま「顕現トンネル」の入り口その感覚で捉えることに成功していた。
「おや」
それまで黙って見守っていた“わし”が、何かに気づいたように呟いた。
「あやつ、特定の属性をイメージしとるな。陰陽の術で桜吹雪を舞いさせておる。……ふむ、召喚したい特定の相手がおるようじゃ」
「まあ、そうなの?」
その言葉に、“妾”はすっと立ち上がった。その瞳には観察者からプロデューサーへと変わった者の輝きが宿っていた。
「それなら、我ら〝運営〟としても、準備が必要ね」
妾は指をぱちんと鳴らして、琴が前世で遊んでいたというゲーム【八百万の幻獣物語】の膨大なデータを空間に呼び出す。キャラクターの一覧が我らの前にずらりと並んだ。
「……なるほど。狐火ちゃんを除いて、残り五柱ね」
“わらわ”が、データの一体を指さしながら、楽しそうに言った。
「先にこちら側で少し育てておいてやるかのう。あまり弱いままでは、琴も苦労するじゃろうし」
「ええ、そうね。いわば、我らが〝幻獣トレーナー〟となって、最高の状態で彼女の元へ送り出してあげるのよ」
“妾”は、水鏡の中で、満開の桜のイメージを練り上げている琴の姿を見て、にやりと笑った。
(次に呼び出すのは、あの子ね。属性の練習を見ていると、間違いないわ)
「さあ、皆の者、仕事の時間よ! 次のイベント『花梨ちゃん、初召喚!』を、最高の形で演出するわよ! ゲームで使っていたスキルを参考に、この世界用に可愛らしくメンテナンスもしなくちゃね!」
我らの観察はいつしか、ただの日記から壮大な物語の〝共同制作〟へと変わっていた。担当の日に観察し、この心躍る計画を皆で共有する。その日が待ち遠しくてたまらない。
もちろん、この壮大な舞台の主演女優である琴自身は、そのことをまだ何も知らない。




