0050. 大作戦承認と全権委任
父上の興奮を肌で感じながら、私は畳み掛けるように次の神託を口にした。聴衆の興味が最高潮に達している今こそ、畳み掛けるチャンスだ。
「それからきらきらしたおさかなさんです。たんぼのなかにこい?というおさかなさんをはなしてあげると、いねをいじめるわるいむしをみんなたべてくれると。そうすれば、おこめがもっともっとたくさんとれて、おいしくなると……」
「田に鯉を放つだと!? 稲が育つだけでなく、害虫まで駆除すると申すか! なんという妙案……」
父上は唸り、母上も「まあ……」と小さく息を呑んだ。農薬などないこの時代、害虫駆除は人海戦術しかない。害虫の大量発生はそのまま飢饉に直結する。その恐怖を彼らは骨身に染みて知っているはずだ。
合鴨農法と鯉の雑食性を組み合わせたハイブリッド農法の提案。前代未聞だろうが「神のお告げ」というフィルターを通せば、それは「奇跡の農法」に変わる。
父上の脳裏にはきっと黄金色に輝く豊作の田園風景が広がっているに違いない。
「あまいあまいみつもありました。はちさんのおうちをきのいたできちんとつくってあげると、おれいにたくさんのあまいみつをくれると……かみさまがおうちのつくりかたもおしえてくれました。よこにひけるいたがたくさんあって、はちさんがこまらないようになっていました」
ここで養蜂箱の図面という具体的な情報を小出しにする。巣を壊さずに蜜を収穫できるという、この時代では革新的なアイデア。信憑性が一気に増すはずだ。
私がたどたどしい言葉で「夢の光景」を語るたび、父上の目の輝きは増していく。母上も固唾を飲んで私の言葉に聞き入っている。砂糖が薬と等価で取引されるこの時代、安定した甘味料の確保は国家的な悲願でもあるのだ。
(よし、完璧だ。二人とも、完全に私のペースに引き込まれている!)
私は内心でガッツポーズを決め、最後の大物を投下した。プレゼンの締めは一番インパクトのある提案で畳み掛けるのが定石だ。これは食文化の根本を覆す最大級の改革案だ。
「それから……うしさん、いのししみたいなぶたさん、にわとりさん。みんな、かみさまからのさずかりものだから、あたらしいおやしろのちかくにきれいなおうちをつくってだいじにそだてなさいと。そうすれば、みんながもっとつよくげんきになる、と。そうかみさまが……。うしさんとぶたさんは、おきなは?、りゅうきゅうってところにすんでると」
全ての「神託」を語り終えると、部屋にはしばし沈黙が落ちた。それは呆れたような沈黙ではない。あまりにも膨大で、しかしあまりにも魅力的な情報量を懸命に処理しようとしている、知的な沈黙だった。
やがて、父上は感極まった様子で目を閉じ、大きく深く頷いた。
「……よくぞ、伝えてくれた、琴よ! これぞ、まさしく安房の国を繁栄に導くための御稲荷様からの道標じゃ!氏兼、二郎太郎をすぐに呼べ、光賀は明日、来るように伝えぃ!」
父上はその場ですぐさま立ち上がると、振り返り襖の外に控えていた家臣に指示を出した。
その声は興奮と確信に満ちていた。迷いのかけらもなかった。
体をこちらに戻すと、父上は母上に話しかける。その言葉は既に具体的な実行計画となっていた。
「綿花の件は、尾張津島に繋がりを持つ光賀に任せる。種だけでなく、栽培の知識を持つ者も探させよう。牛と豚の入手もじゃ。琉球より質の良いものを求めさせる。
椎茸と蜂の巣については、鞍馬と飯母呂の中から、腕の立つ木地師を探し出すのでいいじゃろう。琴が啓示してもらった図面を、寸分違わず再現させて試そう。
鯉と鴨、鶏の調達は、二郎太郎に命じればよかろう。領内の川や沼に詳しい者を付ければ、どうにかなるはずじゃ」
「それでよろしいかと思いますよ」
母上の静かだが力強い了承の言葉によって、あっという間に私の「おねだりリスト」が里見家の正式なプロジェクトとして動き出した。
その即断即決ぶりには私も内心舌を巻いた。前世の会議ならここから数ヶ月は検討が続くだろうに。
父上は、改めて私の前に座り直すと先程までの興奮を抑えた真剣な眼差しで言った。
「琴よ。そなたにこれら全ての指揮を任せたい。そなたの夢に現れた神の御神託なのだ。そなた以上にこの御神託を理解できる者はおるまい。皆と力を合わせ、この御神託を成し遂げられるか」
(指揮!? 任せるも何も全て私が考えた計画なんだけどな……まさか全権委任とは、父上、器がデカすぎる!)
もちろん、そんな本音はおくびにも出さない。これは千載一遇のチャンスだ。父は私の言葉の裏にある「何か」をその慧眼で見抜いているのかもしれない。だとしても、彼はそれを信じ、賭けることを選んだのだ。
私はこくりと力強く頷き、背筋を伸ばし、父上の目を真っ直ぐに見つめ返すと、二歳児にできる最も頼もしい声で答えた。
「はい、ちちうえ! こと、やってみせます!
」
「うむ、頼んだぞ、我が姫!」
父上は満面の笑みで私の頭を優しく撫でた。その手はとても温かかった。その温もりを通して、彼の期待と信頼、そして父親としての愛情がずっしりと伝わってきた。
(第一関門、これ以上なく完璧にクリア!)
私のささやかな「ひきこもりモフモフ計画」は、今、神の御名において安房の国の未来を担う壮大なプロジェクトとして、華々しくスタートを切ったのだった。この小さな手で私はこれからこの国を、そして歴史を動かしていくのだ。




