0048. 御神託という名の『お願い』リスト
(誰かに、お願いするしかない……。でも、一体どうやって?)
普通の二歳児が例えば侍女に向かってこう言ったとしよう。
「ねえ、甘い蜜が欲しいから山で蜂の巣を探してきてくれない? あとね、もっと暖かい着物が欲しいから、どこかで綿花の種をもらってきて。そうそう、お父様の田んぼの害虫を駆除するために鯉と鴨を放す必要があるの。すぐに手配してちょうだい」
なんて理路整然と語り出したらどうなる? 聡明だと褒められるだろうか。いや、違う。十中八九、気味悪がられて終わりだ。
侍女は蒼白な顔で母上に報告し、話を聞いた父上は高名な僧侶か陰陽師を呼び寄せるだろう。
最悪の場合、「物の怪が憑いている」「鬼の子だ」と囁かれ、座敷牢にでも押し込められるかもしれない。そうなれば、全ての計画が水泡に帰す。産業革命どころか、二度と日の光を浴びることすらできなくなる。それだけは絶対に避けなければならない。
どうしたものか、と小さな頭を必死に悩ませていた、その時だった。
私の脳裏に、一条の光が差し込むような、天啓が閃いたのだ。
(……待てよ? 私は普通の二歳児じゃなかった)
そうだ。私は白い狐――神の御使いを連れ、御稲荷様からの神託を授かったとされる、この安房の国で唯一無二の存在。父上達が畏敬の念を込めて「姫御子様」と呼ぶ、正真正銘の神の子じゃないか。
日頃、両親や周囲の大人たちが私に向ける眼差しを思い出す。それはただ幼子に向ける慈愛の眼差しだけではない。
そこには明らかに人ならざる者への畏れと神聖なものへの崇敬が入り混じっている。
私が夜空の星を指させば、彼らは吉兆を探し、私が狐の張り子を抱けば、御稲荷様のご機嫌を窺う。
そうだ、私はずっと前から普通の子供ではなかったのだ。
「――その手があったか!」
私はポンと小さな手を打った。乾いた音が静かな部屋に響く。そうだ、この発想の転換こそが鍵だ。
普通の子供の「お願い」は、ただの我儘だ。しかし、神の威光を背負う姫御子の「お願い」は民を導くための神からのありがたいお告げ――すなわち〝御神託〟になる!
途端に私の頭は前世の経験を総動員してフル回転を始めた。これはマーケティングであり、ブランディングであり、そして人心を掌握するためのプレゼンテーションだ。
商品の価値はその伝え方によって何倍にもなる。前世で私はそれを嫌というほど学んだ。
(そうだ、この手を使おう! 私が持つ前世の知識とそれに基づく要望を全て「御神託」という形に変換して伝えれば、誰も疑うはずがない!)
むしろ、喜んで協力してくれるだろう。「姫御子様がまた、我らのために神のお告げを授けてくださったぞ!」と。
私の顔に二歳児にあるまじき、悪戯っぽくも計算高い笑みが浮かぶ。権威の利用、ストーリーテリングによる動機付け。前世で学んだプレゼンテーションの極意がこんな形で活かされるとは、皮肉なものだ。
だが、使えるものは何でも使う。それがプロジェクトを成功に導く鉄則だ。
私は新しい紙を取り出すと、今度は父上と母上に伝えるための「お願いリスト」――改め、「第一次・御神託(という名の発注書)」の作成に、心を込めて取り掛かった。一文字一文字、神々しさが滲み出るように丁寧に。
【御神託リスト 壱】
・捜索依頼
綿花の種: 凍える冬、民が健やかに春を迎えられるよう神が示された恵みの種。遥か西の国にあるという。これを育て、暖かき衣を民に与えよ。
鯉と鴨: 田を荒らす虫は、豊穣を妨げる邪なる存在。それを喰らい、稲を健やかに育てる神の僕として、鯉と鴨を田に放て。
天然の椎茸: 飢饉は民の心を蝕む。それに備えるための森の恵み。これを食せば、病に打ち克つ力が得られるであろう。
家畜導入:
牛: 姫御子に健やかなる力を与えるため、白き乳を授けよとのお告げあり。(本音:牛乳が飲みたい! カルシウム不足は深刻だ! 骨を強くして、早く大きくなりたい!)
豚: 民の活力を養う滋養の肉。戦で疲れた兵や子を産む女に与えよ。これもまた、国を富ます神の恵みなり。(本音:美味しい豚肉が食べたい! 角煮! 生姜焼き! ビタミンB1!)
人材紹介:
腕のいい木地師(木工職人)を一人: 神が夢にて、小さき生き物(蜂)が蜜を集めるための「神聖なる箱(養蜂箱)」の図面を授けられた。これを形にできる、信篤き職人を召し抱えよ。
(よし、完璧だ)
リストの各項目に、もっともらしい大義名分を添える。自分の欲望を国の発展と神の威光というオブラートに何重にも包み、綺麗にすり替える。
これぞ、人心掌握の、そして政治の第一歩だ。
これを「昨日、御稲荷様が夢枕に立たれ、安房の国をより豊かにするために、幼き私にこれらを示されたのです」と、潤んだ瞳で訴えれば、信心深い父上たちは疑うどころか、感動のあまり涙を流して喜んで動いてくれるに違いない。
私は完成したリストを満足げに眺め、明日の朝のプレゼンテーションに向けて、固く決意を固めた。
二歳児の私にできる、最大限の演技プランを練る。少し舌足らずに、しかし、神の言葉を伝える巫女のような厳粛さを纏って。
「明日、朝一番で、父上と母上に〝神のお告げ〟を授けに行くとしますか!」
私の革命は、こうして一枚の「発注書」から静かに、そして確かな一歩を踏み出そうとしていた。この小さな体で私は世界を動かし始めるのだ。




