0047. 実行不能の壁
前世の記憶を反芻しながら、私は自分の思考が自然とプロジェクトマネジメントの手法に則っていることに気づき、自嘲気味に笑みがこぼれた。
まあ、決定的な違いはある。ここには、明確な納期もなければ、会議の直前になって「やっぱり根本から考え直して」などと理不尽な仕様変更をねじ込んでくるクライアントもいない。全ては私の裁量。私のやりたい放題だ。
(なんてこと……。ここは最高の職場環境じゃないか!)
そう気づいた途端、私のモチベーションは天元を突破した。やりたいことすべてが私のプロジェクトであり、民の笑顔が私の報酬だ。これほどやりがいのある仕事が他にあるだろうか。
さてと私はリストを睨む。熱意だけで事が進まないのもプロジェクトの常だ。高揚した気分を一度落ち着かせ、冷静にリスクを洗い出し、ボトルネックを特定し、解決策を講じなければならない。
(最大の問題は、これらのタスクを『どこで』『誰が』実行するかだ)
この安房の国で父上の統制がどこまで盤石なのか私にはまだ分からない。いつどこで敵国の間者が聞き耳を立てているか知れないのだ。父の家臣の中にも、快く思わない者がいないとも限らない。椎茸栽培や石鹸作りくらいならまだしも、収穫量を倍増させる農業技術や新たな道具の設計図となれば話は別だ。
それはもはや国家機密であり、軍事技術にも転用されうる。もしこの知識が安房に敵対する国に渡ってしまえばどうなる? 私が国を豊かにするために考えた計画が、逆に父上をこの国を滅ぼす引き金になりかねない。そう考えた瞬間、背筋が凍るような思いがした。
革新的な技術が外部に漏洩するリスクを考えれば、大規模な改革は父上が新たに築いてくださるという『社』に拠点を移してからが望ましいだろう。あそこならば、神域という建前で人の出入りを制限し、秘匿性を保ちながら、信頼できる者たちだけで計画を進められるはずだ。私の研究所兼、秘密工場。考えるだけで胸が躍るわ。
私は思考を整理するため、紙の上に三つのカテゴリーを作った。優先順位と実行場所の切り分け。プロジェクトの基本よね。
【ここで試すこと】
└ お花栽培、椎茸の試験栽培、水での種選別
まずは小規模かつ、失敗しても損害の少ないものから始める。リスクの低いプロトタイピングよ。
特に花の栽培は、私の個人的な趣味ということにしておけば、誰も怪しまないだろう。「姫様はお花がお好きなようだ」と侍女たちが微笑ましく見守ってくれるに違いない。
その裏で着々と石鹸革命の準備を進めるのよ。椎茸も、庭の隅にある日当たりの悪い朽木でこっそり始められるかもしれない。種選別だって、台所の桶があれば十分だわ。
【社で本格始動】
└ 正条植え、肥料開発、農具の量産
これらは国の農業の根幹に関わる。秘匿性の高い場所で、信頼できる者たちだけで進めるべきだ。特に肥料開発は、何が絡んでくるかわからないけど、成果が出れば一気に広がると思うから、まさに機密ものだわ。
前世の知識を思い返せば、特定の成分は火薬の製造にも繋がりかねない。そんな危険な技術、絶対に外部には漏らせない。
【まず、探してきてもらう物】
└ 綿花の種、鯉、鴨、蜂
そして、これが一番の難関。私の知識だけではどうにもならない、外部からのリソース調達。私の頭の中にある設計図を実現するためには現実世界の「素材」が必要不可欠なのだ。
(……あっ、蜂! 養蜂を忘れてた!)
私は慌ててリストに【蜂】と書き加える。
(いけない、いけない。「甘味は正義」なのに、蜂蜜という至高の存在を忘れるとは、私としたことが一生の不覚だ!)
砂糖が薬と同等の価値を持つこの時代、安定供給可能な甘味料はそれだけで国を豊かにさせる戦略物資になる。
それに甘いものは思考を助け、人の心を豊かにする。それだけでなく、蜂は作物の受粉を助け、農業生産性を向上させる重要なパートナーでもある。蝋は灯りになり、闇を照らす。養蜂は計画の優先度を上げなければ。
リストを分類し終えて、私は腕を組んだ。計画の骨子は固まった。あとは実行するだけ。しかし、その「実行」という部分で、私は巨大な壁に突き当たっていた。
やはり、一番のボトルネックは三番目の「探しもの」だ。二歳の私がおぼつかない足で三河の国まで綿花の種を探しに行けるだろうか? いや、絶対に無理だ。門を一歩出た瞬間、迷子になるのが関の山。山に入って野生の蜂の巣を探し出すなど、熊の餌食になる未来しか見えない。
誰かにお願いするしかない。だが、一体どうやって? この小さな体と辿々しい言葉で、どうすれば大人たちを動かすことができるというのだろう。私の壮大な計画は実行部隊の確保という、あまりにも初歩的で、しかしあまりにも巨大な壁にぶつかっていた。
頭の中には完成した国の姿が鮮明に見えているのに、それを実現するための手足が言葉が私にはない。壮大な構想と無力な現実。その途方もないギャップに、私はただ完成したリストの前で立ち尽くすことしかできなかった。




