0041. 閑話・【鞍馬の頭領】鎌倉からその先へ
あの大男――堀内氏兼を客室に逗留させた翌日、おれは一族の主だった者たちを里の集会所に集めた。議題は一つ。坂東の里見家からのあの途方もなく、そして一族の運命を根底から揺るがしかねない申し出についてだ。
評定を前におれは一人、里を見下ろす岩の上に立っていた。この申し出は我らにとって劇薬だ。長く続いた停滞を打ち破る薬となるか、あるいは一族を分裂させる毒となるか。どうすれば、皆を一つにまとめられるか……。
九郎義経様の「再び世が乱れた時、我が名の下に参ぜよ」という遺言とそれに続く宿願となっている指示。それは我らの誇りであり、同時に、この山に我らを縛り付ける呪いでもあった。その〝時〟とは、一体いつなのか。我らはただ待ち続けるだけでよいのか。
重い心でおれは集会所に入り、口火を切った。
「……話は以上じゃ。皆の率直な意見を聞きたい」
おれがそう言うと、案の定、一座は二つに割れた。
「儂は断固反対じゃ!」
最初に声を上げたのは、一族で最も年嵩の長老だった。皺深い顔を憤怒に歪ませている。
「この鞍馬の地こそ、我らが祖先が九郎様よりお預かりした本貫。数百年、この地で技を磨き、その時を待った我らが、今さら見知らぬ坂東の土地へ移り、ぽっと出の若造の指図を受けるなどご免被る。我らの宿願はこの地でこそ果たされるべき!」
「だが、ただ待つだけの日々はもう十分ではないか!」
それに噛みついたのは、血気盛んな若武者だ。
「長老のお言葉、ごもっとも。なれど、その〝時〟とは一体いつ来るのですか! 食うに困らぬ土地を与え、我らの技を金雇いの汚れ仕事ではなく、〝御役目〟として認めてくれるという。これ以上の好機がこの先にあると申されるか!」
「そうだ! 安房の地ならば鎌倉にも近い。宿願を成すならば、むしろ好都合ではないか!」
そこへ、慎重な中堅の武士が口を挟む。
「待て、早まるな。里見家が我らを召し抱えた後、用済みとなれば切り捨てられるやもしれぬ。まずは少数を送り、様子を見るべきではないか」
「何を言うておる! 宿願とは土地の問題ではない! 心の問題じゃ!」
賛成と反対、そして慎重論。それぞれの立場から意見が飛び交い、評定は紛糾を極めた。故郷を想う心も、未来を渇望する心も、一族の安寧を願う心も、それぞれが偽りのない本心。おれは皆の言葉をただ黙って聞いていた。
やがて、おれはゆっくりと立ち上がった。
「……皆に問う。我らが宿願とは、何じゃ」
シン、と場が静まり返る。
「この鞍馬の地に、しがみつくことか? 違うはずだ。我らが宿願は九郎義経様が目指した義の世を再び作り出すこと。そのための〝力〟となることではないのか」
おれは一座を見渡した。
「我らの刃は、鞘の中で錆び付かせるためにあるのではない。民を守り、義を貫くためにこそある。その機会を与えてくれるというのなら、たとえ地の果てであろうと赴くのが鞍馬の道ではないのか!」
熱を帯びたおれの言葉に誰もが押し黙る。
「だが、おれも皆と同じく不安はある。里見家が我ら一族の未来を託すに値する主君であるか否か。彼らが与えるという土地が、赤子や年寄りも安心して暮らせる場所であるか否か。それを見極めねばならぬ」
おれは一座に提案した。
「おれがこの目で見極めてくる。堀内殿と共に安房の地へ赴き、我らが住むという土地を、そして里見家という家をこの目で見てくる。道すがらの状況も確かめ、年寄りや赤子でも旅に耐えうるか、見極めておこう。儂がこの目で見た真実を持ち帰る。それを見てから、皆で決めても遅くはあるまい」
その言葉に、もう異を唱える者はいなかった。
数日後。おれは、最も未来を渇望していた若者の一人を供につれ、氏兼殿と共に生まれ育った山を下りた。数百年、変わることのなかったこの景色を次にいつ見られるだろうか。見送りに来た里の者たちの不安と期待が入り混じった顔が目に焼き付いている。そんな感傷が胸をよぎる。
道中、氏兼殿は朴訥と、しかし誇らしげに安房の国のことを語った。主君・義実公の厳しさと慈悲深さについて。
そして、我らが山を越え、湊に着くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
里見家の二つ引両の家紋を掲げた二形船を含む船団が、静かに我らを待っていたのだ。
「――沙門殿。これより先は船旅にござる」
氏兼殿は、こともなげにそう言った。
荒波をものともせずに進む船の上で、おれは水平線の先に見えてきた安房の国の土地を睨み据えていた。
「氏兼殿。里見家は本気で我ら一族百余名を、この地に迎えるおつもりか」
おれの問いに氏兼殿は潮風に当たりながら、力強く頷いた。
「無論。殿はこの日のために、我が里見水軍の持ち船の全てをこの湊に差し向けるよう、すでに命じておられまする。老人や赤子も、山賊や追剥が跋扈する陸路の厳しい旅よりは船旅の方がよほど楽で安全であろう、と」
「…………」
言葉が出なかった。
何という力の入れよう。何という深謀遠慮。
我らをただの使い捨ての戦力としてではなく、守るべき〝民〟として、家族として、迎え入れようという、その覚悟。口先だけではない、本物の誠意がそこにあった。
おれはこの時、初めて心の底から思った。
この先の坂東の地で、数百年ぶりに我ら鞍馬一族の新たな歴史が始まるのかもしれない、と。
九郎様。
我らは長き旅路の果てに、ようやく新たな「義」の光を見つけられるやもしれませぬ。
それは、鎌倉の世を終わらせるのではなく、その先の世を創るための光かもしれませぬ。




