0033. 閑話・【???】転生者 琴の観察日記 「推しが可愛すぎて、つい手を出してしまう件」
「行ったの」
「行ったのじゃ」
「行きおったわ」
「行っちゃったわねぇ」
それぞれが満足げに呟く。転生時の約束通り、彼女の身体は事故死に偽装し、部屋の荷物は全てアイテムボックスに詰めてやった。準備は万端だ。
――神域、観測の間。
我ら四人は水鏡に映し出された、
下界の小さな赤子の姿を眺めていた。
我らが転生させた新しい〝おもちゃ〟……いえ、〝愛し子〟琴の様子を。
「さて、琴が転生して数日経ったが、どのような感じかの。もう〝説明書〟は読んで、魔素の使い方を覚えたか。アイテムボックスの中身を見て驚いたかのぉ」
“わらわ”が期待に満ちた声で水鏡を覗き込む。だが、そこに映し出されていたのは、予想外の光景だった。
「あやつ、何をしておるのじゃ。手紙は読んだようじゃが、肝心の書庫データには一切触れておらんではないか。基本的な事しかわからぬはずなのに」
「いい感じで琴ちゃん、抜けてるわねぇ〜、いいわ〜、その抜け感が欲しかったのよ。最高じゃない」
“わたし”が、うっとりと頬杖をつく。
「いやぁ、説明書なんぞ読まずに、自分で色々と考えて試行錯誤しとるだけ、マシじゃないの。この間の子よりは、よっぽど自主性があって根性あるで」
“わし”が、面白そうにガハハと笑う。
「天然なのね。計算ではない、純粋なポンコツ……これは最高の素材だわ。この先のボケとツッコミの応酬が見ものね」
そして“妾”が、皆の意見をまとめる。
水鏡の中の琴は、必死に手足をばたつかせ、「あー」だの「うー」だのと唸りながら、体内の魔素を感じようと悪戦苦闘している。その姿を侍女が「まあ、姫様は本日もお元気で」と微笑ましそうに見守っている。
(本人は至って真剣なのに、周りからは奇妙な体操にしか見えない。ああ、このすれ違い……可愛いわぁ)
妾は、この尊い光景をしばらく脳裏に焼き付けることにした。小さい体で一生懸命、足と腕を動かしながら、声を出してる姿は無限に見ていられる癒やしだわ。
――さらに、一ヶ月後。
「『神々めぇ、優遇し過ぎたと思って、仕様変更したかぁ〜〜!』ですって。あらあら、あらぬ疑いをかけられてしまったわ」
水鏡の前で、妾はくすりと笑った。
琴は、一向に進まない訓練にすっかりやる気を削がれているようだ。
「まあ、このまま飽きられてもつまらないし……この可愛い姿が見られなくなるのは、世界の損失じゃからのう」
“わらわ”が、ため息をつく。
「しゃーない。こっちが飽きる前に、少しだけ助け舟を出してやるかのう」
“わし”がぼりぼりと頭を掻く。
「ほんのちょっぴりね。物語が進まねば、意味がないもの」
妾は水鏡に向かって、そっと息を吹きかけた。指先から細い光の糸を水鏡に伸ばし、下界の琴の周りの魔素の粒子をほんの少しだけ輝かせて密度を上げる。我らからのささやかな〝上方修正〟だ。
――さらに、数日後。
「ダメね。これじゃ、埒が明かないわ」
少し魔素を感じられるようにはなったものの、琴はまだ本質を掴めていない。
妾は奥の手を使うことにした。
「このままだと、何も進まなくてツマラナイから、ちょっと狐火ちゃんにも協力してもらいましょうかね」
妾は水鏡を通して、琴のそばにいる小さな幻獣に直接、声をかけた。
「狐火ちゃん、聞こえてるぅ〜、私よぉ〜、わ・た・し。覚えてるかしらぁ〜。そっちに行くときに手伝った、わたし」
《! ……あら、神様ですね。本日は、いかがなさいましたか?》
水鏡の向こうで小さな白狐がびくりと体を震わせ、畏まっている。可愛い。
「琴ちゃん、あなたのことに気づいてないみたいだけど、どうして?」
《それが……私が近づくと、琴ちゃんはなんだか嫌そうな感じがするみたいで……。私の炎が、まだ怖いのかしら……》
しょんぼりする狐火ちゃんに、妾は優しく語りかける。
「そうなのよねぇ〜、琴ちゃんの魔素コントロールがまだ下手だからよ。あなたの純粋な神気に無意識に違和感を感じて避けてしまっているの。だから、あなたが手伝ってあげて。あなたの魔素に琴ちゃんの体を慣れさせてあげるのよ」
《そうだったのですね。分かりました。どうすれば、よろしいのでしょうか》
「ありがとうねぇ〜、優しい子ねぇ、助かるわ〜。そしたら、あなたの魔素でボールを作って、琴ちゃんに渡してあげて。体に魔素を取り込ませて馴染ませてあげてほしいのよ〜。あなたの炎の魔素をあまり熱くない、陽だまりくらいの温度に調整して、優しく丸めるの。そう、お団子を作るみたいにね」
《畏まりました!琴ちゃんのためなら、全力を尽くします! 大丈夫よ、ボールを作って、そばに投げるのね。……それっ》
健気な狐火ちゃんは、早速、小さな炎の玉を作り、琴のそばへところんと転がした。
「あら〜、いい子ねぇ。ちゃんと、ぶつけないで、そばに置いてあげるなんて、分かってるわぁ〜」
水鏡の中では、琴がその光の玉に気づき、必死に寝返りを打って手を伸ばしている。
「Kawaii〜、萌えるわぁ……」
妾たちは、固唾を飲んで見守る。「行けー!」「あと少し!」
だが、その手が届く寸前、侍女が琴をひょいと抱き上げて元の位置に戻してしまう。驚く琴の顔。それを見て、さらに興奮する妾たち。
「きゃぁ〜、このすれ違い! 最高の演出じゃない!」
「そこー!そのタイミングで来るかー!」
諦めずに何度も手を伸ばし、ついに魔素ボールに触れた琴は、その効果に気づくと、全身で喜びを表現している。キョトンとした顔から、満面の笑みに変わり、狐火ちゃんに向かって手足をバタつかせてアピールしている。
「いやぁ〜、もう、鼻血が……。この映像、永久保存版ね……」
「ブルーレイに焼いておくのじゃ!」
《神様、琴ちゃんが……琴ちゃんが喜んでいます!》
「ええ、そうね。狐火ちゃん、あの子が飽きるまで、毎日、この〝遊び〟に付き合ってあげてくれるかしら」
《ええ! 喜んで! 琴ちゃんと遊ぶのは楽しいもの。精一杯、お相手を務めさせていただきますわ!》
「それじゃぁ、よろしくねぇ〜。何かあったら、また声をかけて。聞こえてたら、反応するから」
これでようやく、物語は次の段階へ進みそうだ。
我ら神々のちょっとした〝演出〟と健気な幻獣の助けによって。どちらに転んでも、退屈はしなさそうね、と我らは笑い合った。




