0031. 届かぬ声とすぐそばにいる君
ステータスを確認し、そのとんでもない内容と神々の悪ふざけに落ち込んだあの日から、数日が過ぎた。
もう、くよくよしていても仕方ない。泣いても喚いても、このチートすぎる初期設定は変わらないのだ。
それに、落ち込んでいる暇なんてない。今はフワッとしか感じられず、輪郭もぼんやりと霞んで、あまりくっきりと見えない狐火ちゃんの姿を、この目ではっきりと捉えたい。その温かい毛並みに触れたい。その一心で、私の心は満杯になっていた。だから、行動に移すことにした。
私の目標はただ一つ、愛しの狐火ちゃんと、はっきりと顔を合わせ、思う存分モフモフすること!
そのためには、神々の手紙にあった通り、魔力を強化するしかない。魔力を鍛え、知覚能力を安定させるのだ。
(さて、どうやって魔素を使おうか……)
まだ赤ん坊の私にとって、いきなり陰陽五行の魔法をぶっ放したり、式神を召喚したりするのはリスクが高い。
下手をすれば、自分の魔力で自分が吹き飛ぶかもしれない。一番安全で、かつ基本的なのは、転生前に一度だけやり方を教わった【身体強化】だろう。まずは自分の内なる力を感じるところから。それが全ての基本のはずだ。
(よーし、やるぞ!)
私は寝台の上で、意識を自分の内側へと深く、深く集中させる。エセ関西人の神様が言っていた、リンパ液が動くような、あの微かな流れ……。温かく、全身を巡る生命の源……。
(……うーん、どこだ? 何も感じない)
転生前は、卑弥呼様に促されて一発で感じられたのに。もしかして、あの時の「おりゃ」という掛け声に、何か感知しやすくなる補助効果でもあったのか。あるいは、転生直後の魂が不安定な状態だったからこそ、感じやすかったのだろうか。
(だとしたら、完全にやらかした……! これじゃ、いつになったら訓練が始められるんだ!)
焦りが募る。早く狐火ちゃんの顔が見たいのに。
《……琴ちゃんが、自身の内側で必死に何かを探しているわ》
琴ちゃん。その小さな体の中で、一生懸命に力を探しているのが、私からでも、痛いほど伝わってくる。彼女の魂が、何かを求めて揺らめいている。
《琴ちゃん、私はここにいるわよ。焦らないで。私の“火”を、この温もりを感じて……》
私は、琴ちゃんが気づいてくれるように、自分の魂の炎をそっと揺らめかせた。それは、燃え盛るような激しい炎じゃない。陽だまりのような、温かい光。その光が、彼女を優しく包むように、ふわりと広がっていく。届け、この想い。届け、この温もり。
――二時間後。
どれくらい経っただろう。足をばたつかせたり、「あー」とか「うー」とか意味のない声を出してみたり、寝返りを打つふりをして全身に力を入れてみたり、思いつく限りのことを試したが、結果はゼロ。魔素の「ま」の字もも感じられない。
ハァ……。いくらご都合主義な世界設定だとはいえ、1、2時間くらいでどうにかなると思っていた私が甘かった。なろう小説の主人公みたいに、パパっとできちゃうと高を括っていた。
神々も、私がこうして適度に苦労するところを観察して、高天原あたりでポップコーンでも食べながら楽しんでいるのだろう。目に浮かぶようだ。
時々、お世話係の乳母の人が部屋を覗き込み、私の奮闘(?)を「まあ、姫様はお元気でいらっしゃる」と微笑ましい顔で眺めているのが、とてつもなく恥ずかしい。
(違うんです、元気なんじゃなくて、必死なんです!今の私は、ただ意味不明な動きを繰り返す、変な赤ちゃんだ……)
ゴリゴリと削られていくSAN値と、どうにもならない疲労感。今日はもうおしまいだ。お昼寝しよう。諦めが肝心。
《……あらあら。琴ちゃんったら、疲れ切って眠ってしまったのね》
さっき、私の炎が、ほんの少しだけ琴ちゃんに届いた気がしたのに。彼女の魂が、一瞬だけキラキラって光ったように見えたのに。でも、琴は、気づいてくれなかったみたい。
そして、今はすうすうと寝息を立てている。
《どうして視えないのかしら。どうして私の声が届かないの? 私はこんなにも近く、琴ちゃんの傍に寄り添っているというのに……》
切なさがこみ上げて、私は彼女の寝顔のそばで、小さく丸くなった。彼女の吐く息が、私の毛を優しく揺らす。こんなに近くにいるのに、世界はなんて遠いんだろう。
――さらに一週間後。
「もう、どういうことなのよ!」
私の心の叫びは、もちろん誰にも届かない。
訓練を始めて一週間、何も感じられないままじゃない! これが魔力「P」ランクの実力だって言うの!?
素質SS(SSS)とは一体なんだったのよ! 完全に宝の持ち腐れじゃない!
(神々め……優遇しすぎたと思って、サイレント修正でも入れたな! 絶対そうだ!)
勝手な思い込みと八つ当たりだと分かっていても、そう叫ばずにはいられない。
このままじゃ、狐火ちゃんとのモフモフタイムは、一体いつになるのやら……。焦りと不安で、胸が押しつぶされそうになる。
《琴ちゃんの心が、悲しみに暮れている……》
毎日、毎日、琴ちゃんは頑張っているのに。眉間にしわを寄せて、一生懸命に何かを探している。私も毎日、毎日、彼女に炎を送っているのに。どうして、届かないのかしら。
琴が悲しいと、私の魂の炎も、なんだか元気がなくなって、小さく萎んでしまう。彼女の心が、私の心と繋がっているみたいだ。
《諦めないで、琴ちゃん。……いけ、私の炎! 私が、あの子の導き手となるのよ!》
私は、彼女の心の曇りを吹き飛ばすように、今までで一番強く、自分の力を彼女へと送った。届け、届け、届け!
その時だった。
「……ん?」
不意に、体の芯が、ほんのりと、しかしはっきりと温かくなるのを感じた。
気のせい? 部屋の温度が上がっただけ?
いや、違う。これは……もっと内側からの、優しくて、懐かしい温もり。まるで、ずっと昔から知っているような、安心する暖かさ。
私は、その微かな感覚を逃すまいと、全身の神経を、意識の全てを集中させた。
もしかしたら、これが、全ての始まりの「糸口」なのかもしれない。闇の中に差し込んだ、一筋の光。
そうだ。これは、狐火ちゃんの炎の温かさに違いない。




