0029. ツッコミはするが笑いはない
心の中の絶叫の後、私はぜえぜえと息切れするような感覚を覚えながら、改めて目の前のウィンドウに向き直った。
ダメだ。これっぽっちじゃ、全然足りない。私のこのやり場のない気持ちは、到底収まりきらない。
よし、セカンドラウンドだ。一つずつ、一つずつ、このふざけた仕様書にさらに詳細なツッコミを入れてやる。一回ツッコんだだけじゃ気が済まない。骨の髄まで、何度でもこすってやる。
第一に、名前!
注釈の「伏姫に未練がある」じゃないわよ! あの名前は、某有名伝奇小説の巨大な死亡フラグそのものだろうが! 私の人生プランは、野蛮なチャンバラ活劇じゃなくて、愛らしい動物たちと戯れるハートフル・ドキュメンタリーなんだ。コンセプトを履き違えるな! 私の人生の脚本は私が書くのよ!
第二に、種族!
『人間?(神の寵愛風味)』の『?』はなんだ、『?』は! 疑問符は種族名に含まれません! せめて『!』にしろ、大差ないけど! 人間かそうじゃないかくらい、確定させてくれ!それに『風味』って何よ! さっきもツッコんだけど、原材料:人間、添加物:神の寵愛、みたいなこと!? 食品表示法違反で訴えるわよ!
第三に、称号!
「寵愛」と「加護」のバーゲンセールか! 確かに五穀豊穣の神様は他にも大勢いるだろうけど、こんなに貰ったら、他の神様から嫉妬で刺されるんじゃないの!? 神様界の派閥争いとか、ママ友カーストとかあったらどうするのよ!
おねぇ様(仮)、サプリメントじゃないんだから、用法・用量を守ってください! 急に別の神様が出てきて「その称号、没収します」とか、一番イヤな展開だから!
……職業とスキルは、まあ、打ち合わせ通りだから一旦スルー。問題は、次だ。
第四に、能力値!
20段階評価って、どこのマニアックなゲームだよ! 普通は多くても10段階くらいだろ!開発者のこだわりが強すぎるインディーズゲームか!
しかも、私の潜在能力、SとかSSとかあるんですけど!? これ、成長したら人外に片足どころか、両足どころか、頭のてっぺんまで浸かるレベルじゃないか!
戦闘民族になる気はないと言っているのに! ……まあ、頑丈さとか素早さとか、生きていく上で高いに越したことはないから、返品要求する気はさらさらないけども!断じて!
ふう。私のステータスへのツッコミはこれくらいにして、次は愛しの狐火ちゃんだ。
名前は「狐火」のまま、良かった。転生の前に確認してたけど、悪ふざけを心の底から疑っていたから、「ポチ」とか「タマ」みたいな安直な名前に変更されてなくて、本当に良かったよ。やろうと思えば、ちゃんと仕事できるじゃないですか。
種族は「焔尾狐」……元のゲームの九尾狐とは違うけど、ちゃんと火の属性を引き継いでいるみたいで、これも一安心。響きもカッコいい。
能力値も、私に負けず劣らずのハイスペック。スキルは二つがロックされてるけど、レベルアップで解放されるタイプかな。
「どんなすごい技を覚えるんだろう」「一緒に野山を駆け回る日が楽しみだわ」なんて、未来への期待が膨らんでいく。これは、ちょっと楽しみだ。
……と、ここまで確認して、私ははたと気づいた。結局、肝心なことが何もわかっていない。
さんざん神々の悪ふざけにツッコミを入れて、少しだけスッキリした頭で冷静になると、一つの根本的な疑問が、冷たい水のように心に広がっていく。
私の目の前にいるはずの狐火ちゃんの姿が、なぜかぼんやりと霞んで、はっきりと見えない。まるで、ピントの合わないカメラのレンズ越しに見ているように。
その根本的な理由が、ステータス画面のどこにも書かれていないのだ。私のステータスには、コメントが入っていたのに。
『幻獣理解』みたいな、お約束のスキルも『意思疎通』も追加されてない。
(……どうして?)
壮大なステータスも、規格外の能力も、今はどうでもいい。
私はただ、この世界で唯一の、最初の家族である狐火ちゃんの顔を、ちゃんと見たいだけなのに。その温かい毛並みに触れて、その表情を、仕草を、この目ではっきりと捉えたいだけなのに。
それなのに、なぜ。
ハイテンションなツッコミ、神々への怒りをぶちまけた後には、笑いなんて少しも残ってはいなかった。
胸に渦巻くのは、どうしようもない焦燥感と、戦国時代にたった一人で放り込まれた赤子の、私の深い、孤独感。
一緒に令和から来た、唯一の家族であり、心の支えであるはずの狐火ちゃんとの間にさえ、こんなにもどかしい、見えない壁があるなんて。
こんなに強い力があっても、一番大切な相棒の顔も見られないなんて、何の意味があるの?
私は、最後の望みを託して、意識をアイテムボックスへと向けた。
――卑弥呼様が入れたという、「手紙」と「オマケ」に。
(あのポンコツで悪趣味な卑弥呼様だけど、何かヒントくらいは残してくれているはず……。そうでなければ、あまりにも……あまりにも、救いがないじゃない)
祈るような気持ちで、私は心の中でコマンドを唱えた。
「アイテムボックス、オープン」




