0024. 反省と(勝手に)ひきこもり人員計画始動
真夜中、私はふと目を覚ました。
行灯のぼんやりとした光が、寝所の闇を淡く照らしている。隣で眠る両親の寝息だけが聞こえる、静かな夜。……そう思ったのは、間違いだった。
「……真里よ。昼間はすまなかった。助かったわ」
父上のひそやかな声。どうやら、まだ起きていたらしい。昼間の件を反省しているようだった。
「琴のことを言えぬゆえ、少し、焦りすぎていたようだ。あの二人をどう鍛え直すか……悩ましいところよの。話をしてしまった以上、あの二人を付けざるおえぬが、鍛え直すにしても時間がかかりそうじゃな」
「お前様……。今日のことは、あの二人にとって良い薬になったはず。お気になさいますな。
あの二人は、言葉の表面しか聞かず、直ぐに自分の感情が出てしまい、それがどのようなことになるかわかっておりませぬ。
さらに二郎太郎は心の弱さもありますし、今後、姫御子である琴を守る為にも、しっかり反省し、心を入れ替えなければ、どこかで今日よりも大事な事が起こったやもしれぬゆえ、今日のお前様は正しい事をしたと思いますよ」
母上の穏やかで優しい声。昼間の恐怖を思い出し、縮こまる私を安心させる響きだ。
私は再び眠りに落ちようと意識を微睡ませる。だが、続く父上と母上の言葉に、私の思考は完全に覚醒した。
「それよりも、明日の光賀との話、今日のあの二人を考えると話し方を変えねばならぬが、いかがしたらよかろうな」
「そうでございますな。彼に話す理由は『将来の北進、上総の上杉方との戦に備え、今のうちから孤児を集めておく』でよろしいかと。真の事情を知る者は、少ないに越したことはありませぬ」
(……商人との打ち合わせ? 孤児を集める……?)
昼間の「奴隷を買い入れる」という話の続きだ。私は息を殺し、耳をそばだてた。
「代金はいかがするか。まだ小さい子らじゃ、一人につき一貫文か一貫五百文ほどでも出せば十分か」
父上の言葉に、母上は静かに、しかしはっきりと首を振った。
「いえ、お前様。それでは高うございます」
その瞬間、母上の声から昼間の優しさがすっと消え失せた。まるで氷のように冷たく、怜悧な商人の声。
「わらわの実家、甲斐の国では人売りは日常。まずは一人五百文で話を始め、粘られたとて七百文。
そこで承諾したのち、『道中の骨折り賃じゃ』と百文上乗せして八百文。
さらに甲斐から安房までの道中の安全のために、身延の久遠寺や富士の浅間大社で預かってもらうと思いますので、『道中の寺社への寄進料に』と二百文を追加し、きっかり一貫文に。
……最初から一貫文を提示しては、光賀殿はこちらの足元を見ます。段階的に恩を売ることで、彼は我らに心からの忠誠を誓いましょう」
(……お母様?)
私が知っている、優しい母はどこへ行ったのだろう。そこにいたのは、人の心の機微を完璧に読み解き、価格交渉を自在に操る、恐るべき戦略家だった。
「人数は百ほど。幼子を抱える兄弟姉妹を積極的に買い付ければよろしいかと。兄弟姉妹は決して引き離さぬように、と。離散を不憫に思うこちらの“慈悲”を見せれば、彼らも故郷に子を残す親も幾分かは救われましょう。それに兄弟姉見張らせれば、逃げ出す心配も減りますゆえ」
慈悲と打算。
優しさと非情さ。
その二つを完璧に両立させる母上の言葉に、私はもはや恐怖すら通り越して、ある種の感嘆を覚えていた。この人はすごい。そして、とてつもなく恐ろしい。
「……なるほどのう。真里、そなたには敵わぬわ。甲斐の子供たちが死なぬようにこちらに連れてくることに考えておったな」
父上の心底感心したような声が聞こえる。
「そなたの言う通りにしよう。琴のためにも、我らはこの非情な策をやり遂げねばならぬなが、その考えも持ち続けねばならぬな」
(そう、全ては私のために)
私のために兄と叔父上は命を失いかけた。
私のために百人の子供たちの運命が、今まさに売り買いされようとしている。
そして、その壮大な計画を取り仕切っているのは、他ならぬ私の両親。
(これが、私のための……〝壮大なひきこもり人員計画〟ってわけか)
内心でそう名付けた瞬間、なんだか少しだけ、笑えてきた。
前世ではしがないOLだった私が、今や一大プロジェクトの中心人物だ。決めた。
この人たちがどんな非情な手段で私の「同居人」を集めてこようとも。
私がこの子たちを世界で一番幸せにしてやる。
それがこの狂った世界で、神様のおもちゃにされた私にできる、たった一つの、そして最大の「仕返し」だ。
行灯の光が揺らめく。
私はこれから始まる自分の数奇な運命を思い、静かに、次の朝が来るのを待っていた。




