0022. 閑話・【二郎太郎】座敷牢の告白
座敷牢に入れられて、幾日が過ぎただろうか。
光の乏しい部屋でおれはただ膝を抱えていた。扱いは罪人というには驚くほど丁重で、食事もこれまでと変わらぬものが運ばれてくる。だが、その静けさが、かえっておれの心を蝕んでいた。
外の風の匂いも、木々のざわめきも、もう感じることは叶うまい。父上の怒声が何度も頭の中で木霊する。――腹を切れ。
ああ、おれは父上に疎まれていたのだ。病弱な兄上に代わり、家を支えようと励んできたつもりだったが、それも全て空回りだったのか。おれはこの家にとって邪魔な存在だったのだ。
どこで間違えてしまったのだろう。あの広間でなぜあのような愚かな言葉を口にしてしまったのか。後悔と自責の念が鉛のように心を重くする。最期に父上と母上に会い、ひと言謝罪を申し上げたいが、それも叶わぬ夢であろうな。
そう思いつつ、壁の染みを眺めることしかできずにいた、その時だった。不意に襖の外に控える小姓が声をかけてきた。
「――御方様がお越しにございます。今、お通し致します」
(……母上が?)
何だと、母上がこのような場所に来られたと? 驚きと、そして感謝の念が胸に込み上げた。
最期におれの顔を見に来てくださったのか。まだ、おれを息子と思ってくれているのか。
……いかん、涙を見せるな。武士として、父上の名に恥じぬよう、最後まで堂々としていなければ。
静かに襖が開き、母上が入ってくる。その後ろには侍女のたきも控えていた。やつれた息子の姿を見せるのが恥ずかしく、俯いていたおれの目に母上の優しい声が届いた。
「二郎太郎。大丈夫ですか。きちんと反省できておりますか。今日は話があり来ました。殿にも話をしていることゆえ、気にせず聞きなさい」
その声を聞いた途端、おれの覚悟は脆くも崩れ去った。
「は、母上……! わざわざ、このような場所へ……。最期にお顔を拝見でき、お声をお聞きできて……二郎太郎、嬉しゅう、ございます……っ」
声が震え、涙で目の前が滲む。これが今生の別れなのだ。母上との思い出が頭の中を駆け巡る。
だが、母上は困ったように眉を寄せた。
「……二郎太郎。そなた、何かとんでもない勘違いをしておりませぬか」
「え……?」
「そなたと氏兼をここへ入れたのは、頭を冷やし、反省を促すため。死罪を申し付けるためではありませぬと、あの時も伝えたはずです。恐怖で妾の話を聞いておりませんでしたか」
切腹も、処刑も、ない……?
では、なぜ。なぜ、叔父上とおれを武士の誉れである戦働きから遠ざけ、社の神職に就けようとなさるのだ。おれにはどうしても理解できぬ。
「今日はすべてを話すことはできません。ですが、そなたが納得して出仕の任を受けられるよう、殿の許しを得て、御神託の〝真〟を一つだけお伝えします」
母上はおれの目をまっすぐに見据えた。その瞳には一点の曇りもない。
「このことについては他言無用。まず、揺るぎない事として、本当に御神託はあったのです。妾が御稲荷様にお会いして、その御声を賜りました」
「……」
「そして、これが御神託の真髄。よいですか、二郎太郎。そなたの妹、琴は御稲荷様の〝姫御子〟として、この世に遣わされた御方なのです」
――姫、御子……?
その一言が雷鳴のようにおれの頭を打ち抜いた。
妹が神の御子……?
だとしたら、父上のあの日の言動は――。
聡明な母上が身命を賭して真実だと言った、あの御神託。
一門衆の要である叔父上や跡継ぎの一人であるおれを御家のために戦で使うという損をしてでも、守るべきもの。
あの物々しい警備も、人払いも、全ては姫御子様の存在を秘匿するため。
そして、おれたちに与えられた宮司と出仕という役目は排除などではなく、姫御子様の最も近くでその御身を守るという、この上なく神聖で重要な任であったということか。
……全てが、繋がった。
あれは謀りごとなどではなかった。全ては我が里見家が神の御子をお守りするという、途方もなく大きな〝役目〟を授かったが故の深慮だったのであるか。
「……なんという、ことだ……」
おれは自分の浅慮が恥ずかしくて顔を上げることができなかった。
父上の、そして神の御心を己の不安と憶測で疑うなど、武士として、いや、人としてあるまじきこと。
「母上……。おれは……なんという愚かな……」
「わかってくれましたか。今回の話は姫御子様のための社であり、姫御子様を守るための宮司であり、出仕なのです」
「はっ! この二郎太郎、今この時より、心を入れ替えまする! 里見家の者として、そして兄として、我が身の全てを懸け、姫御子様をお守りいたします!」
おれは畳に額をこすりつけ、固く、固く誓った。
「……ええ。その言葉が聞けて、よかった。殿もそなたの存念を確認したいと仰せでしたので、近いうちにお見えになるでしょう。それまで、今一度、己の役割をよく考えなさい」
母上は優しく微笑むと静かに部屋を後にした。
翌日、父上が座敷牢を訪れた。
父上は多くを語ることはなかったが、おれの目をじっと見つめ、その目に宿る覚悟を確かめると、一度、力強く頷き、「許す」とだけ言った。
こうして、おれは再び日の光の下へと戻った。
元服し、初陣を飾るという武士として当たり前の夢はもう叶わぬだろう。
だが、おれの心には一片の後悔もなかった。
それよりも遥かに大きく、そして神聖な役目がこのおれには与えられたのだから。
姫御子様の一番近くでその御身を守るという役目が。
おれは姫御子様の最初の臣として、その剣となるのだ。




