0018. 口裏合わせの観客になりました
「お前様、連雀は光賀でよろしかったのですか。まだまだ年若でありましょう。上手く甲斐での人買いができましょうか」
「真里、あやつは、津島の出じゃ。そこいらにいる連雀より、遅れを取ることもあるまい。儂らが思うとるより老獪であるぞ。
若輩に見せて、しっかりと利を考えておる。甲斐でも上手く孤児の奴隷を集めてくれるだろう。それに義父上に文を出すのじゃ、大きな問題にはならんだろう」
うとうとと微睡んでいた私の意識を現実に引き戻したのは、地響きのような荒々しい足音だった。
ドタ、ドタ、ドタ……! まるで巨人が歩いているかのようなその音に、私はびくりと体を震わせる。
「……氏兼が来たようじゃな。相変わらず、歩く音だけで誰か分かる男よ」
父上の呆れたような声が聞こえる。どうやら、これから私の未来の側近チームとの顔合わせが始まるらしい。
母上は私をそっと抱き上げると、部屋の隅へと移動し、また床に寝かせ、部屋から出ていった。
その母上と入れ替わるように大きな影が部屋に入り、私の前で平伏するのが見えた。
「殿! 氏兼、ただいま罷り越しました!火急な話があると聞き申したが、何が起こりましたか」
腹の底から響くようなものすごい大声だ。赤ちゃんの鼓膜には刺激が強すぎる。この人が私の叔父上で未来の神社の宮司様になる堀内氏兼さんか。第一印象は「とにかくデカくて、うるさい」。
「氏兼、急くな。他にも話す相手がおるゆえ、真里が呼びに行っておる。来るまで白湯でも飲んで待っておれ。誰ぞ、氏兼に白湯を持ってまいれ」
やがて母上が二人の人物を連れて部屋に戻ってきた。
一人は、母上の側でかいがいしく働く、たきさんという侍女。この人が私の身の回りを差配する女官長になるらしい。
そしてもう一人、母上の隣でおずおずと控えている、まだ少年といった風情の男の子。父上によく似た、少し気弱そうな優しい瞳をしている。
(……この人が、私の〝お兄様〟の二郎太郎さんか)
初めて見る、今世での兄。その存在がなんだか不思議でくすぐったい気持ちにさせた。
「誰ぞ、部屋の襖を取り外し、部屋を開け放て。その後、遠くまで離れぃ。話はそれからじゃ」
父上は部屋の襖を全て取り払うよう命じ、厳粛な空気を作り出す。
私と母上を除く三人が父上の前に平伏した。私は母上の腕の中から、これから始まる壮大な「口裏合わせ」のたった一人の観客となった。
「皆に話すは、我が里見家の未来を左右する密議。ここにいる五人以外、他言は無用と心得よ」
父上の低い声に三人が「ははっ」とさらに深く頭を下げる。
父上が語り始めたのは、母上と練り上げていた、巧みなカバーーストーリーだった。
いわく、先日、父上と母上の二人の夢枕に同時に御稲荷様の御使いが立った、と。
いわく、それは里見家の家運隆盛の吉兆であり、感謝を捧げるために壮大な社を建立する、と。
(なるほど、上手い!)
私の存在――〝姫御子〟であるという核心部分は完全に隠し、神託の主体を「御使い様」にすり替えることで、話の信憑性を高めつつ、過度な動揺を避けている。真実を半分だけ混ぜ込んだ嘘は、最もばれにくい。
(お母様、なかなかの脚本家じゃないの!)
父上の言葉に、叔父上、お兄様、たきさんの三人は息を呑み、その表情を驚愕と畏怖に染めていく。
「殿、そのような霊験が……!」
「父上! この二郎太郎、身命に賭して御神託を完遂いたします!」
「たきの命は、御方様のものにございます……!」
三者三様の、しかし心の底からの忠誠の言葉。
彼らはこの壮大な計画が腕の中ですやすやと寝息を立てている(フリをしている)赤ん坊のためだとは夢にも思っていないだろう。
(さて、と)
私は改めて、未来の私の側近チームの顔ぶれを、頭の中で整理した。
【琴姫プロジェクト・初期メンバー】
* 宮司(神社の最高責任者): 叔父上の堀内氏兼(愛称:ミスター・ボイス)
* 出仕(身の回りのお世話係): お兄様の二郎太郎(愛称:心優しき若様)
* 女官(侍女たちのトップ): 母上の腹心・たきさん(愛称:頼れる姐さん)
* その他: これから集められる忍者さんたちと、甲斐の国から来る子供たち……。
なんというか、前世のブラック企業とは比較にならないほど、個性的で壮大なチームになりそうだ。
この人たちと私はこれからどんな人生を歩むのだろう。
父上が家臣たちに何事かを命じ、部屋の外が再び慌ただしくなる気配を感じながら、私はそっと目を閉じた。
壮大な茶番劇の幕開けに、少しだけわくわくしている自分に気づかないフリをして。




