0016. 1DKから大豪邸へ?!
次に目を覚ましたのは、誰かの強い視線を感じたからだった。それも、一つではない。二対の瞳が、じっと私に注がれている。
重い瞼をなんとかこじ開けると、私の寝床の左右に、二つの巨大な影が座っているのが見えた。ぼやけた視界の中でもわかる、父上と母上だ。
でも、その場の空気は昨日までとはまるで違っていた。部屋には清浄な香が焚きしめられ、両親は普段着ではなく、改まった装束を身に着けている。朝の挨拶でも、おむつ交換でもない。まるで、幕府からの使者を迎えるような、張り詰めた真剣な空気が漂っている。
(うわ……絶対、昨夜の神託の件だ。やらかしのせいで、とんでもなく大事になってる……)
この重圧、前世で社長プレゼンの前に感じた圧にそっくりだ。赤子にまでプレッシャーをかけるなんて、やめてほしい。
やがて、母上がおそるおそる口を開いた。
「あら、琴。お目覚めですか。お健やかで何よりです……。わたくしが、あなたの母の真里ですよ」
その声は、赤ちゃんに語りかけるというより、どこか貴人に奏上するような、畏敬の念を帯びた響きを持っていた。昨日までの、ただただ愛おしむような眼差しとは違う。慈愛の中に、戸惑いと、そしてほんの少しの寂しさが滲んでいるのを、私は感じ取った。
続いて、父上が重々しく口を開く。その声は、一国一城の主としての威厳に満ちていた。
「儂が父、里見左馬助義実である。琴よ、そなたが宇迦之御魂神様の御加護を受けし〝姫御子〟であること、昨夜、真里より聞き、しかと承知した。我ら里見家は、そなたがこの地に降ろされた役割を全うするため、身命に賭してお力になることを、ここに誓おう」
(……やっぱり、夢じゃなかった。というか、話が重すぎる!)
昨夜、寝ぼけ眼で聞いた話は、紛れもない現実だった。
しかもご両親のこの態度は、昨日よりさらに深刻さが増している。まるで、神そのものに接しているかのようだ。
父上の説明は続いた。要約すると、こうだ。
一、私のために、安房国の南端、海を見渡せる清浄な地に、御稲荷様を祀る壮大な社と、私の住まいとなる宮を建てる。外宮に本殿、拝殿、神楽殿を備え、他に内宮、奥之院を造営する。外宮周辺には門前町を形成し、それを守るための付城や砦、陣屋も併設する一大拠点とする。
二、この大事業の完成には数年を要する。領民に過度な負担はかけられぬよう、慎重に進める。それまでは、この城で〝姫御子〟であることは隠し、里見家の普通の姫として育てる。
三、私の世話係や護衛は、家中から最も信頼篤く、腕の立つ者を選抜中である。今しばらく待ってほしい。
壮大すぎる計画に、私の赤子脳は完全にキャパオーバーだ。
説明を終えると、父上と母上は、生まれたばかりの私に向かって、深々と頭を下げた。
畳に額をこすりつける、完璧な平伏の姿勢で。
(ちょ、ちょっと待ってよぉぉぉ!)
心の中で絶叫する。両親に土下座される赤んちゃんが、この世のどこにいるというのか。これはもう、シュールレアリスムの絵画だ。
(あいつらめ……! 私の人生をエンタメにして、高みの見物ってわけかよ! 視聴率稼ぎのために、こんな大掛かりな舞台セットまで用意して! ふざけるな!)
卑弥呼を始めとする神々への怒りが、ふつふつと、マグマのように湧き上がってくる。
だが、目の前で頭を下げ続ける両親の姿を見ているうちに、ふと別の感情が芽生えた。
父・義実。彼は戦国の世を生きる武将だ。この安房国を守るため、日々、命を懸けているはず。その彼が、人知を超えた神託という理不尽を前に、当主として、そして一人の父として、どれほどの覚悟でこの決断を下したのだろう。
母・真里。ようやく授かった娘を、ただ愛し、その成長を見守りたいはず。それなのに、その娘は「神の子」として、いつか自分の手の届かない場所へ行ってしまう。
(……なんだか、この二人の方が、ずっと可哀想じゃないか?)
嫁ぐのとは訳が違う、永遠の別離にも等しいかもしれない運命。それを受け入れ、なお私に忠誠を誓おうとしている。その姿は、あまりにも健気で、切なかった。
(……わかったよ)
心の中で、私は両親に語りかけた。
(あなた達を悲しませる神様の筋書きなんて、私が変えてやる。私がこの家族のハッピーエンドを作ってみせる。だから、せめて一緒にいられるこの数年間だけは、最高の親孝行をして、たくさん笑わせてあげるから。覚悟しておいてよね!)
そう決意すると、少しだけ気持ちが晴れた。
それにしても、私の住むことになる社、か。
前世では家賃数万円、1DK暮らしだった私が、いきなり神社(しかも有人で大規模な城塞機能付き)の主になるとは。人生、何が起こるかわからないにも程がある。京都の伏見稲荷みたいな、千本鳥居が立ち並ぶ、壮大なものになるのだろうか。
建設に数年かかるということは、私がそこへ引っ越すのは、早くても4、5歳くらいか。
(前世の1DKから、いきなり大豪邸(神社)暮らし……。生活のイメージが全くつかない!)
まあ、一人きりではなく、乳母や侍女、神官や巫女さんも一緒だろうし、賑やかな方が寂しくなくていいか。
なにより、敷地が広ければ、狐火ちゃん達と思いっきり遊べる。スキルを試す場所にも困らない。それに、門前町ができれば、美味しいものも食べられるかもしれない。
そうだ。私の目的は一つ。
(野蛮な戦国時代なんて関係ない。天下統一も、歴史の改変も、興味なし。私は、私のやり方で、愛しのモフモフたちと戯れながら、安全で快適な平和的スローライフを送るんだ!)
そのためには、この「神の子」という立場は、むしろ好都合かもしれない。面倒なことは全部「神託ですから」で押し通せる。これ以上のパワーワードはないだろう。
私は改めて固く決意すると、両親を安心させるように、そして自らを鼓舞するように、赤子の特権とばかりに「おー!」と小さな産声を上げた。
その声に、父上と母上がぱっと顔を上げる。二人の目に、確かな喜びと希望の光が宿ったのを、私は見逃さなかった。
よし、やってやろうじゃないの。私の戦国スローライフ計画、第一歩だ。




