9話 帝国騎士団入隊試験
◇◇◇◇◇
ラングシャル帝国では、男女関係なく、貴族は国を背負う者として、学び働く義務がある。
私は将来、クリフ様と結婚してノートリダム伯爵の家に入ることが決まっていて、多くの貴族夫人がそうするように、仕事で家を空ける夫に代わり、家門の運営を任されることになっていた。
だけど本当は少しだけ、外で働くことに憧れを持っていた。
クリフ様のように憧れの帝国騎士団で働いてみたかった、目指してみたかった。羨ましいと思っていた。
だからアレンにかけられた言葉は、まるで夢へのお誘いのように甘いものだった。
「リネット、帝国騎士団で働いてみませんか?」
「――え、っと、私が?」
言葉を飲み込むまでに、時間がかかった。
アレンにラロッカ宮に連れて来られて数週間、今までは花嫁修業と称してメルランディア子爵家の運営を手伝っていたけど、追い出された今、何をすればいいか分からなくて、とりあえず勉強して時間を潰していた。
今も、部屋で机に張り付いていた私に、アレンが声をかけたのだ。
「ええ、丁度、魔法使いに欠員が出ていたので、リネットさえ良ければどうかと思いまして」
「わ、私なんかが帝国騎士団で働いていいんですか!?」
「……勿論、入隊試験は受けて頂くことになりますが」
「やります! 受けます!」
「分かりました、では、試験の手配をしておきます」
「はい! 私、頑張ります!」
外で働くことなんて出来ないと思っていた。なのに、こうして、しかも、憧れの帝国騎士団で働けるかもしれないなんて、断る選択肢はない! そうと決まれば、早速、魔法の勉強をし直さなきゃ! 帝国騎士団の試験は難関だし私なんかが受かるとは思わないけど、挑戦出来るだけでも嬉しい! やっぱり何事も目標がないと勉強は捗らないものね!
「俺が婚約を申し入れた時より、嬉しそうですね」
「え!? い、いえ、そんなことはありませんよ」
慌てて否定してみたものの、アレンには取り繕った解答が分かったみたいで、不機嫌が見え隠れする笑顔で挑発された。
「落ちたら婚約者の俺が存分に慰めてあげますから、遠慮なく落ちてきて下さい」
「落ちません! 受かってみせます!」
「では、落ちたら何でも一つ、俺の言うことを聞いてくれますか?」
「望むところです!」
売り言葉に買い言葉。こんなに簡単にアレンの言葉に乗っかるなんて……すぐに後悔したけど、もう遅い。思えば学生時代もアレンに乗せられて、荷物を持つとか、代わりに宿題をするとか、罰ゲームを受けていた気がする。
アレンのお誘いを迷いなく受けた私だけど、一つだけ、懸念事項はあった。
(帝国騎士団には、クリフ様がいる)
ウルの言い分を鵜呑みにし、私に婚約破棄を突き付けた、元婚約者が。
◇◇◇
ラングシャル帝国の帝国騎士団には、魔法使いと騎士の両方が在籍している。
この国で最大の花形の職場であり、帝国騎士団に所属すれば貴族の間で一目置かれ、将来が約束されたと言っても過言ではない。勿論、生半可な気持ちで入隊出来るものではなく、帝国騎士団に入隊するには厳しい試験に合格する必要がある。
毎年、入隊希望者は後を絶たないが、合格出来るのはほんの一握りで、私が在籍していたトルターン学校はラングシャル帝国で一番の難関校と言われていたが、私の学年の魔法使いで合格出来たのはアレンだけだった。
――試験当日。
アレンに連れられて皇宮のすぐ近くに立つ帝国騎士団本部に赴いた私は、二つに分かれた建物のうち、黒で基調された《魔法使いの棟》へ進んだ。
「こちらへどうぞ」
「は、はい」
自分の職場だからと、慣れた様子のアレンと違い、中に足を踏み入れるのが初めての私は、緊張しながらもアレンの案内で中に進んだ。
魔法使いの棟の最奥、最高責任者と思わしき部屋に着くと、アレンはノックもせずに扉を開けて、中に入った。
「さて、では形式的に自己紹介しましょう。俺は帝国騎士団魔法使いの隊長を務めています、ラングシャル帝国第三皇子アレン=フォン=バレットです。ようこそいらっしゃいました、リネット」
帝国騎士団の魔法使いの制服を着たアレンは、笑顔で私を迎え入れた。
(魔法使いの隊長……やっぱりアレンは凄いのね)
実力主義のラングシャル帝国では、皇子だからと、簡単に上に立つことを許されない。
アレンが将来的に帝国騎士団の上に立つことが決まっているのも、魔法使いの隊長になったのも、これらは全て、アレンの実力があってこその道筋だし、努力の成果だ。




