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8話 ラロッカ宮

 


 ◆◆◆



 ――――私の中で一番、楽しくて輝かしい思い出は学生時代だった。



「やぁ、ガリ勉令嬢さん」

「変なあだ名で呼ばないで下さい、アレン殿下」


 日の当たる図書室で勉強していた私に、軽い足取りでやって来て、自然と隣に座るアレン。

 学校では、普段はお目にかからないような身分の方とも普通に会話が出来るから新鮮ではあるけど、アレン殿下は、何故かこうして事あるごとにちょっかいをかけてくる。


「そっちこそ、敬う気もないくせに殿下だなんて呼ばないで欲しいな、リネット」


「敬って欲しいなら真面目に皇子してて下さい、アレン」


「貴女以外にはしているつもりですよ」


 私にもしなさいよ、と、思ったけど、これ以上口論しても無駄なので口を閉ざした。


 多分、私が入学直後に一度だけ、アレン殿下の成績を抜いて一位を取ったことがあるんだけど、それがきっかけだった気がする。私なんかに負けて悔しかったのかもしれないけど、それ以降は一度も勝ててないんだから、いい加減、ちょっかいをかけてくるのは止めて欲しい。


「これだけ勉強して、将来、リネットは何かしたいことでもあるんですか?」


「私には、家同士の約束で決められた婚約者がいるんです。だから、その人に相応しくなるために、頑張っているんです」


「……そうなんですね」


 学校に通う生徒の間には、まだ婚約者がいなくて、良い結婚相手を探すために血眼になっている人達もいるけど、私のように最初から結婚相手が決まっているのも、貴族では珍しくない。


「良い人なんですか?」


「はい」


 クリフ様とは、学校に通っている間は会えないけど、定期的に面会を続けていた。

 クリフ様は将来、騎士になるために懸命に努力しているような人で、将来、クリフ様のお役に立てるように、私も頑張ろうと思えるような、尊敬出来る人だった。


「リネットみたいなガリ勉令嬢が婚約者なら、夫になる人も大変ですね」


「失礼ですね」


「もしリネットが捨てられたら、俺が拾ってあげてもいいですよ?」


「余計なお世話です。捨てられないように、私を好きになってもらえるように、頑張りますから」


「……そうですか、頑張って下さい」


「はい」


 ――――あの頃は、クリフ様と結婚する未来を疑っていなくて、クリフ様と結婚して、幸せになりたいと本気で思っていた。


 まさか、婚約破棄されて、ウルに奪われて――アレンと婚約することになるなんて、夢にも思っていなかった。




 ◇◇◇




 アレンと婚約後、家を出た私は、アレンに連れられ、第三皇子が住まう《ラロッカ宮》の一室に通された。


(本当に私、アレンと婚約したんだ)


 こうしてラロッカ宮に足を踏み入れると、改めて思い知らされる。

 綺麗で整った部屋、置いてある物はどれもメルランディア子爵家にある物とは比べ物にならないくらい、高価だと分かる。


「狭いですが、暫くはこの部屋を使って下さい」


「充分です」


 これで狭いとは、どういう基準? メルランディア子爵家の私の私室より広いけど?


「リネットは随分、家族に冷遇されて生きてきたんですね」


「……お父様もお義母様も、妹のウルばかり可愛がって、私のことは邪魔者扱いでしたから」


 多分、最初から。

 お父様が新しくお義母様を連れて来た時から、本当は私が邪魔だったんだと思う。そしてウルが私に虐められたと言い出してからは、それを隠そうともしなくなった。


「妹も中々に良い性格をしていましたね」


「私、妹を虐めていません」


「ええ、そうでしょうね」


「……信じてくれるんですか?」


「勿論」


 ウルじゃなくて私を信じてくれる人なんて、今までいなかった。だから、こんなに簡単に信じてくれたことに、拍子抜けした。


「どうして私を信じてくれるんですか?」


 ウルもお父様もお義母様も、私が悪いと主張していたのに……あの時、アレンまでウルの言うことを信じて冷たくされたらと思うと、怖かった。


「リネットがそんな意地悪な性格でないことは、よく知っています。もし本当に貴女が虐めていたんだとしたら、それはよっぽど、妹の方に問題があるんでしょう」


「……ふふ、私のことを信じ過ぎでは?」


「婚約者を信じてはいけませんか?」


「そ、そういうワケではないですけど……」


 アレンと婚約を結ぶことになるとは思ってもみなかったから、凄い照れ臭い。


「言っておきますが、撤回は聞きませんよ、リネット」


「撤回なんてしません、けど、本当に私でいいんですか?」


 最初に聞いた時も思ったけど、ラングシャル帝国の皇子ともあろう方が、何の特色も無い、下位貴族のメルランディア子爵家の娘と婚約だなんて……しかも、そのメルランディア子爵家ですら勘当された私となんて、今でも信じられない。


「俺はリネットが好きなので」


「っ!」


 こんなにハッキリと好意を伝えられることに慣れてなくて、ずっと、恥ずかしい。私はこんなに動揺しているのに、平然と言えてしまうアレンにも、悔しい。


「貴女が勘当されたことを気にするなら、また別の肩書を用意するので安心して下さい」


「というと?」


「別の貴族の養女になれるよう、手配します」


 おう、流石は皇子様。頼りになるツテがあるようで、何よりです。


「これから俺を好きになってもらえるように頑張るので、よろしくお願いしますね、リネット」


 昔、私が言った覚えのある台詞を、今度はアレンから聞くことになるなんて思いもしなかった。


「……はい、よろしくお願いします、アレン」


 まだまだ夢を見ているみたいで実感は湧かないし、アレンのことも、まだ好きとは言えないけど……アレンからのプロポーズは、ちゃんと私を見てくれていた気がして嬉しかった。


 私なんかを信じてくれる、好きだと、言ってくれる。

 私を想ってくれる貴方に応えたい。また、誰かのために頑張りたい、と、思えるようになったことが嬉しかった。




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