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【6/1第二巻発売!&コミカライズ連載開始】意地悪姉と呼ばれた令嬢、実はとても優れた魔法使いでした。  作者: 光子
第二章 ヴァルドール王国

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77話 異変


      ◇


「――本当に、この町に異能があるんですか?」


 思わず、言葉がこぼれた。

 私達がこの町に来てから一週間。もう一週間もこの町を探し回っているのに、何も見つからない。

路地裏、廃屋、森の縁。

 ――何度も何度も歩いた。けれど結晶どころか、手掛かりすら掴めない。


「異能の結晶ってかくれんぼの天才だから、このくらい見つけられなくても普通だよー」

「そうですね。安全な環境で探せるだけ、ずいぶん楽な事案ですよ」


 焼き立てのホットケーキの香りが、宿の小さな食堂に漂う。

 蜂蜜をたっぷりかけたそれに夢中なアイノウと、涼しい顔で濃い珈琲を口にするノア。

 二人の穏やかな姿が、今はどうにも遠く見えた。


「で、でももう一週間ですよ!?」

「砂漠で見つけた異能の時も大変だったし。十時間くらいかかっちゃったよね?」

「それはふざけているのか本気で勘違いしているのか、どちらですか? あの時は十時間どころか、十か月以上かかっています」

「十……か月!?」


 思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を押える。


「えへへ、桁を間違えちゃってたや」

「広大な砂漠の中にある小さな砂の結晶ですよ。灼熱の中での探索は過酷でした」


 予想を遥かに超える過酷さに、開いた口が塞がらない。異能の探索とは、そんなにも気の遠くなるものなのか。


「緊急性もありませんし、今は情報収集を続けながら、少しずつ範囲を絞っていくしかありません」

「でも、早く見つけたほうが……!」


 焦りのまま口にした言葉は、喉の奥で途切れた。

 アイノウはフォークを止め、ノアは静かにコップを傾けながら私を見つめる。


「……リネット。最近、働きづめですよね? それに、魔法の勉学にも随分時間を割いているようです。効率よく動くためにも、休息は大事ですよ」


 ノアの声には、責める色は一つもなかった。むしろ、静かな心配がそのまま言葉に滲んでいる。

 私は小さく頭を下げた。


「……すみません。少し、焦ってしまって」

「とはいえ、貴女の言う通り早いに越したことはありません。あまり気に病まないように」


 その優しい言葉に、胸の緊張がふっとゆるむ。

 ちょうどその時、階段の上から影が差した。


「あ、ハルト! おっはよー」


 ゆっくりとした足取りで、ハルトが階段を降りてくる。

 朝が弱いのか、それともただ気怠いだけなのか。

 彼はアイノウの声にちらりと視線を向けただけで、無言のまま通り過ぎ、宿の扉を開けて外へ出ていった。


「あーあ。ハルトってばまた単独行動しようとしてるよー」

「まったくあの人は……! どこまで自由なんですか!」


 ノアが勢いよく椅子を引き、立ち上がる。


「あ、あの、ハルトはどこに行こうとしてるんですか?」

「異能を探しに行ったんだと思うよ」

「異能探し……!」


 アイノウの言葉に、私は反射的に手を伸ばした。


「あの、私が追いかけます!」

「……貴女が?」


 私の言葉に、ノアは驚いたように足を止めた。


「単独行動が駄目なんですよね? なら、私が一緒に行きます」

「ですが」

「いつもノアに任せっぱなしですから。お任せください!」


 ノアの口が何かを言いかけて止まる。小さく眉を寄せ、しばし考えるように視線を伏せると、アイノウへと視線を向けた。

 アイノウはホットケーキを頬張りながら、のんきに手を振る。


「いいんじゃない? がんばれー」


 その気楽な笑みにノアはかすかに肩を落とし、ため息を一つ落とした。


「仕方ありませんね。くれぐれも無理はしないでください」

「はい、分かりました」


 そう答えて、私は宿を出た。


「ハルト!」


 彼は、宿屋から少し離れた場所にいた。


「単独行動は禁止されています。私と一緒に行動してください」


 横に並んで歩き、後を追う。


「……一人でも平気なのに」

「規則ですから」

「そう」


 もう少し反発されると思っていたけれど、意外にも彼は私を拒まなかった。

 無言のまま、時間だけが流れていく。

 けれど、静けさは不思議と心地よかった。足音と風の音だけが続くこの時間なら、捜索に集中できる。


「――――見つからない」


 だが、探せど探せど、異能の気配すら見つかる様子はない。

 気づけば、空はすっかり夜の色に沈んでいた。街灯の少ない田舎町では闇が濃く、いつの間にか町外れの林の中まで入り込んでいたらしい。

 流石に休憩もなしでずっと動いていたせいか、少し疲れを感じる。昔から勉強でも何でも、一つのことに没頭しすぎるのは私の悪い癖だ。


「ハルトは、疲れていませんか?」

「……別に」


 短く切り捨てるような返事。その横顔には、ほとんど表情がない。

 一日一緒に行動して分かったことがある。

 彼は本当に掴みどころがない。文句一つ言わずに付き合ってくれるのに、自分の意見はほとんど口にしない。

 ……きっと、私に興味の欠片もないのね。

 私はそれ以上言葉を重ねず、前へ歩き出した。


「止まれ」


 ハルトの足が、ふと止まる。

 何かを感じ取ったように彼はわずかに顔を上げ、森の奥へと鋭い視線を向けていた。


「どうし……」


 ふと、遅れて違和感を感じる。

 さっきまで聞こえていた木々のざわめきも、小鳥のさえずりも、まるで何かに怯えるように消えている。


「! なっ――!?」


 茂みの奥から、影が弾かれたように飛び出す。

 小柄な体に、灰色の皮膚。剥き出しの牙が月明かりを受けて光った。


「《蜂盾【ほうじゅん】》」


 考えるより先に、体が動いていた。


「魔物……!?」


 防御の魔法を唱え、身を守る。

 小さな金に光る六角形が盾のように展開し、一撃を受け止める。

 魔物は一定の距離を取り直すと、怪しく光る赤い目で、ぎろりとこちらを睨み付けた。


「この魔物って……『小鬼』? どうしてこんな所に……!」


 小鬼――

 かつてこの地方で頻繁に出没していたと記録にある、低級魔物の一種。だが、今はもう現れないはずだった。町長も「過去の話」と言っていたのに。

 小鬼は一体だけではなかった。

 次々と茂みの影から姿を現し、私達を囲むように広がっていく。


「囲まれて……っ!」


 すぐに魔力を練り、手を広げて次の詠唱に入ろうとした――その瞬間、隣で鋭い金属音が響いた。

 ハルトが剣を抜いた音だった。


「邪魔、どいて」


 低く放たれたその一言は、冷たくも頼もしい。

 次の瞬間、ハルトの身体が音もなく動いた。

 無駄のない、研ぎ澄まされた動き。風を切るような一閃が、小鬼の一体を瞬時に斬り伏せる。


「強い……っ!」


 今までも騎士とは何度もパーティを組んでいるけど、桁違いだ。

 数の多さなど、彼にとっては意味を成さない。小鬼達は次々と斬り伏せられ、ついには恐れをなして一目散に逃げ去っていく。

 ハルトは剣を軽く払って血を落とすと、何事もなかったかのように鞘へと収めた。


「……異変、現れたね」

「! は、はい」


 呟くような言葉に、はっと我に返る。


「魔物が町に現れたら、大変なことになってしまいます」


 焦りを込めてそう言うが、ハルトは心底、無関心に答えた。


「それはどうでもいいけど、異能を探す手掛かりになりそう」


 ……どうでもいいって、良くはないでしょう。本当に帝国騎士団なんですか、この人。


「……あの、ハルト」

「何?」

「言いたくはないですけど、騎士は本来、魔法使いを守るものではありませんか? なのに、完全に私を無視していましたよね?」


 魔法使いは接近戦に弱い。だからこそ騎士と組む意味があるのに、ハルトはまるで私を放置していた。

 思わず口をついて出た苦言に、彼は一瞬だけこちらを見た。


「『止まれ』と声をかけたつもりだけど」

「だからって」

「これくらい自分の身も守れないなら、第0部隊には必要ない」


 ……こいつ。


「それは大変失礼しました! 今後は、ハルトをあてにしないことにします!」


 皮肉を込めて吐き捨てるように言うが、彼の心には何も響いていないようだ。

 ハルトは変わらない無表情のまま、呟いた。


「さっさと行くよ」


 言い終えるや否や、彼は迷いなく走り出す。

 私も慌ててその背を追い、アイノウとノアが待つ宿屋に向かう。何かが起こりそうな、不穏な空気を胸に感じながら――



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