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【6/1第二巻発売!&コミカライズ連載開始】意地悪姉と呼ばれた令嬢、実はとても優れた魔法使いでした。  作者: 光子
第二章 ヴァルドール王国

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75話 第0部隊


「わ、私……! アイノウ様になんて失礼な口の利き方を!」


 現実を受け入れた瞬間、顔から血の気が引いた。

 偉大な第0部隊の先輩に向かって、あんなふうに「早く帰りなさい」だなんて――無礼にもほどがある!


「欠片も気にする必要はありません。悪いのは百パーセント、アイノウです」

「ノア、ひどーい!」

「紛れもない事実でしょう」


 ノア様は涼しい顔のまま、さらりと毒を吐く。

 一方のアイノウ様は、むくれたように頬をぷくっと膨らませて、遊びの延長のように抗議している。……なるほど。確かに、これはノア様が「説明役」になる必要があるのも納得だ。


「で、でもどうして、校外学習の時は大人の姿だったんですか?」


 話を聞いていると、アイノウ様は普段、自分が一番可愛いと思う子供の姿になっていることになる。

 素朴な疑問を口にすると、アイノウ様は「えへへ」と笑って肩をすくめた。


「あー、あれ? あれはねぇ、当時いた先輩に『第0部隊の代表として行くなら、子供の姿じゃなく大人で、ちゃんと真面目にしろ!』って口酸っぱく言われたから仕方なく、だよ」

「その先輩が退団して、お目付の役目がこちらに回ってきたわけですけどね」


 ノア様の言葉に、思わず苦笑がこぼれる。

 ……なんだか、苦労が目に浮かぶようだ。


「兎に角! リネット、第0部隊への入団おめでとー! これから一緒に頑張ろうね!」

「は、はいっ。よろしくお願いします!」


 勢いに押されるように深く頭を下げる。

 それからの案内は、いつの間にか三人での行動になった。

 ノア様は当初「結構です」「面倒なので大人しくしていてください」と同行を拒否していたが、アイノウ様は簡単に聞き流していた。


「さてさて、ここからが零の棟の本領発揮だよ!」


 片手をひょいっと上げ、悪戯っ子のように微笑むアイノウ様。

 よく見るとズボンは短パンにアレンジされ、裾にはフリル。かなり自由にカスタマイズされていたけど、それでも服の随所に、第0部隊の団服らしき影がかすかに残っていた。

 そんなアイノウ様とノア様に導かれ向かった先は、一般の棟にはない「地下」。

 厳重な扉を抜けた先にある空間は、今までとは明らかに空気が違っていた。


「ここが零の棟の秘密基地、《零域【れいいき】の穴倉【あなぐら】》だよ!」

「秘密基地……ですか?」

「おかしな表現しないでください。ここは今まで第0部隊が集めた異能を保管したり、異能を探すための貴重な魔道具が置いてある場所です」


 異様な魔力が満ちる空間の中心には、複雑な紋様の魔法陣が床一面に広がっていた。その周囲には、三十ほどの小さなガラスケースがふわりと浮かんでいる。

 一つ一つに異能の結晶が収められていて、形も輝きも一つとして同じものがない。

 そして――「声」がする。

 囁き、ため息、呼びかけるような震え。

 まるでそれぞれが語り掛けてくるかのように色んな異能の気配が、声が充満していた。


「全部がここにあるわけじゃないよ。異能は用途に応じて別の場所に保管されたり、必要な人物に引き渡すこともあるからねぇ」

「この魔法陣は異能の暴走を抑えたり、万が一の侵入者に対処するためのもの。いわば零域そのものを守る魔道具です。異能の波に乱れが生じれば、即座に反応するようになっています」


 二人して私に説明してくれるのを受け止めながら、先に進む。


「これは、なんですか?」

「《結晶【けっしょう】の羅針盤【らしんばん】》です」


 細長いテーブルにぽつりと置かれた、シルバーのペンダント。

 銀細工のような繊細な枠が青い宝石を包み込むように編まれているそれは、不思議な魔力を宿していた。


「その名の通り異能の結晶を探知するための魔道具ですが、性能は少し複雑ですね。正確な位置を示すことはできませんし、どちらかといえば大地に宿る魔力の波を感知し、その揺らぎから結晶のおおよその存在域を探る。そんな仕組みの方が近いかもしれません」

「凄い魔道具なんですね」


 感心して、羅針盤をまじまじと見つめる。

 針のない羅針盤は、今はただ静かに身を潜めていた。


「とりあえず零域の地下についての説明はこんなものでしょうか。また他に何かあれば、都度お教えします」

「ありがとうございます」

「ねぇリネット! 一緒にお菓子食べて休憩しようよ! 僕、リネットと仲良くしたいなぁ」


 腕を絡め、太陽のようにきらきらと輝く瞳で見つめるアイノウ様。

 こうしていると、本当に子供みたいだ。……実際は、いったい何歳なの?

 ふと胸を掠めた疑問は、なぜか口にしてはいけない気がして、そっと飲み込んだ。


「まだ案内が残っているのですが」


 場の空気を引き締めるように、ノア様が静かに言葉を挟む。それに対して、アイノウ様は肩をすくめた。


「そんなのまた今度でいいじゃん。ノアは固いなぁ」

「貴方が軽すぎるんです」

「あはは……」


 二人のやり取りにどう答えればいいのか分からなくて、曖昧な笑みを浮かべる。

 言葉を探しているうちに、アイノウ様とノア様の視線が、いつの間にか私ではない別の方向に向いていた。


「あー、《ハルト》だ!」


 アイノウ様の声が響いた瞬間、私の視線も自然とそちらへ向かう。

 二人の視線の先に立っていたのは、一人の青年だった。

 蒼色の髪が静かに揺れ、同じく蒼い瞳がこちらを見ている。けれど、その焦点はどこか遠く、まるで夢の中にいるような印象だった。


「……誰、その人」


 私を指す言葉に、びくっと体が揺れる。

 第0部隊の制服を着ているってことは……同じ部隊の一員。

 彼の声は静かで、感情の起伏がほとんど感じられない。羽織っている淡い色合いの布も、彼のどこか儚げな雰囲気を、さらに際立たせていた。


「誰って、前持って話しておいたでしょう? 新しい第0部隊の新人ですよ」

「ふーん……なんだか、弱くてすぐに死んじゃいそう」

「え……」


 衝撃的な言葉に、思わず息が詰まる。


「ハルト、失礼ですよ」

「事実を言っただけ」


 ノア様がたしなめても、彼はまるで気にした様子もない。表情一つ変えず、それが当然のことのように口にする。


「リネット、失礼しました。彼は第0部隊の騎士、《ハルト=セルディオ》です。現十七歳。こう見えて、歴代最年少で第0部隊に配属された天才です」

「ハルト様……」


 ノア様が紹介してくれるけれど、胸の奥のざらつきは消えない。

 そんな空気を、アイノウ様が無邪気に破った。


「あはは。リネットは魔力激よわだから、それで判断されたんじゃない?」


 そうかもしれない。

 自分でも、魔力量が少ないことは分かっている。過去にも何度、魔力の量が少ないことで苦労してきたか。


「死ぬ前に、元いた部隊に戻ったら」


 けれど、それだけで測られるのは、やっぱり悔しい。


「ご忠告ありがとうございます、ハルト様。でも私は――簡単には負けません」


 気付けば、まっすぐ視線を合わせて言い返していた。空気が、ぴたりと止まる。

 ……やってしまった! つい感情が先走って……!


「……そう」


 けれどハルト様は、ただそれだけを呟いただけ。

 肯定でも否定でもない、温度のない返事。まるで、もうこの場に興味を失ったかのように、静かに背を向けて歩き去っていく。

 私は、茫然とその背中を見送った。


「ごめんね、ハルトに悪気はないんだよ。思ったことがつい口に出ちゃうだけで。だから、あんまり怒らないであげてね」


 アイノウ様はそう言って、穏やかに笑った。


「はぁ。本当にここは……色々と騒ぎが起きる職場ですね」

「ご、ごめんなさい、ノア様! そんなつもりは……」

「謝罪されなくて結構ですよ。ハルトがそもそもの元凶ですし、この部隊は一癖も二癖もある人達ばかりですから。それよりも……その『様』呼びを止めましょうか。部隊内では敬称は不要です」

「え?」


 戸惑いから声が漏れる。

 敬称を外す――それは、私にとっては大きな変化だった。

 彼等のような偉大な先輩に名前だけで呼びかけるなんて、失礼ではないのだろうか。


「敬称は、敵に指揮系統を悟られる要因になります。位が高いと見なされれば、狙われる危険も増すでしょう。敬語も本来は排すべきですが、癖で出てしまうなら無理に改める必要はありません。『俺』自身も……」

「――――ん?」


 い、今なんて言った……? 聞き間違いじゃないよね?


「好き勝手に動く人達の集まりですから、多少の規律破りは気にしなくていいです。本来は一般部隊もそうするべきだとは思うのですが、貴族のしがらみもありますし、なかなか――」

「ちょ、ちょっと待ってください! まさかノア様って……男の人だったんですか!?」


 私にとってノア様は、気品ある上品な女性だ。

 そんな人が自分のことを「俺」と示すのに、強い違和感を覚えた。


「……ぷっ、あはははははははは! ノアってば、また『女』に間違えられたの? ノアはすっごい美人さんだもん、仕方ないよねぇ!」


 ケタケタとお腹を抱えて笑い転げるアイノウ様。

 その時の私は、今世紀最大と言ってもいいくらい、顔色が真っ青に染まっていたと思う。


「…………ご期待に添えず申し訳ありませんが、俺は生まれた時からずっと、男です」

「ほ、本当に申し訳ありませんっ!」

「ノアだって充分、一癖あるよねぇー」


 ああ、もうどうしてこうなるんだろう。想像していたのとは、まったく違う。

 こうして私は、笑いと驚きと冷や汗の中で、第0部隊の一員としての一日目を終えた。

 先は思いやられるけれど、歩みを止める気はない。私は、夢に向かって進んでいくだけだ。

 ――彼が傍にいなくても。

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