5話 学生時代のクラスメイト
「今度は何? どうしていつまでも動かないの?」
「いや、それが、家の者が誰も迎えに来ないみたいで……」
「は?」
まさか、自分達の支度に必死で誰もお客様の迎えに来てないの!? 執事すら寄越してないの!?
「阿呆なの?」
大切なお客様だというなら、お迎えは必須でしょう。このまま放置する気?
もう私はこの家とは無関係なんだから、助ける義理は無い。無い――けど、これ以上出発を遅らせると、向こうに着くのは深夜! 修道院に迷惑がかかる! てか、そもそも夜道は走れないし、今日中に辿り着けなくなる!
「もー!」
あり得ない! っと思いながら、扉を開けて急いで馬車を降りた。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません」
お客様のところへ駆け寄り、胸に手を当て、深く頭を下げて謝罪する。
お義母様があれだけ緊張されていた相手なのだから、大物なのは間違いない。こうして直接会うことになるなら、ちゃんと、来訪者の名前を確認しておけば良かったと、今更ながら後悔した。
「……リネット?」
「……え」
名前を呼ばれ、顔を上げて見えたのは、見覚えのある、綺麗な顔をした男の人だった。
誰? 私の名前を知ってるってことは、知り合い?
「やっぱりリネットだ、お久しぶりです」
「お、久し……ぶり?」
やっぱり、どこかで会ったことがあるんだ。
急いで記憶を呼び戻そうと、脳内を働かせる。
「覚えていなんですか? あれだけ勉強に夢中なガリ勉令嬢だったのに、クラスメイトの顔すら憶えていないなんて、記憶力が悪いんですね」
「ガリ勉令嬢って……!」
学校に通っていた頃、私に変なあだ名を付けたクラスメイトがいた。
「まさか……《アレン》!?」
「思い出して頂けて何よりです」
こうして会うのは卒業式以来で、最後に会ったのはもう七年前。面影はあるけど、大人っぽくなってるし、全く分からなかった。
「何でアレンが、ここにいるんですか?」
「メルランディア子爵家に用があるからに決まっているでしょう? 俺はリネットと違って、暇ではないので」
「私だって暇では無いですけど!?」
ついこの間までは、メルランディア子爵家の運営で忙しくしてたし、合間に勉強もしてた! ウルの訳分からない意地悪姉の設定に付き合わされて面倒臭かったし、今だって、縁を切る家族の不手際に付き合わされて、出発の時間が大幅に遅れてるんだから!
「俺が来るのを知らなかったんですか?」
「知りませんでした」
誰も教えてくれなかったし、知る必要もないと思っていた。
「おかしいですね、娘には必ず伝えておいて欲しいと、お願いしていたんですが」
「私が、今日でこの家を出て行くからだと思います」
「出て行く? 家を?」
何でここに来たの? とか、色々聞きたいことはあったけど、懐かしい顔を見たら、どうでもよくなった。
「最後にアレンに会えて嬉しかったです。もう二度と会うことはないでしょうが、どうか、お元気で」
アレンとは、会えばこんな風に言い合いをしていた間柄だったけど、今となっては、どれも懐かしくて、大切な思い出だ。
「…………何か事情があるのは分かりました。ですが、出て行く前に俺の話を聞いて下さい」
「私はこの家から勘当されて出て行く身なので、アレンの話を聞いても意味が無いと思いますよ」
「意味が無いかどうかは俺が判断しますので、遠慮せずにどうぞ」
「いつまでも家に残っていたら、私がお父様に怒られるんですけど」
「勝手に怒られればいかがですか?」
こいつ……! そう言えば、学生時代もこんな風に、口が達者な奴だったな。
「冗談ですよ、俺が口添えしましょう。それならいいでしょう?」
「……ふふ、七年経っても相変わらずですね、アレン」
学生時代は、ただただムカついていたのに、こんなやり取りすら懐かしくて笑えてしまう。思えば、学校を卒業してから、こんな風に気楽に誰かと会話をしたことも無かった。
「分かりました、アレンの話を聞きますよ」
「ありがとうございます、リネット」
お父様やお義母様にグチグチ文句を言われるのは確定だけど、アレンが責任を取ってくれるなら、別にいいや。次いでに、修道院に行くのが遅れるのも、連絡やら全て、アレンに責任を取ってもらおう。だってアレンには、全てを許される権力がある。
――――ラングシャル帝国第三皇子、《アレン=フォン=バレット》。
それが彼の名前であり、立場。
アレンはまごう事無き、この国の皇子様なのだ。