41話 混沌の魔女
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ムグスケ洞窟最奥部、工場になっている部分から真っ直ぐ先に進むと、小さな丸い形のドーム状の小部屋があり、ここにセリエ様は身を隠していたようだ。
小部屋にあった一脚ずつの椅子と一人用のソファにはセリエ様とおばあさんが座り、私は許可を取って床に座り込んだ。座っているだけで大分体がマシだから、ありがたい。
「私、結婚したくないの」
明らかに不機嫌な様子のセリエ様は、目の前にいるアレンと視線を合わそうとせず、そっぽを向いて話し出した。
結婚……確かセリエ様には、結婚目前の婚約者様がいらっしゃると聞いていましたが。
「なら最初からそうルルラシカ公爵に言えばいいだろう」
「言ったよ! 結婚したくないって! なのにお父様が勝手に婚約を決めてきて、結婚式の日取りまで決めてきたのよ!」
ルルラシカ公爵様、娘を溺愛してるくせに、何故そこで強行手段を!?
「お父様は結婚するのが女の幸せだって決め付けてるの。私は全く望んでないのに!」
親が勝手に結婚相手を決めるのは、貴族ではそう珍しくない。かく言う私も、クリフ様とは家同士の約束で決められた婚約だった。
「実力に物を言わして縁談を拒否しまくって、ちゃっかり好きな人を手に入れたアレンには私の気持ちなんて分からないでしょ!?」
「それは俺の長年の努力の成果です、ずっとチャンスを伺ってきて、やっと手に入れたんです。その努力を否定されるのは納得いきません」
……どうしてそこで私の話を? お願いですから、私を会話に出すのは止めて下さい!
「セリエ嬢は何を我儘を言っているんですか? 貴族として生まれた以上、家の利益となる相手と結婚するのは当然のことでしょう」
クリフ様……また余計なことを……
嘘を付けない呪いをかけられた彼から出た言葉は、間違いない本音。
本音を知られたくないなら黙っていればいいのに口にしたのは、悪いことを言っている認識がないんだろう。確かにクリフ様の言い分は、大多数の貴族が思っていることだ。
「五月蠅い! 貴方には関係ないでしょ!」
「関係はあります。貴女の我儘で、帝国騎士団まで巻き込んでいるんですよ?」
「っ!」
自分の失踪が大事になるとは理解していたのだろう、言葉に詰まったセリエ様は、悲しそうに目を伏せた。
「私だって……そう思った。嫌だったけど、お父様のために結婚しなくちゃいけないって。でも……でも! あの男、結婚後は外に働きに出ず、家に入れって言うのよ!?」
ラングシャル帝国の貴族は、国を背負う者として、男も女も関係なく学び働く義務がある。
結婚後もそれは変わないが、多くの女性は、仕事で家を空ける夫に代わり、使用人の雇用や家の維持管理などの家門の運営の役目を果たすことが多く、男性も、妻に家門に入ることを望んでいる場合が多い。
例に漏れずセリエ様の婚約者も、それを望んだのだろう。
「どうして女だからって好きに働くのも許されないの!? 私だって……好きなことがやりたいの!」
「女が外で働きに出たところで無駄でしょう、どうせ大して活躍も出来ず意味がないんですから」
――ああ、クリフ様はそんな風に思っていたんですね。
「女の役目は、家の仕事をすることと、跡継ぎとなる子供を産むことです。女はただ、家で夫に尽くし、大人しく家の仕事をしていればいいんです」
それなのに貴方のために頑張ろうと思っていた私は、馬鹿みたい。
「さぁ、早くルルラシカ公爵様の元へ帰りますよ」
「い、嫌!」
「クリフ様っ……」
まさか、セリエ様を無理矢理連れ戻そうとしてるの? 先走ってセリエ様に手を伸ばすクリフ様を止めるために、私とサイラス先輩は慌てて地面から立ち上がった。
「ふぉふぉふぉ、随分、面白いことを言う男じゃのう」
だがその前に、おばあさんが持っていた杖で地面を叩くと、クリフ様の体は地面から生えた植物のツルのようなものでがんじがらめにされ、情けなく地面に転がり込んだ。
「天下の帝国騎士団の騎士がこの有様とは、帝国騎士団も腕が落ちたものだねぇ」
「なっ! 離せ!」
お、おばあさんは何者!? クリフ様だって帝国騎士団に入隊出来てるくらいだから、弱くないのに……! ただ者じゃないただ者じゃないとは思っていたけど、こうなっては本格的に何者なのかが気になる。帝国騎士団の内情にも詳しいみたいだし……
悶々としていたが、その答えはすぐにセリエ様がくれた。
「先生が強いのは当然よ! 先生はかの有名な《混沌の魔女》なんだから!」
「混沌の……魔女? 混沌の魔女って、映像石や数々の魔道具を開発し、数多のダンジョンを作り出して世界を混沌の渦に巻き込んだ……あの!?」
「そうよ! 凄いでしょう!」
何故かセリエ様が自信満々、誇るように言ってるけど、嘘!? おばあさんが混沌の魔女!?
当のおばあさんはセリエ様の爆弾発言にも動じた様子なく涼しい顔。どっち? 本当なの!? でも確か混沌の魔女が活躍したのはもう数百年前で、生きているはずがないんだけど……! まさか、魔道具の力!?
「……本当ですか?」
「ふぉふぉふぉ、遥か遠い昔の話じゃがのう」
アレンも半信半疑のように確認を取ったが、おばあさんはあっさりと認めた。遥か遠い昔って……おばあさん、一体何歳なの?