31話 追い出された妹
「俺が貴女の何を信じればいいんですか?」
「全てです! 私……お姉様に罠に嵌められたんです!」
「どちらかと言えば、リネットを罠に嵌めようとしていたのは貴女の方だと思いますが」
「そ、それは……何か勘違いがあって……! 兎に角、可愛い妹をこんな風に追い込むとか、それこそ酷いと思いませんか? やっぱりお姉様は意地悪なんです! お願いです、可哀想な私を助けて……アレン殿下!」
いつものか弱い、姉に虐められた可哀想な自分を演出するウル。
「……貴女は本当に学習能力がないんですね。いえ、学ぶ気すらないのでしょうね」
「え?」
「俺が貴女を信じて助けるわけがないでしょう。寧ろ、俺の婚約者を長い間苦しめた貴女は、俺の敵でしかありません」
「て、敵……私が……アレン殿下の!?」
「ええ、覚悟していて下さい? メルランディア子爵家が今後どのような扱いをされるのかを。俺の婚約者に喧嘩を売った罪は重いですよ?」
「そんな……アレン殿下が私を助けてくれないなんて……」
当たり前でしょ! どうしてそこでアレンに助けてもらえると思ったのかが甚だ疑問よ! 一番頼っちゃいけない相手でしょうに。
「メルランディア子爵令嬢はもうお疲れのようです、サイラス、マルチダ、彼女を外にお送りして下さい」
「はっ!」
「かしこまりました、アレン隊長!」
「やっ、待って! 私の話を聞いて下さい! 皆、お姉様に騙されてるんです! お姉様に――!」
往生際が悪く、ここに集まった人達に向かって叫ぶように訴えていたけど、誰もウルの言葉に耳を貸さなかった。
今後、メルランディア子爵家はあらゆる面で冷遇され、厳しい視線に晒されることになるだろう。
でもそれはウルの自業自得なので同情はしないし、助けてもあげない。お父様もお義母様も、ウルをここまで野放しに自由に育てた結果なので同様。
◇
パーティーを終え、招待客を無事に帰し終えた帝国騎士団は、コット殿下の計らいで軽い打ち上げをシルマニア宮で行っており、普段飲まないお酒を飲んで火照った体を冷ますために出たテラスで、先にテラスにいたアレンと遭遇した。
「お疲れ様でした、リネット」
「アレン……私事でお騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
「コット兄さんはとても楽しんでいるので気にしなくて大丈夫ですよ」
「そう言って頂けるなら幸いです」
初めから負ける気は無かったけど、ここまで騒ぎが大きくなるとは予想外だった。まさか階段から落ちることまでするなんて……でも、あそこで私が魔法で助けなかったとしても、問題は無かったと思う。
「アレン、私に映像石をつけていますか?」
「よく分かりましたね」
映像石とは、この世界でいうカメラのような物だ。機械とは異なる魔力を帯びた材料を用いた魔道具で、使用時には魔力が放出される仕組みになっている。この映像石があれば、私がウルを突き落としていない確固たる証拠になるだろう。
「コット殿下から貰ったこのピアスですね? ウルと会った途端、微量ですが魔力を感じるようになったからおかしいと思いました」
「正解です、メルランディア子爵令嬢と会った時にだけ発動するようにしておきました。彼女は何を仕出かすか分かりませんでしたから、念のためです。勿論、リネットなら映像石の存在にすぐに気付くと思っていましたよ」
「最初から伝えておいてくれたらいいのに……コット殿下まで巻き込んで黙っておくなんて」
「すみません、素直に伝えると遠慮して受け取ってくれないと思ったので。映像石は高価で貴重な物ですからね」
そう、映像石は貴重だ。
そんな貴重な魔道具を私のために使うと言われれば、私は絶対に反対しただろう。
「映像石の到着が予想より遅れてしまって今日渡すことになったんですが、俺があそこでプレゼントしたら絶対に怪しむでしょう? だからコット兄さんにお願いしました」
任務前に何でいきなりプレゼント? とは思うでしょうね。
「怒りましたか?」
「……私を心配してのことですし、怒ってはいません」
でもこのピアスの存在で、本当に最後のギリギリまでウルを助けるかを迷ってしまった。最終的に助けた方がウルにダメージが行くと思ったし、何とか理性が勝ったけど。
「お返します」
「魔力さえ込めなければただのピアスに過ぎませんし、そのまま受け取って下さい」
「でも……」
何度も言いますが、映像石はとても貴重で高価な物だ。手に入れること自体も難しく、値段なんて考えるだけで恐ろしい。
「俺が初めて贈ったプレゼントですから、大切に身に着けて下さると嬉しいです」
「っ!」
耳に触れ、優しく微笑む姿に胸が大きく高鳴る。
「ア、アレンは、私を甘やかしすぎでは?」
「甘やかすことが出来る権利を得ましたから」
吸い込まれそうなアレンの綺麗な瞳に、胸がドキドキする。
学生時代の頃は、勝手にライバル認定してたアレンに、こんな気持ち、微塵も持っていなかったのに! 当時の自分にこの話をしても、きっと信じないだろう。
「そろそろ中に戻りましょうか、リネット」
「は、はい」
自然と繋がれた手は暖かくて心地よくて、安心出来る。




