3話 可哀想な妹
――それからは流れるように色々なことが決まって、時間が過ぎた。修道院に行く手続きも終え、明日にはメルランディア子爵家を出て行くことになった。
身を任せるように家を出て行く準備をしている私に、「これでやっと本物の家族だけで暮らせる」と言ったお義母様とお父様の顔だけは、一生忘れることが出来ないくらい憎かった。
「お姉様ぁ、いなくなってしまうのが寂しいです。私とクリフ様の結婚式には、親族として招待しますね。あ、でも修道院に入ったら、もう一生外には出られないんでしたっけ? 残念」
空っぽになった私の部屋に、何食わぬ顔で現れるウル。
「……寂しい? 追い出せて満足のクセに?」
「あら、寂しいのは本当ですよぉ。これで、『意地悪な姉に虐められる可哀想な妹』が出来なくなるんだもの。まさか家から追い出されるまでとは思わなかったわ、お姉様って、本当にお母様とお父様から嫌われていたのね」
二人きりだからか本音を話すウルは、心底おかしそうに笑った。
「どうしてこんなことするの? 私、ウルに何かした?」
「んー? 特に何も。ただ、私が皆から可愛がられたいな、って思ってたら、こんなことになっちゃっただけだよ。可愛い私が意地悪な姉に虐められてたら、皆、可哀想って優しくしてくれるんだもの」
「そんなくだらない理由なの?」
「ほら、可愛い妹にそんな酷いこと言うなんて、お姉様は酷い姉ねぇ」
きっと、これも妹を虐めた姉として、面白おかしく話されるんだろう。
「頑張ってクリフ様と結婚するために努力していたのに、全部、無駄になって可哀想なお姉様。お姉様の分も私が幸せになるから、安心してね」
「……大嫌い」
「ふふ、私は意地悪なお姉様のこと、大好きですよ」
嫌い、お義母様もお父様もウルも、私を信じてくれなかったクリフ様も、皆、嫌い。一生、忘れない――――大嫌い。
「ではお姉様、明日はクリフ様とデートの約束があるからお見送りには行けないけど、お元気で」
どうせお父様もお義母様も、誰も私の見送りになんて来ない。
見送りなんて初めから期待してないし、いらない。そう口にしたかったけど、変に反抗して、また何か騒がれるのも面倒だと思って、口を閉ざした。
再び静寂になった部屋。
大まかな荷物は捨てたり馬車に積み込んだりしてるけど、部屋の隅にある少し残された荷物は、明日の朝に積み込む予定の物だ。中身が空っぽの大きな家具は持って行けないから、ここに置いていく。全て、捨てられる予定らしい。
「……勉強でもしようかな」
何かしていないと落ち着かなくて、折角仕舞った荷物を漁る。
クリフ様に相応しくなるためでもあったけど、元々、学ぶことが好きな性質なんだと思う。クリフ様と婚約破棄した今、花嫁修業をする必要はなくなったけど、空いた時間は勉強することが、私の昔からの日課だった。
「……これ、学生時代の魔導書だ。懐かしい……」
詰められた荷物の中には、学生時代の教科書もあった。
ラングシャル帝国では、貴族は国を背負う者として男も女も関係なく学び働く義務があり、その為に、十歳から十五歳の五年間、家を離れて寮に入り、学校に通う義務があった。
学校は様々なことを学ぶ場だ。
ラングシャル帝国は魔物の被害も多く、国民を守るために、貴族は例外を除き、魔法、剣技のどちらかを履修する必要があり、その他にも共通に家門の運営の座学、マナーなどを学ぶ。
「魔法の授業が一番好きだったな」
私は、魔法の授業を選択した。
開いたページには、赤いペンが引かれていたり箇所書きされていたり付箋が貼られていたり、至る所に学生時代の勉強の跡が見えた。
私の中で一番楽しくて輝かしい思い出は、学生時代だった。私が唯一、自分らしく好きに過ごせた時間。
好きなだけ魔法の勉強が出来て、誰も私を陥れたりしなくて、誰も私を、妹を虐める意地悪な姉だと、思わなかった――――
(もう勉強する必要はないのに、まだ未練がましく教科書を持って行こうとするなんて、諦めが悪い私)
ドレスやアクセサリーを手放したとしても、これだけは捨てられなかった。
「楽しかったなぁ」
学校ではウルと関わる必要がなくて、誰も私を意地悪な姉認定しなかった。数少ない友人も出来て楽しくお喋り出来る時間が、何より楽しかった。
卒業と同時に、誰一人、連絡を取ることを許されなくて疎遠になってしまったけど。
「皆……元気にしてるかな」
あの頃が一番楽しかった。キラキラしていた、私の青春だった。
あの頃に戻りたい。
そう言えば学生時代、私のことをガリ勉令嬢なんてあだ名を付けて会う度にちょっかいをかけてくるクラスメイトがいたな。
今、思えば、それも大切な思い出だ。
◇◇◇
引越し当日――
「今までありがとう」
馬車に全ての荷物を積み終え、最後に、一番お世話になった机に別れを告げる。
この家で別れを告げたいのが机だけなんて、なんて寂しいこと。だけど、一番、戦友として、花嫁修業や勉強に付き合ってくれたのはこの机なので、間違っていない。
最後に部屋全体に頭を下げると、部屋を出て扉を閉めた。
後は私が馬車に乗り込むだけ。そう思い玄関に向かい廊下を歩いていると、いつもと家の様子が違うことに気付いた。
「――ねぇ、これどうすればいいの!?」
「私はどこを担当すればいいんですか!?」
「どれを用意すれば……」
家の執事も侍女もメイドも、皆が統一なく慌ただしく動いていて、騒々しい。