22話 シルマニア宮
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シルマニア宮パーティー当日――
今回、シルマニア宮で開かれるパーティーは、コット殿下の結婚の日取りが決まったお祝いだった。
第二皇子であるコット殿下には、幼い頃から他国の王族との政略結婚が決められていたが、向こうの国の内情が原因で遅れており、この度やっと、国を離れることになったのだ――とは言え、大々的なお祝いは既に皇室で行われており、今回のパーティーは、幼い頃から慣れ親しんだシルマニア宮で最後にパーティーを開きたい、との、コット殿下の要望が叶えられたものだった。
私が皇族の開いたパーティーに参加したことは、一度もない。
お父様が何だかんだ理由を付けて、私を欠席にしていた。理由の内容は知らないけど、どうせくだらない理由でしょう。
(初めてラロッカ宮に来た時も思ったけど、皇族の住まいって本当に大きくて立派ね)
シルマニア宮を前に圧倒される。
シルマニア宮での任務は主に警備と護衛だ。
皇族のコット殿下は勿論、招待客の皆様に危険なく、無事にパーティーが終わるようにシルマニア宮全体を見守る。その為、普段よりも任務に参加する人数は多く、魔法使いからも数十人が参加していた。
その中には魔法使い隊長のアレンの姿もあって、アレンは私の傍まで来ると声をかけた。
「リネット、コット兄さんが俺の婚約者と挨拶したいそうなので任務が始まる前に少しいいですか?」
「わ、私なんかが、皇子様と挨拶するんですか!? そんな、恐れ多くて……!」
「……貴女の婚約者も、同じ皇子のはずなんですけどね」
アレンは学生時代からの付き合いですし、もう別枠です。
大体、最初は皇子様として接していたのに、ガリ勉令嬢とか呼んでしつこくちょっかいをかけてくるから、敬えなくなったんですよ。
シルマニア宮に入り、案内されるままコット殿下が待つ部屋に向かう。
コット殿下とはご本人の結婚の事情もあって今の今まで挨拶も出来なかったから、これが初のお目見えになる。
(物凄く緊張してきた……! どうしよう、実践で誰かと戦うよりも、魔物の群れに突撃する時よりも緊張する!)
「コット兄さん、入りますよ」
「どうぞ」
扉を開けて中に入ると、腰まである長い髪をした穏やかな雰囲気の男性がソファに座りながら私達を出迎えた。
「初めまして、リネット嬢」
アレンと兄弟ってだけで予想していたけど、コット殿下も凄く綺麗で整った顔をしている。
「は、初めまして、コット殿下。リネット=コトアリカと申します」
「国を離れる前にどうしてもアレンの婚約者と話をしたくて、無茶を言って呼び出してしまいました。帝国騎士団のお仕事もあるでしょうに、すみません」
「お、お心遣いに感謝します!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、リネット。コット兄さんは兄弟の中で一番優しい人ですから、多少粗相をしたところで、笑って許してくれます」
「そういう問題じゃありません」
「緊張しているところも可愛いですね」
「アレン!」
もう! ただでさえ人前は恥ずかしいのに、婚約者の相手の身内の前だなんて、皇族云々関係なく恥ずかしい!
「アレンがそんなこと言うなんて、アレンは本当に、リネット嬢が好きなんですね」
私達の様子を見たコット殿下は、嬉しそうに笑みを深めた。
「あの、コット殿下、一つお耳に入れておいて欲しいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
「今日のパーティーに私の前の家族――メルランディア子爵家が出席するのですが、妹が、何か騒ぎを起こすと思うんです」
確定ではないけど、確信はしてる。
何も考えて行動しないウルは、これが皇族主催のパーティーだろうと構わず行動を移すに違いない、と。
「アレンから聞いていますよ、問題ありません」
「いいんですか? シルマニア宮での最後のパーティーですのに……」
「それもまた良い思い出です。それに、未来の義妹を守るのは義兄の務めですので、お気になさらず」
「コット殿下……ありがとうございます」
なんて優しい人なんだろう。こんな素敵な人が自分の義兄になるなんて、嬉しい。
「こちらこそ、アレンの想いに応えて下さりありがとうございます。兄としてアレンには好きな人と結婚して幸せになって欲しかったので、アレンの長年の片思いが実ってとても嬉しく思います」
「それ、は――」
コット殿下は、幼い頃から決められた政略結婚だって聞いてるのに……
「ああ、僕のことでしたら心配いりません。最初は政略結婚でしたが、何度もお会いするうちに本当に相手のことを好きになりました。女王になる彼女を支えたいと、今では心から思っています」
コット殿下の表情に嘘偽りはない。本当に、政略結婚でも心を通じ合せてお互いを好きになったんだろう。
「リネット嬢、これからも弟をよろしくお願いします。アレンは貴女のこと以外、目にないようですから」
「……はい」
コット殿下は、私がクリフ様となりたかった姿だ。
だけど、長年思い描いてきた理想の形が目の前に現れたのに、私の心は何も感じなかった。
(少しも悲しくない、心が傷つかない)
あれだけクリフ様の婚約者になるために頑張ってきたのに、いつの間にか私の中でクリフ様の存在が消えていることに純粋に驚いた。
「そうだリネット嬢、これを受け取って下さい」
「これは……ピアスですか?」
コット殿下から手渡されたのは、綺麗に包装された箱に入った、宝石のついた小さなピアスだった。アクセサリーには詳しくないけど、なんだか高そうなのは分かる。
「僕からリネット嬢へのプレゼントです」
「……私……に? コット殿下から贈り物だなんて……恐れ多くて受け取れません!」
ただでさえとても高価な物だと分かるのに、いち令嬢の私が受け取れるはずがない!
「そんなこと言わないで下さい、国を離れる前に新しい義妹に何かプレゼントをしたくて、アレンとも相談して選んだんです」
「で、でも私はまだ伯爵令嬢ですし、その……色々と問題がある令嬢ですから」
経緯がどうあれ、メルランディア子爵家を勘当された身なのだ。
そんな私がコット殿下から贈り物を貰うのは気が引けるし、たとえ義兄になるとはいえ、高価な贈り物を易々と受け取るのは難しい!
困って隣にいるアレンを見ると、アレンはコット殿下に同意するように頷いた。
「深く考えずに受け取ってあげて下さい、リネット。貴女にとって悪い物ではありませんから」
「それは疑っていませんけど……」
「多くの女性は贈り物を喜んで受け取るのに、リネット嬢は謙虚なんですね。本当に気にせずに受け取って下さい。僕は国を離れる身なので、これが最後のプレゼントになるかもしれませんから」
ここまで二人に言われれば、これ以上拒否するのは逆に失礼に当たる。
「分かりました、謹んで頂戴いたします」
「固いですリネット、もう少し気楽に受け取ってあげて下さい」
「あはは、大丈夫だよアレン。受け取ってくれてありがとうございます、リネット嬢」
ピアスを取り出し、右耳に付ける。
「良くお似合いです」
「あ、ありがとうございます」
人からプレゼントを貰った経験なんて数えるほどしかないし、褒め慣れてないから照れ臭い! 恥ずかしい!
「リネット嬢は可愛らしい人ですね、アレン」
「すぐに照れてしまうところも可愛いでしょう?」
「ア、アレン!」
それからも暫く過去のアレンの話を聞いたりして時間を過ごしたが、残念ながら任務の時間が近付いてきてしまったので、話半分に退出することになった。
「今日はよろしくお願いしますね、アレン、リネット嬢」
「はい、あの……本当にありがとうございました、コット殿下」
「どういたしまして」
心優しい笑顔を受かべるコット殿下。
いつかまた、この心優しい義兄から話の続きが聞けるといいなと思いながら、私達は部屋を出た。




