19話 ある晴れた日の日常
「……っ、リ、リネット、お前のことを誤解していた! これからは俺が、お前を守――」
顔を赤くして、どこかおかしなサイラス様。
そんなサイラス様の様子は少し気になったけど、サイラス様の背後に見えた人影に、思わず、言葉を遮って声が出てしまった。
「アレン!」
「お帰りなさい、リネット」
私が駆け寄ると、アレンは優しく、撫でるように私の左頬に触れた。
「無事に任務を終えたようで何よりです。お怪我はありませんか?」
「はい、サイラス様に助けて頂きました」
「それはそれは、サイラス、俺の婚約者を守って頂き、ありがとうございました」
「はっ! 勿体無きお言葉!」
膝を付き、かしこまった姿を見せるサイラス様。こうやって見ると、アレンがこの国の第三皇子だというのを実感しますね。
「ではサイラス様、報告もありますので、これで失礼しますね。お疲れ様でした」
「あ、ああ」
任務の報告は、騎士、魔法使い、それぞれの部隊で行うので、サイラス様とは、ここでお別れになる。
(最初はサイラス様と任務なんて嫌だったけど、少しは心を許してくれたみたいだし結果的に良かった。同じ帝国騎士団の仲間なんだから、出来れば仲良くしたいものね)
最後にもう一度丁寧に頭を下げてから、私は魔法使いの棟に戻った。
◆◆◆
「……リネットの誤解は解けましたか?」
「っ、はい!」
リネットがいなくなった後、アレン殿下は笑顔で俺に尋ねた。
「なら良かった、ああ、誤解が残らないように伝えておきますが、俺は昔からずっとリネットが好きだったんです。だから俺からリネットに婚約を申し込みました」
だけど、その目の奥は全く笑っていなくて、自分に関わる噂話、『リネットがアレン殿下の婚約者の座を妹から奪った』を嫌悪感を持って否定しているようだった。
「これからもリネットを守ってあげて下さい。頼りにしていますよ、サイラス」
「はっ!」
普通の会話のはずなのに、アレン殿下の圧を感じて体中から汗が噴き出す。
そうだ、アレン殿下なら婚約者を攻撃する俺を帝国騎士団から追い出すことも出来た。それをしなかったのは――
「……はは、アレン殿下が相手じゃ、俺が勝てるわけねーか」
――リネットなら大丈夫だと信じたからだ。
一人残された俺は、去って行くアレン殿下の背中を見送りながら小さく呟いた。
◇◇◇
それから月日が過ぎた、ある晴れた日。
日常になりつつある帝国騎士団の仕事の一つとして、書類を手に騎士の棟へ向かう。
「失礼します、魔法使いでまとめた書類を持って来ました」
「……おお、リネットか! お疲れ。はいよ、これ騎士の書類な」
「ありがとうございます」
挨拶を交わし、お互い手渡しで書類を交換する。
「リネット、また魔物を容赦なく倒しまくったんだって? 流石はアレン殿下の婚約者だな!」
「リネットさん! この間は助けてくれてありがとうございました!」
「リネット、もし良かったら今度一緒に食事でもどうかな?」
「馬鹿っ、止めろよ! アレン殿下に殺されたいのか!?」
周りにいた騎士達も、私の来訪に気付くと傍まで来て明るく声をかけてくれた。ついこの間まで空気のように無視されていた時と比べたら、雲泥の差だ。
帝国騎士団で任務を任されるようになり、サイラス様以外の騎士ともパーティーを組んだ。
最初は冷たい態度を取られていたけど、任務を重ねるごとに態度が軟化され、今ではこうして普通に接してくれるようになったのだ。
「ほらよ、新しい魔物の図鑑」
「ありがとうございます、サイラス先輩」
魔法使いの棟に戻る途中で出会ったサイラス先輩から、もう何冊目になるか分からない魔物の図鑑を受け取る。
「お前、本当に勉強が好きなんだな」
「そうですね、新しく知識を得るのは楽しいです」
因みに、サイラス様を先輩と呼び出したのは、『俺のことは先輩って呼ばせてやってもいいけど!?』という、謎の上から目線のお言葉を頂いたからです。
別にお断りする理由もないので、本人の希望通りにお呼びすることにした。
「もうすぐ正式にアレン殿下と婚約を発表するんだろ?」
「はい、私の本当のお母様のお姉様――伯母様が、私を養女として受け入れてくれることになりましたので。今の私の名前は、《リネット=コトアリカ》です」
お父様――メルランディア子爵家から勘当され、宙ぶらりんになっていた私は、事情を知った伯母様によって引き取られることになった。
「コトアリカ……コトアリカ伯爵家の女主人か」
「伯母様を知っているんですか?」
「まぁな、女で爵位を継ぐのは珍しいし」
ラングシャル帝国では、男も女も関係なく学び働く義務があるが、一般的に爵位を継ぐのは男性が多い。コトアリカ伯爵家はお母様の生家であり、コトアリカ領土という帝都から少し離れた領土を統治している。
「私、伯母様のこと何も知らないんです」
お母様が生きていた頃に会ったことがあるみたいだけど覚えていない。正直、アレンから聞かされるまで伯母様の存在を忘れていたくらい。
お母様のことですら、まだ三歳だった私は朧げにしか覚えていないのだ。
「あー、悪い人じゃない、と、思う」
「何ですか、その歯切れの悪い言い方は?」
伯母様とは何度か書面でやり取りしたけど、まだ直接は会えていない。今後、会うことにはなっているけど一気に不安になった。
「大丈夫だろ。アレン殿下がコトアリカ伯爵との養子縁組を認めたんだから」
「……それは、そうですね」
考えてみれば、アレンが私のマイナスになる養子縁組を持ってくるはずがない。
「ま、それで何か困ったことがあったら俺に言えよ。仕方ないからこの俺が助けてやる!」
「あはは、分かりました。その時は頼りにしていますね、サイラス先輩」
――――ある晴れた日の日常。
仕事を認められて助け合って、何気ない会話をして、こんな風に日常を過ごせる今が、とっても幸せだ。




