15話 サイラス=ワードナ
書類を持って来た私を冷たく一瞥した騎士は、無言で書類を受け取ると、手渡すことも無く、騎士側の書類を近くの机の上に放り投げた。
「……ありがとうございます」
机の上の書類を受け取り、一礼する。だけど、またもや騎士は何も言わずに無言でその場を去った。
他にも騎士の人達は何人かいたけど、その誰もが私に反応することはない。そう、私は騎士の人達に、空気のように無視されているのだ。
魔法使いの人達は私に良くしてくれるけど、騎士の人達は私を歓迎していないのが丸分かりで、冷たい態度を取られるのは、最早いつもの事だった。
「はぁ、私、何かしちゃったのかな」
受け取った書類を抱え、騎士の棟の廊下を歩く。
こんな態度を取られることに心当たりがあるとしたら、一、調子に乗ってクリフ様をこてんぱんに倒した、二、アレンの婚約者が突如現れた意味不明な女で気に食わない、三、私が意地悪姉だと知れ渡っている――――
どれも有り得るな。
三、に関していうなら、情報源はクリフ様でしょう。
寧ろ、三、を起点に、二、意地悪姉がアレンの婚約者に相応しくない、一、婚約破棄された腹いせにクリフ様をこてんぱんにした、で、反感を持たれてるんじゃ……私、妹を虐めてなんかいないのに!
「おい」
「? はい、私ですか?」
考え事をしながら廊下を歩いていた私を、一人の騎士の青年が呼び止めた。
「お前しかいないんだから、お前に決まってんだろ!」
初対面の相手をお前呼ばわりなんて、お口が悪いことで。
「失礼しました。騎士の方が私に話し掛けてくるとは思わなかったので聞き返してしまいました。私に何か御用でしょうか? えっと……」
「俺はサイラスだ! 《サイラス=ワードナ》! ワードナ侯爵家の長男だ!」
「ワードナ侯爵家のご令息が、私に何の御用でしょうか?」
「今すぐに帝国騎士団を辞めろ!」
猪突猛進、いきなり無礼なことを突き付けるなんて失礼な人。もう一度言いますけど、私達、初対面ですよ。さっき貴方の名前を教えてもらったばかりなんですけど?
「お断りします」
「俺の言うことが聞けないのか!?」
「聞く必要がありませんから」
貴方の部下でも友達でもない初対面の相手の何を言うことを聞けと?
侯爵家の権力を持ち出しているなら甚だおかしい。帝国騎士団は、実力主義だ。皇族や隊長クラスならまだしも、実力で入った者を勝手に辞めさせる権利は、いち騎士の侯爵令息には無い。
「クリフに聞いていた通り、性格の悪い女だな!」
やっぱりクリフ様が私のことを話してるのね。
「クリフ様に何をお聞きになったのかは知りませんが、今、現在、初対面の相手に無礼な行いをされているのはサイラス様の方です」
「俺は! か弱い妹を虐めて婚約破棄された腹いせにクリフの職場に乗り込むお前みたいな最低な女が、アレン殿下の婚約者の座を妹から奪い、神聖な帝国騎士団にいるのが我慢ならないんだ!」
想像以上に脚色が酷い! 誰が、ウルからアレンの婚約者の座を奪ったのよ! 私から婚約者を奪ったのはウルの方でしょ!?
「全てデタラメです」
「嘘をつくな! その証拠にお前は実家であるメルランディア子爵家を勘当されているじゃないか! 妹を虐めていなければ、そんなことにはならないはずだ!」
お父様とお義母様に体よく追い払われただけです。
だけど、それを伝えたところでサイラス様は信じないでしょう。
「時間の無駄なので生産性の無い押し問答は止めましょう」
「それは自分の罪を認めるということだな!?」
「認めません、でも、サイラス様はどうせ私のことを信じないでしょう?」
「当然だ!」
「では、やはり時間の無駄ですので失礼します」
体の向きを変え、止まっていた足を進める。
「おい、待て!」
「私が実力で帝国騎士団に入ったのは事実です、それが全てでは? それすらお疑いなら、お相手しましょうか?」
「くっ!」
帝国騎士団の入隊試験でクリフ様に勝利したことは、その場にいたアレン含め、救護班もいたし証明されている。
何も言い返して来ないのを確認して、私はその場を去った。
「はぁ、何だか疲れた」
騎士の棟から離れた所で深くため息を吐く。
アレンの婚約者だからか、無視されたり睨まれたりはしてたけど、今までサイラス様のように直接言いがかりをつけてくる人はいなかったのに。
でもこれで、騎士の人達が私に冷たい理由はハッキリした。
(意地悪姉のレッテルを張られるのは慣れてるし、家ではもっと酷い扱いをされていたけど……私だって人間だから、傷付くんだけどな)
やってもいないことを事実として扱われ、非難される。
どれだけ慣れていても、傷付くのは傷付く。それが諦め切った家族以外からなら、尚更――
(家から離れてもまだ……私は、意地悪姉のレッテルに苦しめられるのね)
「……さ、お仕事しなきゃ」
サイラス様に絡まれた所為で時間が押してる。
私は無理矢理でも気を取り直して、魔法使いの棟に戻った。




