11話 実践試験
「――リネット、筆記試験はどうでしたか?」
午後からの実戦試験には、帝国騎士団魔法使いの隊長としてアレンも同席するので合流する。
「問題ありませんでしたよ」
「……リネット? 何かありましたか?」
「どうしてですか?」
「いつもと様子が違うように見えるので」
鋭い人ですね、アレンには嘘を付いても、すぐにバレてしまいそう。
「大丈夫です、少し、羽虫が鬱陶しかっただけです」
「羽虫、ですか」
別にクリフ様とのことを話しても良かったけど、試験に集中したいし黙っておいた。鋭いアレンなら、これだけで何となく勘付くでしょう。
「実戦試験とは何をするんですか?」
「対人での実践訓練です。総隊長が選んだ帝国騎士と戦うことになります」
「帝国騎士と!?」
「俺が相手をしても良かったんですが、推薦者なので不正があってはいけないと別の者に任せることになりました」
「私を落としたいんですか!?」
帝国騎士団の魔法使いの隊長と戦わせるなんて正気の沙汰じゃないでしょ。大体、アレンに勝てたのは入学直後の試験で一度だけだし、(いずれ勝つ気ではいるけど)卒業以降、実践から遠く離れた私が勝てるか!
「勝利までは望んでいません、どの程度、勝負が出来るかが判断材料になります」
「よ、良かったです」
アレンが相手じゃないとはいえ、帝国騎士相手に勝とうなんて無謀もいいところ。
「勝ってもらっても構いませんよ」
「勝てませんよ! 帝国騎士ですよ!? 私なんかが勝てるはずありません!」
「……リネットは本当に自己評価が低いんですね」
「え?」
「いいえ、ラロッカ宮で魔法の特訓をしているのを見ましたが、問題があるようには思いませんでしたよ。自信を持って下さい」
そう、泣き言を言っても、やるしかないのだ。
アレンにもクリフ様にも、信頼に応えると、絶対に合格すると大見得を切ったのだから、もう後には引けない。せめて優しそうな人が対戦相手ならいいな、と、願っていたのに、何の因果がか、私の対戦相手として目の前に現れたのは――クリフ様だった。
「もしかして羽虫とは、彼のことですか?」
「……そうですね」
ついさっき別れたばかりなのに、すぐにこんな形で会うことになるなんて嫌がらせ?
「大丈夫ですか? リネット」
「大丈夫ですよ、寧ろ、やる気が出てきました」
本来、対戦相手は同じ魔法使いが選ばれるものだ。魔法使いと騎士では、詠唱の時間も関係して魔法使いが不利になると言われている。なのに今回、騎士のクリフ様と対戦することになったのは、クリフ様の要望だろう。自分の手で私を追い出すために。
ここまで敵対されては、こちらもムキになるというもの。
ウルの言い分だけを信じて一方的に私に婚約破棄を突き付けただけでは飽き足らず、私の邪魔までしようとするなんて許せない。
試験会場の訓練場、向かい合うように立つ私とクリフ様。
「今なら棄権を許すぞ」
クリフ様は戸惑うことなく剣を抜き、私に向けた。
「結構です」
「可愛げの無い女だな、後悔するなよ?」
クリフ様から向けられるのは鋭い殺意。
元婚約者に向かってこんなに容赦ない殺意を向けるなんて、クリフ様は本当に私のことがお嫌いなんですね。
きっとクリフ様のいう可愛げのあるご令嬢なら、ここで怯えて棄権したりするんだろう。だけど私は、さっきよりも冷静だった。
(実戦訓練をするのは学生の時以来)
トルターン学校でも、実践訓練は取り入れられていた。
生徒同士での戦いもあれば、本物の魔物と戦わされたこともあるくらい、私達が通っていたトルターン学校は、良い意味でスパルタだった。
(懐かしい)
こうして、ここに立つまでの方が緊張していた。
いざこの場に立ってみると、自分でも驚くくらい冷静でいれた。殺意を向けられても少しも怖いと思わない。それどころか、懐かしい実戦に高揚を覚えている私は、おかしいのかな?
「そちらこそ後悔しないで下さいね、クリフ様」
「なっ!?」
無詠唱で魔法陣を山ほど出す私に、戸惑うように構えていた剣先がぶれた。
――学生時代、私に勝てたのはアレンだけだった。
「勝者、リネット!」
目の前で這いつくばるように横たわるクリフ様を前に、こんなものか、と、思ってしまう。手加減は一切しなかった。クリフ様の敵意に応えるように全力を出して、結果、すぐに勝敗はついた。
「くそ、こんなはずは……」
帝国騎士団に入隊出来たのだから、クリフ様も弱くはないと思う。
「クリフ様って弱かったんですね」
「っ!」
でもあえて、皮肉を込めて笑顔で馬鹿にした。これくらいの意地悪、構わないでしょう? だって私は貴方達にとって意地悪な姉だもんね。
顔を真っ赤にして悔しそうに顔を歪めるクリフ様。うん、その顔が見えて満足です。




