骸宝戦記録 襲撃編③
学園都市オノグラムがインプに襲撃される中、フリーナはインプの幹部であるキャートと交戦する。一方、ウィロウはインプ幹部のウィネロによって重傷を負ってしまう。
先刻の死闘による傷跡が残る教室の中、タングたちの前に現れたのは幸いにもオノグラムの兵士たちだった。インプの幹部であったケレイに付けられた傷は思ったよりも深く、3人は避難所で手当てを受けることにした。避難先へ向かうため廊下へ出る中、メイはここにいないフリーナとウィロウのことを考える。ケレイの強さは自分達の誰かが死んでもおかしくない程だった。ウィロウ達も彼と同じ、あるいはそれ以上の敵と戦っているのだろうか。メイは廊下の外の景色を見ながら二人の無事を強く思った。
瓦礫が散らばった廊下をフリーナが走り最後の銃弾を放つも、弾はキャートの頬の皮を少しと金髪を数十本奪うだけで、そのまま彼女の後ろへ飛んでいく。10分以上戦い続けて銃弾を使い果たしたことに軽く舌打ちするフリーナに対して、キャートの骸宝であるランタンが光って圧が放たれ、動きを鈍らせた直後にキャートが銃弾を数発放つ。腕や足に穴が開きフリーナが全身を走る痛みを堪える中、持ち主よりもわずかに早く動けるようになった骸宝の人形が、短剣を滅茶苦茶に振り回しながら突撃して銃撃を中断させる。最初の方はキャートも人形を攻撃していたため、フリーナが受けた傷の治りは人形の能力で早まり、相手から受けたダメージを抑えていた。しかし今のキャートは人形の攻撃を避けるだけで、人形に攻撃を仕掛けてこない。
「辛そうだけど大丈夫?さっきみたいにすぐに元気にはならないのね。」
キャートが心配しているように、しかしこちらの骸宝の能力はわかっているぞ、と示すようにフリーナに語り掛ける。
「別に…あなたに言われなくても…」
全身を走る痛みに耐えつつ、息切れしながらもフリーナも返事をする。
「そう。」
呆れたようにキャートが言葉を続ける。
「それにしても、骸宝との連携の仕方…あなた相当骸宝を使い込んでいるわね。」
「えぇ。私の大切な人、お姉ちゃんから譲り受けたものだから。」
それまで機械の様に冷酷な目をしていたキャートがフリーナの言葉を聞いた一瞬、ほんのわずかに緩み寂しそうな笑みを浮かべる。共感、自己投影、そして僅かな寂しさがその表情から察せられる。
「どうしたの。」
「ううん。ただ、あなたと殺しあわなければ、って。」
銃の引き金から放した指で使い込まれたマントを触りながら、同年代の少女と日常会話をするような声でキャートが話す。しかし軽く目をつぶり覚悟を決めた動作の直後、キャートが声と表情に冷酷さが戻る。
「でもウィネロと安心して暮らせるように、今はただ障害を排除する。」
「…私はあなたのことをよく知らない。だから色々聞きたかった。」
フリーナも呼吸を整えて、傷ついた体を必死に動かして少女に向ける。
「でもあなたたちが再び大切な仲間を奪おうとするならば、私は全力であなたたちを殺す。」
二人が廊下で睨み合い距離を詰めようとしたその瞬間、
「よっこらしょっと。」
と少し低い声とともに一人の男性が数十分前に自身が壊した穴から入ってきた。風車だけを持ち、返り血を浴びた身体には所々に傷が見えるものの、隙を見せない姿勢を取っている青髪の男はゆっくりと足を動かす。
「ウィネロ」
僅かに安堵の感情を含んだ声で、キャートが男の名前を呼ぶ。
「よぉキャート、無事で何より。」
フリーナの瞳が激しく揺れ、男が話している間にも頭の中に倒した桶の水のような大量の懸念が流れ込む。敵が増えたこの状況で戦って勝てるのか、逃げることすらできないのか、そもそもなぜウィネロとやらはここへ来たのか、そして彼だけがここに来たということは…
「ウィロウは…」
と無意識に口からでた言葉を待っていたかのようにウィネロが口角を吊り上げて話す。
「あいつは死んださ。」
その瞬間、フリーナが無言で短剣を強く握りしめてウィネロに切りかかる。例え男の言葉が噓であっても、短くはあるが共に生活した仲間を殺されたことはフリーナの全身を怒りで満たすには十分だった。キャートが銃を向けようとするも、人形がより速くて荒ぶった攻撃を仕掛けることで妨害する。傷ついた体を無茶苦茶に動かしてフリーナがウィネロへの攻撃を増やす。このまま短剣を心臓に突き刺そうとした時、ウィネロの持っている風車が高速で回転をはじめ、フリーナの右肩を薄く硬い羽が抉る。痛みでフリーナが少し止まった隙に、ウィネロの風車が回転したまま今度はフリーナの顔に突っ込もうとしている。ウィネロとの距離は近く、体をずらして回避するのも間に合わない。自分の死を実感したフリーナの目の前に一人の人物の幻想が浮かんでくる。水色の髪をショートカットにして勝気な表情をしているフリーナの双子の姉だ。明るく活発で運動神経の良い彼女とフリーナは仲が良く、どこに行くにも一緒だった。10歳の頃に一家で保管されている人形の骸宝が姉の方に継承された時、姉だけがもらえてずるいと喧嘩しても、次の日にはいつもどおりの関係に戻っていた。そんな中、旅行先でインプの襲撃が起きた。混乱の中で姉はフリーナを流れ弾から身を挺して守り、その時の傷で衰弱していった姉は家族や友人への言葉と骸宝をフリーナへ譲渡してこの世を去った。もう大切な人が死んでほしくない、姉の死を受けてフリーナは誰かを守れるくらい強くなるため、その前提として自分がちゃんと戦えるようになることを決意しオノグラムに入学した。そして今、迫りくる風車を前にフリーナはせめてウィネロと相打ちに持ち込もうと決意する。しかし同時に目の前に現れた姉の幻想を見て無意識に口が動いた。
「助けて…」
その瞬間、フリーナとウィネロの間に何かが流星のような速さで割り込み、風車がそれに当たって止まる。床に斜めに突き刺さっているフリーナの命を救ったそれは長く伸びた爪楊枝であった。ウィネロとフリーナが驚愕して爪楊枝が飛んできた方向を見る。崩壊した廊下の壁の外に、肩から腹まで傷があり赤黒く染まったズボンを着た少年が立っている。出血のせいで血の気がなく幽霊だと思ってしまうが、光を失ってない目が生きていることを証明している。少年を見た途端、フリーナの目から大粒の涙があふれだし、ウィネロが凶悪な笑みを浮かべる。そして二人は少年の名前を呼んだ。
「「ウィロウ」」
回転する風車に切られ、仰向けに倒れたウィロウはその場から動けなくなっていた。何とか身体を動かそうとするが、全身に全く力が入らない。幸か不幸か周囲に人は全くおらず、切った張本人であるウィネロももうすぐ死ぬと思ったのか、これ以上の攻撃は行わずに学園のほうに戻って行ってしまった。しかし今のままでは間違いなく死ぬのはウィロウ自身もよくわかっていた。切られた箇所も最初は熱かったが、今ではほんのわずかに冷たく感じる。意識さえ徐々に薄れていく中、ウィロウは自分自身の死について考えていた。自分が死ぬことに対する恐怖は思ったよりも感じなかった。故郷の村では人も動物もいつか死んで自然へと還る時がくる、と教えられた。だから今がその時だとしてもおかしくはないだろう。そうやって淡々と考える中、ウィロウの中では同時に別の風景が浮かんできた。故郷の両親や友達、そしてオノグラムで共に過ごしてきたタング、メイ、ガインス、ボーク、そしてフリーナとの思い出や彼らの笑顔が次々と映し出される。もし仮に彼らのうちの誰かが惨たらしく殺されたとして、その時も自分が死ぬ時と同じように考えられるのだろうか。いや、できないだろうし、出来るならずっと生きていてほしい。もし自分がここで死んでウィネロを野放しにしたら、フリーナやボーク、タングたちが殺されるかもしれない。それだけは何があっても生きて阻止しなければいけない。そしてウィロウは、一度は諦めかけていた力を再び入れなおす。案の定体は少しも動かないが、それでも力を入れ続ける。ここで死にたくない、動いてくれとウィロウが強く思ったその時、
「凄いな、君は。」
と前のほうから夢の中で聞いた声がした。すぐ近くに誰かがいる気配がするが、姿は確認できない。
「君に会ったのは何となくだけど、こんな自分でも君に会うことができて本当に良かった。」
やや自虐的にその人物が話し、
「さぁ、手を貸そう。」
とウィロウの目の前に一本の腕が現れる。そしてそれまで力が入らなかった右手が急に重りがとれたみたいに軽くなり、現れた手をしっかりと握りしめた。途端に体が引っ張られて冷たい地面からウィロウを引き揚げる。引き上げられた先でウィロウは声の主の姿を目撃した。右目の目尻にホクロがある茶髪の青年である声の主がウィロウに優しく、そして力強く微笑んだ。次の瞬間には青年はどこにもいなくなっていたが、そんなことを気にしている時間はない。傷に擦れる邪魔な上着を脱ぎ棄てて、体の傷と疲労をできる限り無視してウィロウは全速力で学園のほうに走っていった。
「ウィロウ」
「すまない、心配かけたな。」
涙がこぼれるフリーナに対して、ウィロウが優しく微笑む。そして次にウィネロのほうに視線を向けた。ウィネロが声を上げて笑いながらウィロウに話す。
「生きていたのか! ウィロウ!」
「まぁね、今死ぬわけにはいかなかったからな。」
二人の会話が終わった直後、ウィロウが爪楊枝を手にウィネロに突撃し、ウィネロもまた風車を回転させて応戦する。爪楊枝と風車が激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。お互いの視線が一瞬交わり、その後再び激しい攻防が続けられる。一方、フリーナは人形の相手をしているキャートと交戦をする。ウィロウ達の戦いに直接手出しをするのは難しいと考えたからだ。装備が短剣とはいえ、フリーナと人形の連携によってキャートを足止めする。
「どうしたウィロウ!もう終わりか!」
攻防の中、ウィネロの声の通り、ウィロウの攻撃が若干鈍っていた。なんとか死から這い上がったものの、怪我と出血が徐々にウィロウを追い詰め、いつ倒れてもおかしくない状況にあった。しかし今ここで倒れるわけにはいかない。ウィロウは全身の力を振り絞って攻撃に出る。ウィネロの足元の床に爪楊枝を力いっぱい突き刺して破壊し、ウィネロがバランスを崩す。自分の肉体的にもおそらくここが最後のチャンスだ。そう思ったウィロウは迷うことなく、ウィネロに向けて爪楊枝の長さを伸ばすと同時に突き刺す。咄嗟にウィネロが右手を前に出し、槍と化した爪楊枝が右手右胸を貫通する。
「ウィネロ!!」
ウィロウによる攻撃を見たキャートが絶叫する。その隙をフリーナは見逃さなかった。人形がキャートの銃を持つ手に短刀を突き刺す。痛みに耐えきれずキャートが銃をおとす。そしてキャートが落ちた銃を一瞬で奪う。この時ちょうど銃の弾は使い切っていたため、フリーナはナイフの方をキャートの喉元に突きつける。胸を貫かれたウィネロは致命傷とはいかなかったらしいがかなりの重傷であり、反撃する気配もなく、口から血を吐く。
「お前ら…やってくれるじゃねぇか。」
笑みを浮かべているが、若干余裕がなくなった声でウィネロが話す。ウィロウが止めとしてもう一度刺すため、爪楊枝を引き抜くか考えたその時、重く低い音が鳴り響き、外の方で黒煙とは違う黄色の煙が上がる。その瞬間、キャートが骸宝であるランタンを光らせてウィロウとフリーナに圧がかる。その間にキャートはフリーナたちと大きく距離を取り、ウィネロは体を思い切りねじってウィロウの手を爪楊枝から離した後、左手で引き抜いてその場に投げ捨てる。そしてウィネロはウィロウたちに向けて話す。
「撤退命令が出た。だが、近いうちにまた殺し合おうじゃねぇか。」
「待て!!」
ウィロウたちが追撃しようと思ったが、再びランタンの能力が発動して再び動きが鈍り、圧が解けたときには二人の姿は見当たらなかった。舌打ちをするウィロウに対してフリーナが語りかける。
「ウィロウ、けがの状態は?」
「今はまだ動けるけど、油断はできないかな。」
「なら早めに避難所へ行かないとね。」
フリーナの言葉にウィロウが頷く。応急処置を済ませて近くの避難所に移動する途中、フリーナがウィロウにポツリと話す。
「ありがとうウィロウ、あの時助けてくれて。あなたがいなかったら多分死んでた。」
「自分も」
と少し間を開けて、ウィロウが少し照れながら返す。
「切られて倒れた時、フリーナやタング、メイやガインス達との思い出や、みんなに生きていてほしいと思えたから動くことができた。それがなかったら今頃死んでいたと思う。だから…こっちこそありがとう。」
そして二人はお互いの顔を見て微笑みあった。
こんにちは。千藁田蛍です。骸宝戦記録襲撃編③いかがでしたでしょうか。次回以降も不定期となってしまいますが、乞うご期待ください。