骸宝戦記録 襲撃編②
オノグラムに世界の破滅を望み虐殺を行う組織、インプが侵略してきた。
ボークがウィロウたちと別れてから数分後、インプ構成員の血肉がこびりついた屋外通路でボークは軽く息を切らしながら一人の人物と戦っていた。通路中で事切れている構成員たちと違い、足首まである黒いローブを羽織りフードを深くかぶった男だけは蛇が内臓を潰すくらい体を叩きつけ、ボールの様に吹き飛ばされても何事もなかったかのように起き上がっているのだ。そのことに気づいたボークが建てた予想はたった今短剣で突き刺したローブが破けないことで確信に変わった。
「骸宝だな、そのローブ。」
ボークの言葉に男が胸部分のローブに手を当てて答える。
「ご名答。わが主から頂いたこのローブは衝撃が我に届く前に遮断しているのだ。」
「なるほど、衝撃の遮断か…しかしそんなことまで喋るとは、よっぽど口が軽いらしい。」
男が口を吊り上げて大声で話す。
「なぁに、喋らずにはいられない!例えあなたが命を懸けた攻撃も一切通らない!あなたが言った『そんなこと』があなたに絶望を与えると考えたらねぇ!!」
そして男はボークへと走り込み、剣を振りかざしながら饒舌に話す。
「ところでぇ…先ほどから聞こえる轟音、そして私を含めた骸宝持ちが複数人、生徒の皆様はご無事でしょうか。あなたはどう思いますぅ~?」
ニタニタと笑う男に対して、ボークが剣を躱し落ち着きながらも怒りを抑えた冷たい声で話す。
「どんなに敵が強大でも、彼らは抵抗するだろう。それでも死んでしまったなら、そいつの仇は俺がとる。だから俺の仕事は一刻も早くお前を葬ることだ。」
そしてボークが一瞬にして男との距離を詰め、相手が反応する前に足首に蹴りを入れる。相手の身体に傷こそつかないが体勢を崩し、その隙に蛇が男に向かって素早い速度で巨大な口を開け左半身に嚙みつく。
「チッ、こんなことで…」
男が苛立ちのせいか顔を歪め舌打ちをする。フードがかかってない顔の部分は傷がつくが、ほかの部分は今の噛みつきだけではダメージは入っていないようだ。しかしボークの狙いはその次の動作であった。無数の牙を持つ蛇の口が男を挟んだままゆっくりゆっくりと閉じていく。それに合わせて最初は普通だった男の顔が徐々に苦痛を感じ取れるようになる。
「どうやら、俺の予想は当たったようだな。」
と今では苦痛のあまり涙を浮かべ、悲鳴を漏らす男にボークが淡々と話しかける。
「お前がそのローブが衝撃を遮断すると言ったから、ゆっくりと潰していくみたいに衝撃以外ならお前を倒せる、と考えたわけだ。自分を倒せないなどと勘違いして話してしまったのが敗因だな。」
ボークの言葉をしっかりと聞き取ったかは分からないが、自身の死を感じ取ったであろう男は悲鳴をより一層強めた。
その頃襲撃前にウィロウたちと別れ、教室に戻っていたタングとメイ、そしてガインスは教室の中央で背中合わせに固まっていた。3階の窓から市場の方面から炎や黒煙が見え、床下からも揺れを感じる。恐らくすぐ近くまで敵が迫ってきているであろうこの状況なら、無理に移動せず教室に突入してきた敵を三人で倒したほうがいいと考えたのだ。
「しかし、天下のオノグラムもここまで攻め込まれるとは…敵さんはドラゴンにでも乗ってきたのか?」
冗談交じりに若干呆れたような声で話すタングに対してメイが落ち着いて返す。
「ここ最近は雨が続いていたから痕跡を薄めてオノグラムまで来るのは容易だろう。堀や壁は恐らく乗り越えたのか、トンネルでも掘ったのか、或いは破壊したのか。」
そんな中、深呼吸して落ち着こうとしているが明らかに動揺しているタングが言葉を発する。
「も、もしそんな…あの警備を破壊できる奴がいたとしたら、今頃ウィロウとフリーナは…」
「ガインス」
タングが冷静にしかしはっきりとした声で話す。
「それは今考えることじゃねぇ。今は自分たちの安全が最優先だ。」
「そうだ…そうだね。ありがとうタング。」
ガインスがタングのほうに目を向けて礼をしたその時、
「ごきげんよう諸君。」
と教室の入口から一人の老人が入ってきた。黒色のスーツを着て左腕に血肉がついた黒革の傘をかけ、長いあごひげのある顔が孫でも見ているかのように穏やかな表情の老人は無言で右側のポケットから拳銃を取出し発砲する。次々に飛んでくる銃弾をメイは長い刀身の刀で弾き、ガインスは情けない声を上げて机の下に潜ると同時にサイコロを振り、ガインスの背後の空間から現れた三つの銃口が老人に向けて銃弾を放つ。しかし老人は襲い掛かる弾を横に跳んで躱し、銃弾は床にめり込む。
「反撃するのか、面白いことを…」
老人がため息交じりに呟いたその瞬間、
「よくやった。ガインス。」
老人の左前に瞬間移動したタングが出現する。実際は骸宝の指輪による身体強化で一気に近づいたタングがあばらに向けて岩を砕くような速度で拳を叩きつける。しかし老人が
「あ、それ。」
と慣れた手つきで左手で傘を開いて受け止め、タングの拳は傘に傷をつける気配もなく威力を殺される。老人の傘は恐らく骸宝であろう。驚きのあまり目を見開くタングを見た老人は銃口をタングに向けて、勝ちを確信した表情をとる。そして老人はそれに気づくのが一瞬遅れた。
「頼むぞ、メイ。」
机に身を隠しながら近付いたメイが老人の銃を持つ右腕に一気に切りかかる。咄嗟に銃口がメイに向けられるが、それよりも早く腕に刀が振り下ろされる。普段は骸宝の能力で羽程度の重さしか感じない刀だが、能力を解除すれば体力自慢のタングさえ動かすのに苦労する重さになる。刀身が老人の叩き切り、右手首も斜めに切り落とす。教室の床に落ちていく右手と銃をどこか寂しそうに見る老人にタングとメイは追撃を仕掛けるため老人に接近する。ガインスも護身用の手斧を持ちつついつでも援護できるようにサイコロを構える。少なくとも2秒後には3人は右手を失った老人を撃破できる、はずだった。
「あ、それ。」
老人の傘の持ち手から先が一瞬歪み、黒く光るレイピアに変形した。老人の掛け声と同時にレイピアがタングの腹部を貫通する。そして一瞬にしてレイピアを引き抜きメイの右足を穿つ。老いた身体に加えて右手の欠損直後であるとは思えない動きに後方から見たガインスが驚愕し、さすがのタングとメイも動揺する。穏やかな老人の顔が醜い笑顔へと変わり、戦場を愉しむ鬼人と錯覚する気配が老人から溢れ出る。
「怯むな!!」
反射的にメイが叫び切りかかると同時にタングが攻撃へ移る。老人の霞んで見えるくらい早いレイピアをタングが避けてメイが弾き、その隙に老人へ攻撃を叩きこむ。しかし、骸宝が開いた傘に変形し老人の身体を守り、加えて傘とレイピアの状態に一瞬の判断で切り替えるため、メイとタングの攻撃のほとんどが防がれる。
「さすが若造ども!よく食らいつく!!」
老人の動きが更に速くなっていき余計にタング達の攻撃が届かず、逆に老人の猛攻が徐々に二人の衣服や皮膚を引き裂き、肉を抉る。武器と傘と拳のぶつかり合いで教室の床や壁はひび割れ近くの椅子や机が破壊される。そのような状況でメイやタングでさえも確実に迫る自分の死を覚悟した一方、ガインスは機会を伺っていた。
数メートル先で始まった死闘を前に、最初ガインスはただ固まっていた。普段ガインスは骸宝の能力上、狙撃や後方からの援護がメインだ。しかし目の前の戦いは自分のような生半可な介入を許さないほどの激闘だった。このまま闇雲にサイコロを振って弾丸を放っても漆黒の傘に弾かれるだろうし、最悪メイやタングに被弾するかもしれない。かといって何もしなければ2人は殺されてしまう。離れているガインスですらそう感じるほど老人の強さは異常だった。
「ど、どうしよう…」
戦闘を凝視しつつ一か八かで賽を投げるか、それとも廊下に出て助けを求めるか大真面目に考え始めたその時、老人がタングやメイの攻撃を一貫して黒色の開いた傘で防いでいることに気づく。加えて見れば見るほど老人の骸宝の能力が、骸宝自体が変化する点でウィロウの爪楊枝の能力に似ていることに気づく。記憶や考察が次々と溢れ出た結果、ガインスは一つの策に辿り着く。それは二人だけではなく自身の身まで危険に晒す行為だった。もし失敗したら、と緊張で体が震える。
「でも、もうこれしかない。」
短い期間ではあるが、ともに行動したメイやタングは失いたくない大切な仲間だ。このまま二人が殺されるくらいならやってみるしかない。そしてじっとタイミングをうかがっていたガインスはたサイコロをふるった。5発の銃弾がガインスの背後から老人に向けて発射される。メイとタングに当たる不安もあったがちゃんと老人は開いた傘で銃弾を止める。この瞬間がチャンスだ。ウィロウが爪楊枝の長さと太さを変更するように老人の骸宝はレイピアと傘を切り替えて攻防を行っている。これまでオノグラムで何度もウィロウの骸宝を見る機会があったが、爪楊枝の変更には一瞬ではあるが変形時間がある。そして老人も漆黒の傘からレイピアに戻るまで変形時間が存在する。故に骸宝がレイピアに変形し老人の視野が広がるその瞬間まで、ガインスが机を蹴って老人のほうへ飛び上がる時間を確保することができたのだ。
「若造めっ…!!」
ガインスを睨み老人が叫ぶ。近接戦はあまり得意ではなく、一昨年家に奇襲したインプの構成員に立ち向かった結果、今でも近接戦で緊張してしまう位ボコボコにされた。しかし、それを理由に止まることはできない。腹の底から叫び緊張と恐怖を押しのけたガインスが手斧をふるう。老人の右目に斧が吸い込まれるように直撃したその瞬間、これまでにないくらい素早い突きがガインスの腹部と右肩を貫く。ガインスの攻撃が止まり、次の瞬間にはガインスの心臓を貫こうとする。やられる、とガインスが目を閉じたその時、
「させるか…よっ!!」
攻撃が向けられなくなり、隙ができたタングが老人の左手に閃光の如くかかと落としを食らわせ、手から骸宝が落ちる。それと同時にメイが老人の胴に刀を振るう。スーツを紙でも切った刀の先端は勢いを止めることなく老人の胴を切断した。
タングたちと戦い、ガインスの策にはまりメイに切られた老人、ケレイは上半身がずり落ち、大理石でできた教室の床に落ちた事実を受け止めていた。そして走馬灯が目の前を流れた。貧民街で若い時から命を削る戦いを好み、近くの山奥で偶然拾った傘の骸宝で数え切れないほどの戦士を切り裂いてきた。そして髪が白くなり始めるほど時がたったある日、インプの頭であり隻眼で雪のように白い髪を持った、ディアスと名乗る青年と戦い、初めて負けた。そして
「私は人気者でね、私を殺しに来る歴戦の猛者たちと踊りあってほしい。」
と頼まれた。そこからケレイは飽きることなく戦士をたくさん殺し、幹部になっても殺しつくした。そして屍が転がった自身の道の果てに3人の少年少女が佇んでいた。そして人生を振り返ったケレイは目の前にいる命を削りあった3人への感謝、そして地獄で待っているであろう亡者たちともう一度殺し合うことの楽しさを胸に抱いて、ゆっくりと瞳を閉じた。
こんにちは、千藁田蛍です。骸宝戦記録襲撃編②、いかがでしたでしょうか。今回はボークとガインス、タング、メイが活躍しました。次回はウィロウとフリーナの戦闘の方に戻っていこうと思います。ご期待ください。