骸宝戦記録 学園編②
あらすじ:特殊な爪楊枝を使う少年、ウィロウは特殊な指輪を使うクラスメイト、タングに教員と戦闘を行う「実践」においてどちらが先に教員を倒すか勝負を仕掛けられる。そして今、「実践」が始まる。
太陽が少し傾き始めた午後、見上げるほどの大岩や人が身を隠せそうな窪みがある屋外訓練場に実践開始の空砲が響き渡った。指輪の能力を発揮したタングは複雑な地形を風のように通り過ぎ、そのすぐ後をウィロウとフリーナの人形が駆けていく。事前に建てた作戦では、ウィロウとタングが先に奇襲を行いある程度たったらフリーナたち三人が攻撃を行うことになった。フリーナの人形はウィロウたちの戦力の保険と万一の事態になった際、後方に緊急を伝える役だ。
「へっ、思ったより遅いじゃないかウィロウ。フリーナの人形におんぶしてもらったほうが早いんじゃないのか。」
と荒野を駆けながら骸宝の発動による痛みがあるはずなのに、余裕そうなタングが煽ってくる。少しイラッとして何か煽り返そうと考えたが、戦場のど真ん中において味方同士で煽りあうのは愚の骨頂だ。ウィロウはタングを軽く睨むだけに留めておいた。予想通りの反応が来たのかタングがウィロウに向けて舌を出した。しばらく走っているとタングの走りが速まる。同時に離れたところに一人の人が立っているのを見つけた。ウィロウ達からは背中を向けており誰だかわからないが、その人物は両手に何も持っておらずただ立っているだけだ。その光景にウィロウは違和感を覚える。
「相手は突っ立っているだけじゃねぇか。ずいぶんと余裕があるじゃねぇか。」
と言いながら今にも教員に攻撃を仕掛けようとするタングをウィロウが呼び止める。
「待て、タング!!」
突然呼び止められ、驚いたタングが止まる。
「んだよ、ウィロウ、急に呼び止めやがって。」
不機嫌そうにつぶやくタングにウィロウが話を続ける。
「一旦止まったほうがいい。相手の様子がおかしい。」
「おかしいって、背中向けて突っ立っている今が攻撃のチャンスじゃねぇか。」
「そこだよ。こっちがいつ攻撃してくるかわからない今、突っ立っているだけなのは考えにくい。絶対に何か…」
「確かにそうかもしれねぇが」
と若干苛立ちを含めた声でタングがウィロウの話を遮る。
「相手の策も、メイたちのことも、そしてお前との勝負も全部勝っちまえば関係ねぇ!!それくらいの力がこの指輪にあるからな!!」
狂気的な笑みを浮かべてそう言い終わると同時にタングは一瞬にして教員のもとへ駆けていった。
「ま、待てって…!!」
ウィロウも教員の動きを警戒しつつタングの後を追う。タングが距離を縮めるも教員は動かないままだ。あと少しで接触しそうになったその時、教員の近くの窪みから何かが飛び上がり、ウィロウたちのいる場所を巨大な影が覆った。ウィロウが真上を見ると自身の何倍もの大きさのある何かがこちらに落下してきている。
「避けろ!!」
とウィロウが反射的に叫びながら物体の落下範囲から逃れ、声を聞いたタングも同時に避ける。その直後に轟音を立てながら地面に激突したそれは巨大な蛇であった。大木に置き換えてやっと説明できるくらいの巨体と、砲弾のような鉛色の鱗を持つ蛇が生き物ではないことは光を反射しない琥珀色の眼を見れば明らかだ。おそらく相手の教員の骸宝だろう。やはり教員が棒立ちのままだったのはウィロウたちを油断させ、蛇で奇襲を行うためであったのだ。教員の近くまで来たことと奇襲を終えて振り返ったことで、実戦の相手であるその教員が明らかになる。濃い緑色の髪と全身に及ぶ古傷を持つ男性、ボークだ。ボークは近くにいたタングに向かって一気に詰め寄り、左手に構えた短剣を太ももに突き刺そうとするも、その瞬間にタングが短剣を持つ手に拳を当てて弾く。今度はタングがボークの顔面にもう一方の拳を打ち込もうとする。雷光のように早い拳を放ちタングは価値を確信したが、寸でのところでボークの厳しい鍛錬の跡がある片手で拳を鷲掴みにして、周囲の空気が揺らぐも肝心の拳は止められる。
「う、噓だろ。これを止めるのかよ!!」
予想外の出来事に困惑するタングにボークが淡々と答える。
「確かに、お前の体術は驚異的だ。だがお前はとりあえず攻撃をしようと焦っている。現に私が背を向けていた時も無策に突っ込んで来た。骸宝の影響で激痛が走るのはわかるが、そのようなままでは勝つことも難しいだろう。」
「ちっ、ふざけやがって!!」
と叫びタングが再び突っ込む。二人が一進一退の攻防をする中、ウィロウは鉛色の大蛇の相手もしていた。蛇はその巨体には似合わない速度で身体をウィロウに打ち付けてくる。連続する攻撃に回避が間に合わなくなる中、ウィロウは爪楊枝の太さだけを変更し、盾のように大きくして攻撃を受け止める。骸宝は原則破壊不可能であるため、ウィロウの爪楊枝は攻撃による激しい衝撃を受けても傷一つつかない。しかしそれは相手の蛇にも言えることだ。このまま蛇と埒が明かない戦いを続けるか、蛇を無視して骸宝の所有者であるボークを戦闘不能に追い込むべきか、ウィロウが考え始めたその時、ウィロウの目が絶望的な光景をとらえた。それはボークに首をつかまれ持ち上げられて、気を失ったタングの姿であった。
ウィロウの頭はこの時、タングの状態や先ほどの選択、勝負のことを考慮している暇はなかった。タングを連れて一度戦線を離脱するためにウィロウはボークへと向かった。
攻撃して隙を作るために爪楊枝を伸ばしてボークの首に叩き込もうとするが、タングの首をつかんでないほうの手でつかまれ爪楊枝の動きが止まる。
「くっ…!」
ウィロウが爪楊枝を動かそうと全身に力を込める中でもボークがウィロウに話しかける。
「太さや長さを大きくしたり小さくしたりできるお前の骸宝はシンプルかつ便利だ。だからこそその骸宝の攻撃は警戒したさ。」
ボークに武器を奪われ骸宝の蛇もウィロウに近づき、絶体絶命の状況だ。
「さて、早いこと降参す…」
といったボークの言葉が途中で途切れたのは、気を失っていたはずのタングが自信を掴み上げるボークの横腹を強く蹴ったからだ。思わぬ反撃にボークがふらつき、力が緩んだ隙にウィロウは爪楊枝の長さを縮めてタングに向かって叫ぶ。
「タング!いったん逃げるぞ!」
さすがのタングも今回は退却を決意し、ウィロウとともに蛇の猛攻を躱しながら撤退した。
何とか蛇の猛攻を逃れ2人は岩の陰に隠れた。タングは疲弊しているが指輪を外したことで体中の痛みが落ち着いたからか顔色は少し良くなった。
「そーいやウィロウ、フリーナの人形はどうした?」
普段よりも落ち込んだような声でタングが訪ねる。
「蛇とボークさんが見えた瞬間にフリーナたちの元に返したさ。あと少しすればみんな来るだろう。」
「そっか。」
そう答えたが逃げる過程でフリーナたちとの方向とは逆方向に逃げて来てしまったうえ、ボークたちが簡単に自分達の追跡をあきらめるわけがない。もう一回は戦うことになりそうだ。とウィロウが考えていると、
「ダメだな、俺って…」
とタングがぽつりとつぶやく。
「ボークさんが言っていたように、雑に攻め込んじまった。でも骸宝の副作用のせいだけじゃない…。教員に勝つことぐらいはできるだろう、って勝手に思っちまった…。昔から喧嘩も、鍛練も、くそ痛い骸宝を使うことも、何だって出来た。今回の勝負だって教員をお前より早く一人で倒せると思っていた。その結果がこれだ…。お前まで巻き込んじまって、ほんと俺って…」
悔しみと自責の念が混じったような声がタングの口から漏れ出す。
「確かにお前は単純だし自信過剰だし、ついでに喧嘩っ早いな。」
しばらくしてタングの言葉にウィロウが返す。
「…でも、お前が良く俺に話しかけてくれたおかげで、入学してからドタバタだけど楽しいよ。だからお前のその性格自体は嫌いじゃないな。」
面と向かってそんなことを言われて驚いたのか、タングの瞳孔が広がる
「それに俺だって勝負には乗り気だったから巻き込まれたとは思ってないよ。…とか言っているうちに望んでないほうが来ちまったみたいだな。」
二人がいる岩からまだ距離はあるがボークと骸宝である蛇がこちらに近づいてきている。このままではフリーナたちが来る前に必ず戦うことになるだろう。
「切り替えていくぞ、タング。どうせ戦うんだ。こっからでも相手に勝とう。」
ウィロウの言葉で再び活力を取り戻した。そしてさっきよりも成長した瞳になったタングが言葉を発する。
「おう、任せてくれ!!今度こそ確実に仕留めてやる!!」
タングのやる気が戻ってきて心強いが、ボークと骸宝である蛇をどう倒すべきだろう、と考える。
「ボークさんは持久戦を持ち掛けて、油断した瞬間に一気に勝負を決めてくるタイプだった。倒すなら一発で仕留めないと厳しいぜ。」
とタングが話す。
「確かに、でもあの人は俺のことを警戒しているし、お前のことも用心するだろうから一撃で仕留めるのはかなり厳しいな。それに蛇も厄介だ。ボークさんを仕留められなければどっちかはあの蛇と分断させられるだろう。」
ウィロウの発言にタングがより考え込んだ顔をする。
「そうだよな…大体フリーナやボークのように操れる骸宝って便利だよな。それこそ俺らの指輪やお前の爪楊枝が勝手に攻撃してくれたら助かるのになぁ。」
「んなこと言ってる場合かよ。まぁ俺の骸宝はいちいち自分の意思で小さくしないと大きくなったままだし、気持ちはわかる…」
その時ウィロウの頭にふとボークの発言、夢の声の発言、今の発言が思い起こされる。それらは徐々に結びついてあるアイデアが浮かぶ。もちろん失敗のリスクも大きいが、成功した時の効果も大きい。
「なぁ、タング…」
ウィロウがタングに自身の案を説明する。正直タングにとっては厳しい作戦であるため反対されると思ったが、
「なるほど…危険だがだがこれ以上の案は思い浮かばねぇ、いいぜ!その案載ってやるよ!」
と、承諾してくれた。タングに礼を言い、ウィロウたちは行動へと移った。
風が吹く中、荒野を歩いているボークと蛇の前に骸宝である指輪を身に着けた橙色の髪の男、タングが現れた。先ほどの戦闘でボロボロになりながらも、その時よりも落ち着いた瞳と気配を持っている。タングの成長を感じると同時にボークは巨大な蛇を彼に突撃させる。タングは蛇を直前まで引き付けた後、直前で蛇の頭よりも高く飛び、上空から蛇の頭を大地へと殴りつける。直後に長い胴体をしならせた攻撃がタングを襲うも、蹴りで威力を相殺する。激しい攻防によって轟音が響き砂が舞う中、ボークはタングの相手を蛇に任せ周囲を警戒する。タングと一緒にいたウィロウが見当たらないことを不審に思ったからだ。今は休んでいるのか、フリーナたちのもとへ移動したのか、はたまた攻撃を仕掛けてくるつもりなのか、と考えていると砂埃のせいで鮮明ではないが、少し離れた岩からウィロウの持つ爪楊枝の先端がはみ出しているのがボークの目に留まった。自身に奇襲を行うであろうウィロウを仕留めるべく、武器を構え岩の場所へ向かう。しかしボークがたどり着いたときそこにあったのは立てかけられた爪楊枝のみであった。ウィロウの意図に気づいたボークが急いで周囲の確認をしようとしたその瞬間、背後から武器を持ったほうの手首が抑えられて、首元に鋭利なものを突き付けられる。
「動かないでください、先生。」
冷静な声でウィロウはそう告げた。ウィロウが思いついた作戦、それは自身の骸宝を餌にボークをおびき寄せることだ。確かに自分の骸宝は勝手に動くことはできない。しかし夢の声が言っていたように骸宝はその場に置くことができる。加えてボークの発言から爪楊枝の攻撃を警戒していることも理解できる。そこでウィロウは長さを変更したままの爪楊枝を岩に立てかけて、それに気づいて近づいてきたボークに奇襲を仕掛けたのだ。この作戦は指輪が骸宝であるタングでは奇襲できないため、タングには必ずボークが来るよう蛇の足止めと、ウィロウが爪楊枝の場所にいないことを誤魔化すために砂埃と轟音でかく乱することを依頼したのだ。そして今、作戦は成功した。ボークの首に押し付けているのはそこらにあった鋭い岩だが身動きが取れない以上気づかれる心配もなく、タングが相手をしているので蛇がこちらに来ることはない。そして今度は望んでいた人物たちが来てくれた。タングのほうには蛇に刀を構えるメイとさいころを持つガインス、ウィロウのほうにはボークに短剣を突き付けるフリーナと人形が加勢に来てくれた。さすがにこの状況での打開は厳しかったのかボークがいつもの冷静な、でも少しうれしそうな声で告げた。
「ここまでのようだな…降参だ。」
こうして実践はウィロウたちの勝利で終わった。その後保健室でレインスがけがの処置などを行い、ウィロウたちは寮へ戻るため廊下を歩いていた。
「その…ウィロウ」
廊下を歩く途中、タングが少し恥ずかしそうにウィロウに話す。
「ありがとな、お前のおかげであそこで折れずに立ち向かうことができた。あと、メイたちも…来てくれて助かった。」
「礼を言うのはこっちのほうだ。俺一人じゃボークさんや骸宝の蛇を相手できなかった。お前が蛇の相手をしてくれたから何とかなったんだ。」
「私たちは何もできなかったからな。実践で勝利できたのはタングとウィロウのおかげだ。感謝する。」
タングの言葉にウィロウとメイが返す。
「ありがとな…」
とタングが照れくさそうに少し微笑む。
「…でもびっくりしたよ。」
しばらくしてガインスがそうつぶやく。
「だってつい昨日まで勝負、勝負って言い合ってた2人が協力していたんだもん。」
「「あっ」」
と二人とも声を上げる。今までどちらが先に教員を倒すのか、という勝負をしていたのをすっかり忘れていたのだ。二人とも勝者はウィロウだ、タングだとしばらく譲り合ってい、段々譲り合いがエスカレートしていく中
「…じゃあ、お互いが勝者ってことで引き分けってことでいいんじゃない?」
と人差し指を立ててフリーナが提案してみる。そして二人は微笑みながら
「引き分けか…それがいいんじゃないか。」
「確かに、じゃあ今回は引き分けってことで。」
と話した。こうして5人は暖かい夕日が差し込む廊下を仲良く歩いて行った。と思いきや、
「よーし、ウィロウ!!今度は寮につく速さで勝負しようぜ!もちろん今回は引き分けはなしだからな!」
「あぁ!いいぜ!昼間みたいにピンチになっても知らねぇぞ!!」
とウィロウとタングが廊下を小走りでかけていく。結局のところこれは変わらないのか、と少し呆れつつフリーナたちも小走りで二人を追いかけた。
その日の夜、オノグラムからかなり離れた村の広場に他所から来た大勢の人々が集まっていた。この村の本来の住民たちは広場に集まった者たちにより、血肉となってそこら中に転がっている。黒色のフードで顔を覆い、ローブを身に着けた人物が隻眼での手入れをしてない白色の髪を腰まで伸ばしたリーダーらしき人物に向けて何かをささやく。
「そうか、偵察隊は全滅か。もっとたくさんいないとな…」
そして白色の髪の人物は周囲の人々に向かいよく響く声で話す。
「お前たちに命ずる!オノグラムにでかい風穴を開けに行け!そうすれば破壊の刻まであとわずかだ!!」
その直後ヤギの角と矢が交差している―インプの紋章を身に着けた人々は大きく歓声を上げた。
こんにちは。千藁田 蛍です。骸宝戦記録学園編②いかがでしたでしょうか。実践が終わり物語としても一区切りついた感じです。さて、次回からはいよいよ虐殺を行う組織、インプとの対決です。果たしてウィロウたちはどうなってしまうでしょうか。また今回活躍が少なかったフリーナ、メイ、ガインスも活躍していく予定です。