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51 今更だけど今更なんです

「何うろついてんのよ。うっとおしい」


 土曜の朝、なぜか早起きをしてしまった貴文は、寝巻のスエット上下で家の中を所在なくうろうろしていた。


「だってさぁ」


 杉山家のリビングにあるテレビは、一応ニュース番組がつけられていた。誰かが集中してみているわけではないが、各自が勝手に朝ごはんを食べるので、時計代わりに点けられるといってもいいだろう。


「なによ」


 トーストをかじりながらぼんやりとテレビを見ていた姉は、映し出されたニュースを見て合点がいった。


「ああ、大学入試か」


 気のなさそうに姉はそうつぶやくと、カップスープ入れておいたスプーンをクルクル回し、それからずずっと音を立ててスープを飲んだ。


「そうなんだよ。義隆くん、あの名門大学受験するんだ」


 貴文は姉の隣にドカッと座った。弾みで少しソファーが揺れたが、姉は別段気にすることも無く目線だけを貴文に向け、カップをテーブルに置いた。


「あんたが心配する必要どこにあんの?」


 馬鹿じゃないの?とでも言っているような口調で言われ、貴文は手近なクッションを抱き抱えた。


「そーなんだけどー、義隆くん絵馬に『首席合格』って書いたんだよ。それにさぁ、俺が一緒にお参り行ったじゃん?俺のせいでケチが着いたとか、そんなことになったらどーしよー、とか……」


 グダグダ考え込んで、考えたところで答えは出ないから、まるで檻の中の動物のように家の中をウロウロしていたという訳だ。家の外に出てしまえば衝動的に試験会場に行ってしまいそうなのだ。まぁ、もっとも試験会場になっている大学に入れるわけは無いので、不審者扱いされるのがオチなのだが。


「メッセージでも送ればいいじゃない」


 姉はさも簡単だと言わんばかりに言う。


「だからさぁ、俺のせいで……」

「グダグダうるさいわねぇ、男なんだからちゃっちゃと送りなさいよ。『がんばれー』って、何も難しくないでしょ」


 そう言って貴文のポケットからスマホを取り出し、手に握られせる。


「ああ、うぅ」


 開かれた画面には義隆から届いた『試験に行ってきます』の文字があった。それを見て姉は盛大にため息をつく。


「あんたねぇ、返信ぐらいしなさいよ」


 さすがにこれはないと姉が貴文の頭を小突いた。


「する。する。します」


 そんなことを言っても貴文の指は画面の上で止まっている。


「だからー、行ってきます。への返信は行ってらっしゃいでしょうよ」


 再び姉の手が貴文の頭を小突く。


「もう1時間以上たってるのに?」

「うるさい。うるさい。うるさぁい。さっさと返事を送りなさい」


 三度目はかなりいい音を立てて小突かれた。


「ああ、送っちゃった……」


 小突かれた衝撃でうっかり送信ボタンを押してしまったらしく、貴文が慌てている。内容は『行ってらっしゃい。がんば』である。つまり、最後まで書ききっていなかったのだ。これでは年上の痛いおじさん感丸出しである。


「まぁ、いいんじゃない?」


 画面を覗き込みながら、姉は最後の一口のパンを頬張った。


「なんだよ。いつもは一之瀬様に失礼のないように。って言うくせに」


 貴文が非難がましい目を向けると、姉は済ました顔でしれっと言ってきた。


「返事をしない方が失礼だわ。それって既読スルーじゃないのよ」


 それは確かにそうなのだ。


「ほら、これ」


 姉は父親の席付近に置かれた新聞を取り貴文に渡した。分かりやすく言えば手を伸ばして新聞をとり、戻る時の反動で貴文に新聞を投げつけるように渡した。という表現が正しい。


「なに?」

「17ベージに試験の時間割が載ってんの」


 言われてなれない手つきで新聞をめくる。


「いまは……2時間目、か」


 つまり義隆はまさに会場に入ったタイミングでメッセージを送って来ていたことになる。受け取ってから貴文がグダグダと1時間も悩んでいたから、返事が届いたタイミングはおそらく2時間目の試験が開始されたぐらいのタイミングになってしまったようだ。


「うっわー、俺って空気読めないやつ」


 新聞を握りしめ、紙面に頭をぶつける貴文の頭を姉がまたもや小突いた。


「そんなの今更じゃないのよ。いいのよ。試験中はスマホに触ることなんてできないんだから」


 慰められたのか貶されたの分からないことを言われ、貴文は紙面から頭を上げた。


「そんなに心配なら試験終わるの待ってればいいじゃない。ほら、テレビ見て見なさいよ。結構待ってる親多いわよ」


 テレビを見れば、確かに試験会場前に厚手のコートを着込んだ親らしい人たちが並んでいる姿が映し出されていた。中にはアイドルのコンサートで見るようなうちわを握りしめた女の子の姿もあった。


「俺も行ってくる」


 立ち上がった貴文のスエットの裾を掴み、姉が貴文をソファーに戻す。


「まず朝ごはんを食べなさい。それから身支度をして行っても十分間に合うわ。それから、着いたらメッセージを送ってあげなさいよ」


 貴文はコクコクと頭をふって、姉が焼いたトーストを受け取るのだった。

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