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44 本人非公認の俺のオメガがかわいいかよ

「緊急抑制剤はここにある」


 義隆はズボンのポケットの中を確認した。注射器型の緊急抑制剤は、アルファ専用の効果が著しく高いものだ。オメガと違い自主的に発情することが無いアルファは、常にオメガのフェロモンに充てられることに注意が必要である。分かりやすく言えばフェロモンテロだ。意中のアルファを手に入れるため、オメガが自ら発情状態を作り出し、アルファの発情を誘発し自らの項を噛ませて番になろうとする行為だ。もしくは、その場にいる複数のアルファを発情状態にし場を混乱に陥らせる。

 そうならないためにアルファは常に自制を強いられる。すなわち緊急抑制剤の携帯だ。万が一の時は己で己を辞するためだ。

 つまり今、義隆はそのような状況下にいた。

 いや、自ら飛び込んだと言っていいだろう。


「貴文さんのフェロモンを、嗅がないために……コレを」


 義隆の手には黄色い耳栓があった。田中が義隆の雑念を追い払うために買ってきたものだ。本来はかすかに聞こえる貴文の寝息を遮断するために使用するはずだった。

 のに、なぜ?


「はぁ……私も、するのですか?」


 秘書の田中が盛大にため息をついた。それはそうだ。何故か田中も鼻に黄色い耳栓をする羽目になったのだから。


「当たり前だ。田中、お前もアルファなんだから、万が一にも貴文さんのフェロモンに充てられたらどうするんだ。いや、その前にお前が貴文さんのフェロモンを嗅ぐなんて許されない」


 義隆は鏡を見ながら慎重に自分の鼻に黄色い耳栓をし、それからマスクをした。これで貴文にバレることは無い。田中も仕方なく鼻に黄色い耳栓をし、マスクをして貴文の部屋の入口に立った。


「義隆様が何かおかしな動きをなされた場合。問答無用で押さえつけますので」

「ああ、そうしてくれ」


 覚悟を決めた義隆は、貴文の部屋のバスルームに行き、洗面器にポットのお湯を入れてタオルを熱いお湯で絞った。電子レンジで蒸しタオルを作る方法もあったし、ホテルのフロントに頼むことも出来たのだが、他人の手が触れたタオルで大切な貴文の肌を拭くわけにはいかないのだ。


「よし、これでいい」


 そうして寝室に戻り貴文を優しく起こした。


「貴文さん、朝です。おはようございます」


 軽く揺すられ、肩を叩かれた貴文は、ゆっくりと瞼を開けた。


(貴文さんの目覚めの1番の瞳に俺がっ)


 心の中でガッツポーズをした義隆だった。


「あ……おは、よう?」


 ぼんやりとした貴文の瞳はまだ熱を帯びていた。フェロモンの数値こそ低いが、立派に発情期中なのだと分かる瞳だ。義隆の喉が静かに鳴った。


「汗を沢山かきましたよね?体を拭きましょう」


 そう言って貴文の前にたくさんのタオルを出した。


「……うん?そう、だね。なんか、ベタつくかも」


 貴文はなんの躊躇いもなく自分でパジャマのボタンを外そうとした。だが、頭が上手く回っていないのか、指先が滑って上手く外すことが出来ない。


(そ、そんな。目の前で脱がれたりなんかしたら)


 慌てて義隆が止めた。


「お、俺がお手伝いしますから」

「そう?悪いね」


 そんなことを言われ義隆の心臓が一際大きく跳ねた。なぜなら貴文が、「脱がせて」と言わんばかりに自ら胸を義隆に向けてきたからだ。


「っぐぅ、だ、いじょ、うぶ、です」


 胸の動悸と鼻で息ができないせいで、口呼吸がものすごく荒くなり始めた義隆であったが、そこはマスクの中で大きな口を開け回避した。静かに大きくゆっくりとマスクの中で呼吸する。深呼吸の要領で行えば、心臓も落ち着きを取り戻してきた。


「寒くないですか?」


 何とか貴文のパジャマの上を脱がせた義隆が聞いてみた。


「え?大丈夫だよ。この部屋暖かいね」


 貴文は、義隆が用意したオメガ用の下着を着用していた。あの日、タキシードのセットと一緒に下着も一式用意した義隆は、さりげなくオメガ用の下着(上)を一緒に貴文に渡したのだ。何故ならば、あの倒れた日、貴文は店員に言われるままに胸につける男性用の下着も購入していたのだ。寒さ対策と言ってはいたが、まだそんなにポピュラーなものでは無い。

 下着に注意しながら貴文の体を拭いていく。


「熱くないですか?」


 脇の下を拭く時にそれとなく聞いてみた。


「ん?ちょっとくすぐったいかな?」


 半笑いしながら貴文が答えたので、義隆は内心ホッとしつつ手を動かした。そうして上半身を拭き終わったので下半身を拭こうと貴文を寝かせようとすると、さすがに貴文が慌てて止めに入った。


「あ、いや、下は……」

「でも、お尻は拭けませんよね?」


 そう言われればそうかもしれないけれど、普段自分で風呂に入っときには何となく洗っているのだから、何とかなる気がする。


「大丈夫だよ」


 そう言って貴文はパジャマの下を座ったまま脱ごうとした。だが、ここは病院ではない。大変寝心地のいいホテルのベッドだ。寝返りしやすい設計のベッドのスプリングがいい仕事をしすぎて、貴文はそのまま義隆の方に倒れこんだ。


「危ないです。貴文さん」


 支えた状態から、そのまま貴文の上半身をベッドに倒す。これがこんな状況でなければそのまま覆いかぶさりたいところだ。だが、入り口から田中がしっかりと監視している。


「ご、ごめん」


 貴文は天井を見たままで謝ったが、義隆は特に返事をせず、上から貴文を見ていた。


「え?怒ってるの?」


 下から見上げると、義隆はなかなか大きかった。ものすごくよく整った顔はなぜか無表情だったのだ。


「……は、いえ、怒ってなんかいません。パジャマのズボンは俺が脱がせますから」


 そう言って義隆はゆっくりと脱がせた。もちろん貴文だって協力はした。ほんの少し腰を浮かせたのだ。

 おかげですんなりと脱がせることができたが、やはりパジャマは下の方が若干湿っていた。それを貴文に知られるわけにはいかないので、義隆はすぐさまタオルを貴文の体に当てた。もちろん、一番見てはいけない箇所だ。


「う、わっ」


 見えていないところから、男として一番の急所に温かいものが触れたので、一瞬貴文の腰が揺れた。


「熱かったですか?」

「い、いや、そうじゃなくて」


 もじもじとする貴文をよそに、義隆はタオルを固定したままゆっくりとパンツの腰の部分に手をかけた。


「あ、いや、まっ……」


 貴文は慌てて義隆の手を止めようとしたが、無情にもパンツは膝まで一気に降りて行ってしまった。貴文にできたことは、股間に乗せられたタオルを握ることだけだった。


「…………」


 足首まで引き下ろし、片足ずつ優しく脱がせると、義隆は先ほど脱がせたパジャマの下にパンツを隠した。万が一にも貴文に見られるわけにはいかないのだ。なにしろ貴文は風邪をひいたわけではなく、ましてインフルエンザに(かか)ったわけでもないのだ。そう、貴文はオメガの発情期になったのだ。だから頭がぼーっとして体が熱いのだ。決して高熱におかされたわけではない。

 わかりやすく言えば発情してしまっているから、貴文の履いていた白いパンツは汚れていた。

 そう、汚れているのだ。前も後ろも。



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