38 自称平凡ベータです
「どっからどう見たっておじさんじゃん」
フォークの先のケーキから、目線をそちらに移動させると、唇を真一文字に引き結んだ男の子?が立っていた。
「はぁ、まぁ」
なんとも歯切れの悪い言葉しか出てこなかった。確かに貴文は彼から見たら立派なおじさんである。目の前にいる彼は、多分高校生ぐらいだろう。
「来年高校を卒業したら義隆様とお見合いをするのは僕だったのにっ」
悔しそうにそんなことを言われれば、それは確かに申し訳ない気持ちになってくる。着ているものは、貴文と同じようにタキシードであった。そして襟元を注意してよく見れば、肌の色に近いネックガードが巻かれていた。だから彼はきっとオメガで、一之瀬本家の跡取り息子の番候補なのだろう。
「ああ、うん。受験勉強の息抜きだって言ってたよ?」
正確にそう言っていたわけではないけれど、おおむねそんなところであっているだろう。貴文はそういって、さっきっから目の前でお預けをされているフォークの先にあるものを口に入れた。よくぞ重力に負けないでいてくれた。とねぎらいの気持ちは忘れない。
(うん、おいしい。さすがは一流ホテルのクオリティ)
口の中に広がるのは素晴らしい世界だった。みずみずしいシャインマスカットの果汁と甘みを抑えた生クリームに、きめの細やかなスポンジ。口の中でゆっくりと反芻をすれば、きちんと交じり合って最高の味わいになった。
貴文がもう一口味わおうとフォークを伸ばすと、なぜかその手を止められた。
「ちょちょちょちょっと」
がっしりとつかまれたので、仕方がなく相手の顔を見た。
「えっと、まだなんかあった?」
貴文にとっては千載一遇の大チャンスなのである。こんなにおいしいケーキ、次はもう来ないかもしれないのだ。なにしろ平凡なベータ家庭に生まれ育ったのだ、一つ上の姉は結婚しそうにもないし、地味婚というか会費制の結婚式が多すぎて、そこまで豪華な食事の出る披露宴に参加したことなどないのだ。もちろん、部屋で食べたサンドイッチもおいしかった。軽食はあちらの縦長のコック棒をかぶった人が立っているあたりのようなので、ケーキを食べ終わったら行ってみようと考える貴文なのであった。
「なんかって、なんかって、なんで僕を無視するんだよぉ」
アルコールは出ていないはずなのに、なんとも情緒不安定なものだ。もしかすると発情期が近いのかもしれない。
「君大丈夫?お腹が空いてるの?それとも疲れちゃった?」
床に座り込み半べそをかいているおそらくオメガの子に声をかける。
(俺ベータだから触っても大丈夫だよな?)
恐る恐る手を伸ばし、背中をさすってやる。
「そうじゃないでしょお、僕嫌味を言ってやったのにぃ」
ぽろぽろと涙を流すあたり、本当はいい子なのだろう。
「うんうん、頑張ったんだねぇ」
そう言って頭を撫でて、口の中にブッシュドノエルのチョコクリームの部分だけを入れてやった。
「うん、もぉ。甘いぃ」
文句を言いながらも飲み込んで、口を開けてきた。催促なのだと解釈して貴文はスポンジも合わせてフォークに乗せ、口の中に入れてやった。
「もおおぉ。韮崎の作るケーキはおいしいんだから、残したら承知しないんだからね」
よくわからない捨て台詞を残して去って行ってしまった。
注目を浴びたようで、あまりそんなでもなかったことに安堵した貴文は、椅子に座り直し続きを食べようとした。
「少しは俺のことも見てください。貴文さん」
今度は眉尻を下げ、困ったような顔をした義隆が目の前に座っていたのだった。




