35 わかっちゃいるけど疲れはたまる
「ああ、どうしよう」
貴文は目が覚めて愕然とした。スマホの目覚ましアラームに気が付かなくて、たった今義隆から届いたメッセージの着信音で目が覚めたのだ。年末進行で仕事が押せ押せなので、普段より疲れてはいた。だが、帰りの車でマッサージを受けているから体が軽くなって失念していたが、体はしっかり疲れていたらしい。
「とりあえず顔を洗おう」
ベッドから飛び降りて階段を一気に駆け下りた。
「貴文、朝からうるさいわよ」
背中から追いかけるように姉の声がした。だが、かまっている場合ではない。義隆のメッセージだと、あと一時間もしないうちに迎えに来てしまう。
「うわ、水冷たっ」
慌てていたからそのまま蛇口をひねって水を思いっきり顔にかけてしまった。もちろん洗顔フォームなんて使わない。アラサー独身ベータ男子何て所詮こんなものなのだ。だから彼女ができないのだと言われればそれまでなのだが、それでも顔を洗っているのだからそのあたりは褒めてほしいところだ。
「なあに、貴文。そんなに慌てて」
タオルで顔を拭いた後、今度は歯磨きを始めた貴文を、母親が不思議そうに見てきた。
「ひゃいへん、時間……がにゃい」
何とか口の中を爽やかなミントの香りにすると、ブラシで適当に髪を撫でつけた。
「なあに?出かけるの?」
コーヒーを飲んでいたらしい母親は、マグカップを持ったまま洗面所にやってきた。
「うん。そう。迎えが来るんだ」
寝癖がないか確認をしながら貴文は答えた。
「迎えって、あんた、まさか?」
母親の目が見開かれた。もはや杉山家において貴文の迎えと言えば、なのだ。
「うん、そう。クリスマス会に誘われててさ」
クリスマス会なんてかわいらしい言い方ではあるが、あの一之瀬家の催しである。昼から開催されるのは子どもの部で、夕方あたりから大人が参加し始めアルコールも提供される大人の部になるらしい。一応18時を境に未成年は退出させられるらしい。貴文は義隆に招待されるため、昼からの子どもの部に参加となる。アルコールが飲めないのは致し方がないが、一之瀬家のパーティーなので、食事に期待したいところだ。
「クリスマス会って、あんた、手ぶら?」
貴文を頭から足元まで見て母親はため息交じりに聞いてきた。
「何も持って行かないよ。てか、逆に何を持っていくんだよ。ホテルの一室を使って開催されるっていうのに、持ち込みなんかできるわけないじゃないか」
貴文がそんな風に言い返していると、二階から姉の慌てた声が響いた。
「貴文、車っ、車が来たわよっ」
姉の部屋から通りを走る車が見えたらしい。もはや毎日見ているから、車種もナンバーも覚えてしまった。
「うそっ、早いよ。俺まだパジャマ」
冬用寝巻のトレーナー上下を着たままの貴文は狼狽えたが、もはやどうにもならなかった。無情にもインターホンが鳴ってしまったのだ。父親が対応しているうちに手早くトイレを済ませ、スマホを片手に玄関に顔を出した。
「ごめん。寝坊した」
グレーの無地のトレーナー上下姿の貴文を見て、義隆は少し驚いた顔をした。
「だ、大丈夫です。着替えは用意してありますから」
相当衝撃的だったのか、義隆は貴文の手を無言でつないで車まで案内した。




