34 それには勇気がいるものだ
「ちょっと辛いからね」
暗くてよくわからなかったが、陽気な店主が「サービスね」なんていってチリパウダーを多めにかけてきたのだ。男二人だったから、何かの罰ゲームだとでも思われたのだろうか?なんにしても、辛い物を食べて体が温まるというのは真実ではなさそうだ。
「唇がピリピリしますね」
義隆は冷静に感想を述べた。そんな対応の仕方はさすがはアルファ様といった感じがする。
「うん。俺もそう」
二人でゆっくりと食べ、イルミネーションの中に隠されたハートの電球を探し、記念に写真を撮った。SNSをみたらそんな投稿写真が沢山あったが、さすがに名家の御曹司の顔をさらすわけにはいかないので、二人の手だけを映したものを投稿しておいた。投稿記念の品はスノードームのついたボールペンだった。少々重たくて使い辛そうだとは思ったが、今日の記念にそれぞれ一本ずつもらっておいた。
デザート代わりにフルーツ飴を食べたり、ノンアルコールの甘酒を飲んだりしながら大通りのイルミネーションを堪能した。秘書の田中が車を停めて待っていたのはホテルだった。一人でクリスマスディナーをノンアルコールで食べたというのだから、ある意味アルファのすごさを感じた。
「お土産にケーキが買ってありますから、本当はダメなんですが車内でお召し上がりください」
田中はとにかく口うるさいらしい。
車に乗り込む前にトイレに入ったら、なぜだか義隆は貴文が出てくるまで外で待っていた。貴文は首を傾げたが、田中から「礼儀ですので」というよくわからない解説を聞かされたのだった。
「外で食べたフルーツ飴もおいしかったけど、暖かい車内で食べるケーキは贅沢だねぇ」
義隆にしっかりとシートベルトを締められたものの、前に出てきたテーブルとの距離感がちょうどよかったため、普段よりリラックスして食べることができたのだった。そうして紅茶を飲んで余韻を堪能していた時、義隆が神妙な顔をして口を開いた。
「貴文さん、週末は何か予定がありますか?」
週末といえばクリスマスだ。クリスマスが週末ということは、正月も週末になるから、社会人は正月休みが短くなって嫌な気持ちになるものだ。
「とくにはないけど……セールになってる冬物を探そうかなぁ」
別に流行りのものを着たいとも思わないから、無難なデザインのものを年末セールで買うのがここ数年の貴文の定番だ。体型だってベータ男性として別段代わり映えのしないいわゆる中肉中背だ。たいていMサイズを買えば何とかなるし、Lサイズを買えばゆったりとした着心地になる。
「そ、それなら……うちのクリスマス会に来ませんか?」
もちろん、貴文が断れるはずもなく、黙って首を縦に振ったのだった。




