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26 姉は全てを知っている。かもしれない

「お帰り貴文。楽しそうね」


 そんな風に出迎えられては、無視して入るわけにもいかなかった。


「ただいま」


 言いながら目線で下駄箱に付いた鏡で自分の顔を確認する。思っていたよりは赤くはなっていなかった。脱いだ靴をそろえると、まだ父親も母親も帰ってきていないことが分かった。


「父さんと母さんなら出かけたわよ」


 姉が先回りして答えた。二人は帰ってきていないのではなく、出かけていた。それは貴文にとって驚きだった。今しがたポケットにしまったばかりのスマホを開いてみれば、家族間メッセージに通知が二件あった。


「やっぱり、見ていなかったのね」


 姉があきれたような声を出した。


「いや、寝ててさぁ」


 思わずそんな言い訳をしてしまってから、貴文はしまった。と思ったのだ。思ったのだが、もう遅かった。


「寝てた?」


 姉の片方の眉がピクリと動いた。

 貴文はそのままリビングに連れていかれ、ソファーに座らされた。一応家族団らん用に置かれたソファーである。まだ秋口だからコートは着てはいないが、車から降りるときにパーカーは羽織っていたので、とりあえず脱いでみた。


「ふぅん」


 ソファーに座った貴文を上から下までじっくりと見つめ、姉は意味深な顔をした。


「夕飯はとりあえずカレーが作ってあるの。御飯が炊けるまで時間はあるわ」


 そう言って姉は貴文の前にマグカップを置いた。中身は温かなココアだった。


「少し肌寒くなってきたじゃない?」


 そう言って、姉はどっかりと貴文の隣に腰を下ろした。


「な、なんで隣……」


 食事の時はダイニングテーブルで隣に座るけれど、それは食事をするという行為のためであって、こんな風にくつろぐために座るのとはわけが違う。子どものころならテレビから離れてみるため、何て言って隣同士に座ったりしたけれど、さすがに30と29の姉弟で隣同士に座ってくつろぐというのは少し違うのではないかと貴文は思うのだ。


「面と向かって話すせるほどメンタル強くないのよ」


 なんだか意味深なことを言われたような気がするが、温かなココアを口に含んでしまったことにより、姉の言葉は聞き取れなかった。そうして一息ついて、貴文は姉が話し出すのを待った。


「一之瀬様に送ってもらったんでしょ?」


 チラと横目で見れば、姉はココアの入ったマグカップを弄んでいた。まるでそうしないと間が持たないかのようだ。


「あ、うん」


 貴文が短く返事をすると、姉は小さくため息をついた。


「あのね。あんたが倒れて入院した日に来たのよ」

「誰が?」


 反射的に聞き返してしまったが、そんなこと言わなくてもわかっていることだった。


「誰って、あんたねぇ……一之瀬様に決まってるでしょ」


 ため息混じりに姉が言う。


「一之瀬様……って、その……」


 そこまで口にしてから貴文はスマホを見た。メッセージアプリに通知が来たからだ。そこには【義隆】の文字がデカデカと表示されていた。


「あ、えーっと、つまり、この人?」


 そのままスマホの画面を姉に向けた。メッセージの内容は表示されていないから大丈夫だろう。


「……って、あんた、ねぇ」


 姉は一瞬息をとめ、それから盛大に吐き出した。そうして呆れたような顔をして、口を開いた。


「そうよ。一之瀬義隆様よ。本人が直々に挨拶に来てくれたの」


 姉は手にしていたマグカッブから勢いよく残りのココアを飲み干した。そうして勢いよくテーブルにマグカッブを置くと、何故か貴文を睨みつけるようにして話し出した。

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