25 正々堂々とはしています
「すっかり寝ちゃってました」
自宅の前に着いたからと、義隆に優しく起こされて貴文は目を覚ました。ヨダレを垂らしているのではと念の為口元を手で拭いてみる。もちろん、貴文が垂らしたよだれは、起こす前に義隆が拭いている。
「お仕事でお疲れなんですね」
そう言いながら義隆がカバンを渡してきた。それを受け取りながら貴文ははたと気がついた。
「あ、そうだ。連絡先交換、連絡先交換してないですよね?今日みたいに残業した時とか、お知らせしておけば無駄にお待たせすることが無くなりますよね」
カバンの外ポケットからスマホを取り出しメッセージアプリを開いた。
「ええと、友だち登録のやり方は……」
そこまでは思いついたが、実際友だち登録の仕方が分からない貴文だった。だって社会人になって友だちの数が増えていないから。仕事関係で知り合った人と友だち登録なんてするわけがなかった。
「俺が操作しますね」
戸惑う貴文をよそに、義隆がパパパパと操作して、サックリ友だち登録が完了してしまった。
「ありがとうございます。ご連絡お待ちしていますね」
またもや下から覗き込むように義隆が言ってくるから、貴文は体が熱くなった。なんと言っても義隆は名家のアルファ様だ。顔面の破壊力が半端ない。
「っ、あ、いえ、こちらこそ。ありがとうございます」
思わず深深と頭を下げてしまう貴文だった。
「残業したのにいつもより早く家に着いた」
車を降り、玄関先まで義隆に送られて思わず呟いてしまった。
「これからはずっとこの時間ですよ」
義隆は笑ってそう言うと、貴文に向かって真面目な顔をしてきた。
「杉山さん、お願いがあります」
「はい、なんでしょう」
思わず貴文の喉がなる。
「貴文さん、と呼んでも?」
一瞬言われた意味が分からず、貴文は瞬きを繰り返した。もちろんちゃんと貴文の耳は義隆の声を拾っている。だがしかし、脳内処理が追いつかないのだ。平凡で普通のベータ家庭で生まれ育った貴文にとって、アルファは違う世界の人だった。そんな人に名前を、呼ばれる?
「ダメ、ですか?」
玄関先に立っている貴文が辛うじて目線が高くなっていた。その僅かな差で義隆が上目遣いをしているように見えた。
「あ、いや、そんなことは、ない。です」
貴文がそう返事をすると、途端に義隆が破顔するように笑った。
(だーかーらー、顔面の破壊力がヤバい)
内心身悶えながらも平常心を必死で装う。
「よかった。貴文さん、また明日」
「あ、はい。また明日」
耳まで赤くなっている気がしたが、それは遅れている夕焼けと、念入りにしてもらったマッサージで血行が良くなったせいだと自分に言い聞かせる貴文だった。義隆を乗せたワンボックスカーが角を曲がるまで見送って玄関に入る。内鍵をかけて振り返ると、そこにはにやけた顔をした姉が立っていた。




