23 お互い楽にしておきましょう
更衣室で私服に着替え、少し残業してしまったから待たせてしまったな。なんて考えていた貴文を、真也が突然違う方向に引っ張った。
「え?なに?」
スリーウェイ使いの通勤カバンは背中に背負った状態だから、グイグイ引っ張られても特に問題は無い。
「こっち、こっちなんだってさ」
真也が貴文を連れてきたのは普段あまり使われていない通用口だ。もちろんここにも改札のような勤怠システムが設置されている。名札をかざしてゲートを出ると、真也が階段を指さした。
「この階段を降りてくれって」
「へ?」
意味がわからず貴文は首を傾げた。明かりは点いているけれど、誰も使っていなさそうな階段だ。見た感じ非常階段にも見える。
「課長に言われたんだ。今日からはココを降りて地下の駐車場で、待ち合せてくれって」
主語が抜けてはいるが、誰となのかは言われなくても分かる。逆にその人の名前を口に出したくないのだろう。あの日父親に言われたことが思い出される。
「わかった。ありがとう」
貴文が礼を言うと、真也は少しほっとしたような顔をした。
(これって、俺のせいだよな。会社の人に迷惑って言うより、同期に迷惑かけてるよ)
貴文は真也に謝りたかったが、それよりも早く真也が立ち去ってしまったためにそれは出来なかった。仕方なく階段を降りていく。人気の無い階段に貴文の足音だけが響いた。
下まで降りると、そこは地下駐車場で、貴文のような平社員には縁のない車がずらりと並んでいた。どれも黒塗りの高級車であったが、一台だけ白いワンボックスが停まっていた。確か義隆の車は黒塗りの高級車だったはず。そんな曖昧な記憶を頼りに探そうとしたとき、手前の白いワンボックスのドアが静かに開いた。
「お疲れ様です。杉山さん」
ワンボックスから降りてきたのは私服姿の義隆であった。
「へ?」
探していたのとまるで違う車から降りてきたことで、少なからず貴文は驚いた。
「杉山さんのために買い換えたんです。仕事で疲れていますから、ゆっくりとくつろげるシートがいいですよね」
そう言って義隆は貴文をグイグイと車の中に押し込んだ。車内は広く、天井も高い。何よりシートが1人がけで、オットマンまで付いていた。
「まずは温かい飲み物をどうぞ」
出されたのは何やらいい香りのするお茶だった。庶民派ベータ家庭で育った貴文には分からないが、多分ハーブティーと言われる飲み物なのだろう。
「夕飯の前におやつを食べても怒られませんよね?」
今日出されたのはクッキーだった。香ばしい香りがお茶とよくあった。そうして程よく貴文がくつろいだ頃、義隆がシートを倒してきた。
「おつかれでしょう?マッサージしますね」




