15 送り狼ではないと誰が言った
「帰りだったら家まで送ってもいいだろう?」
朝と同じ車に乗って、またもやご丁寧にシートベルトまで締めてもらって、貴文はおとなしくシートに座っていた。正直言って行よりも帰りの方がありがたみが倍増している。なぜなら、疲れているからだ。しかも一週間ぶりの仕事だったから、よくはわからないが肩がやたらと凝った気がする。デスクワークだが、足もなんだかだるい。
「も、もちろん。むしろありがたい」
思わず本音が出てしまった貴文であった。
「そ、そうなのか……いや、そうですよね。久しぶりにお仕事をされたのですから、お疲れですよね」
そんなことを口にして、義隆がおもむろに貴文の手を握ってきた。そうしてやわやわと手のひらをもみだした。
「本当は肩を揉んであげたいのだけれど、この車ではそんなことは出来ないので、せめて手をマッサージさせてください。あ、温かいのも物もご用意してあるんですよ」
そう言って保温ポットを取り出して、ステンレスのマグカップに中身を注いだ。
「ここがテーブルになるんです。カップはここに乗りますから安心してください」
そんな説明をしつつ、義隆はマグカップを置き、シンプルなデザインで人気の量販店の洋菓子を出してきた。この菓子は貴文の好物で、特にキャラメル味がお気に入りだった。もちろん、義隆だって馬鹿じゃない。そんな露骨に貴文の好物だけを用意したりなんかしない。季節の味であるサツマイモ味と、定番のプレーン、そこからのキャラメル味というラインナップにした。さすがに三個は多いだろうと思われるかもしれないが、貴文は29歳の成人男性であるから、お腹が空いていたら食べられるかもしれないし、何なら一緒に義隆が食べてもいいのだ。なにしろ運転は田中がするのだから。
「わ、この秋の新作のサツマイモ味だ」
予想通りに新作に貴文が食いついたので、義隆はしめたと思った。
「店員さんに聞いたら、このサツマイモ味とキャラメル味を交互に食べるとはまるらしいです」
実際は、何に?という疑問しか生じなかったが、そうやって説明すれば自分の好みの味がだされても疑問には思わないだろう。
「へえ、俺キャラメル味が好きなんだよね。えっと、二個いっぺんに食べてもいいの?」
貴文が遠慮がちに聞いてきた。やはり一つ300円程するものを、一度に二つも食べるのは庶民なベータにはハードルが高いらしい。義隆のなじみの店ならこの倍ほどの値段で売られるような焼き菓子だ。可能なら食べさせてあげたいところだが、いきなり差し出すのも警戒されるだろう。そう考えて馴染みの味で警戒を解く作戦に出たのだ。
「どうぞ、杉山さんのために買ってきたんです」
義隆はそう言ってサツマイモ味とキャラメル味の両方の包みを開けた。
「飲み物はミルクティーです。どうぞ召し上がってください」
義隆がそう言って貴文の顔を覗き込んだ。
(うっ、顔面偏差値が高すぎる)
義隆の顔をまともに見てしまい、貴文の平凡値しか知らない心臓が跳ね上がる。性別云々いう前に、アルファである義隆の顔は美しすぎた。なんだかドキドキしながらミルクティーを一口飲んで、それから大好きなキャラメル味の焼き菓子を食べたのだった。