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オペラ探偵 毛利さくらの美学 第三話「ラ・ボエーム」 第四回

日本で唯一の市立オペラハウスである、桜園シティオペラハウス。

「ラ・ボエーム」終演後、将来の夢について語り合う4人の少女たち。

パリのボヘミアン達の上に降り注いだのと同じ月の光が、

無限に広がる4人の夢の上にも優しく降り注ぎます。

「ラ・ボエーム」終演後の小さなエピソードです。

桜園シティオペラハウス正面


叶えたい夢か。

理事長の言葉を思い返しながら、毛利さくらとシティオペラハウスの外に出る。理事長と一緒に車で帰ればいいのに、有沢と一緒に電車で帰る、と言って、ゴージャスな19世紀のお針子さんが隣にいる。一度ゴスロリ衣装の毛利と電車で一緒に帰って、乗客にサイン求められた事があったな。モデルか芸能人と間違われたみたいで。

「寒い」毛利が言う。「あったかいもの飲みたい。」

「スタバ入る?」と聞くと、首を横に振った。「それだと腰すえちゃう。缶コーヒーでいい。ちゃっと飲んで、ちゃっと帰ろう。」

「じゃあコンビニに寄るか」私が言うと、毛利は頷いて先に立った。「お腹もすいた。チョコレートパン食べたい。」


オペラハウスの前の階段の途中に2人で座って、缶コーヒー飲みながら5個入りのチョコレートパンを2人で分けた。ほろ苦さと甘さが口の中に広がるコラボレーションが絶妙。

「そういえばさ」私はふと、気になっていた疑問を口にした。「おじいさまの模写と、デュフィの本物と、どこで見分けたの?私には全然分からなかった。」

「ピンクの色が広がってる中に沢山お花が描かれてるでしょ?」毛利は飲みかけの缶コーヒーをマフの中に入れて握りしめている。マフが汚れるぞ。

「おじいちゃんの模写には、あの中に一輪、ちょっとだけオリジナルより濃く描かれてる花があったの。花の形もオリジナルとはちょっと違う。よく見ないと分からない程度なんだけどね」毛利は微笑んで、缶コーヒーを一口飲んだ。

「子供の頃、絵を指差しながら、これは何?って、描かれてるものをおじいちゃんに聞いたの。子供ってそういうこと、よくやるじゃん。これはチェロだよ、これはコントラバスだな、とか言ってくれて、その花を指差した時、『これはさくらだよ』って言ったんだ。『これはさくら。お前の花だよ』って。」

「いい話じゃん」チョコレートパンを口に放り込んで、私は言った。

「いい話でしょ」毛利が、手にしたチョコレートパンの端っこをかじりながら言った。「あの絵、またリビングに飾りたいな。」


「有沢」と、毛利が呟くように言った。

「何?」

「叶えたい夢って、ある?」

毛利も同じこと考えてたか。

「あるっていえばあるけど」私は唸るように言った。「それこそ夢物語だからなぁ。」

「聞きたい」毛利が言う。「有沢の夢。」

「‥毛利は夢があるの?」あまりに気恥ずかしくて言葉に詰まって、毛利にボールを投げ返す。

「いっぱいあり過ぎてわけわかんないなぁ」毛利は言う。「有沢とオペラ舞台一緒に作りたいし、やりたいオペラいっぱいあるし、桜園シティオペラハウスで海外公演やったりさ。有沢と一緒にスカラ座とか行きたい。」

「私が一緒じゃなくていいじゃん。飛行機あんまり得意じゃない。」

「有沢と一緒がいいの!」毛利が唇尖らせてると、「お二人さん、こんな所で何してるのおおお!」とでっかい声が階段の下から聞こえた。「香奈?小夜も?」

香奈は「うほほ〜」とか、よく分からない叫び声上げて階段駆け上がってくる。「お、いいもんみっけ!」と、私と毛利の間にあったチョコレートパンをつかみ上げた。

「こら、それは私のものだ!」毛利が立ち上がる。

「もう食っちゃったもーん」

「戻せコラ!」

じゃれあってる2人を見上げながら、階段を降りた。「香奈、酔っ払ってる?」

「飲んでるのもそうだけど、レセプションで、みんなの前で、幹代先生にベタ褒めされてさ。舞い上がってるの」小夜が呆れ顔で言う。

「ベタ褒め?」

「足怪我した女の子いたでしょ?結奈ちゃん。」

あの子をずっと背負ったまま、舞台上で合唱パートを歌い切った香奈の体力と、背負われた状態でしっかりソロを歌い切った結奈ちゃんの頑張り、突然の代役を演じ切った妹さんの演技、そしてもう一つ、香奈の決断を激賞されたのだそうだ。

「原作では元気のいい子供がおもちゃが欲しいって駄々をこねるソロなのよ。でもそれを、おんぶされている怪我した子供が歌うことで、逆境の中でささやかな幸せを望むミミ達ボヘミアンと、パリの子供の境遇が重なる演出になったって。幹代先生が、自分では思いつかなかった素敵な演出を、香奈ちゃんが舞台に取り込んでくれたって。ありがとうって。」

「そりゃ舞い上がるね。」

「月まで舞い上がりますよ。」

ほんとうだ、今夜の月も綺麗だなぁ。

「小夜は、香奈みたいに、学校の先生になるの?」って、月見ながら聞いたら、「いや、私はピアノで食っていく」と、さらっと言った。

「今回の伴奏で、マルチェッロさんが指導してる合唱団の伴奏ピアニストに来ないかって言ってもらえたんだ。安定収入確保しないとだから、ピアノ教室の看板かけて生徒さん募集したり、大手の音楽教室の講師の口探したり、色々大変だけどね。うちは実家にレッスン室がある分恵まれてるんだよ。そこに生徒さん呼べるから。」

すげえ、むっちゃリアルに、卒業後のライフプラン描いてるじゃん。

私の夢。私の夢かぁ。

毛利と香奈は、階段の上で、なぜかあっち向いてホイをやり出している。最後のチョコレートパンを巡って勝負してるのかな。その様子を見ながら、小夜がケラケラ笑っている。私たちの上には星が輝く冬の夜空が広がっていて、冴え冴えと冷たいけれど、澄み切った明るい月の光が私たちを照らしている。

綺麗だなぁ。まるでオペラの舞台みたいに綺麗だ。今から100年以上前、パリの空にもこんな風に月が輝いていて、若者たちが夢を語ってたのかなぁ。

「有沢、泣いてるの?」小夜が声をかけてきた。そんなわけない、私は、小夜や白川先輩みたいに心きれいな人じゃないのに。

毛利と香奈が階段から降りてくる。毛利が、私の頬に、マフから出した手のひらをあてて、流れる涙を拭ってくれた。なんて温かい手。

「毛利」私は言った。「私の夢はね」今なら涙の勢いを借りて言える。

「この桜園市で、音楽祭を開くことなの。」

言いながら恥ずかしくなって笑ってしまう。「ザルツブルク音楽祭や、バイロイト音楽祭、メルヴィッシュ湖上音楽祭みたいなさ。街中が何週間も音楽で一杯になるんだ。桜園市の色んな公民館やホールで、次々色んなコンサートやオペラが上演されて、街の公園でも野外コンサートが一杯あって。シティオペラハウスは毎週、週替わりでオペラをやる。世界中から一流の音楽家や声楽家も集まるし、地元や日本中の音楽家も集まる。クライマックスは、桜園スタジアムでの野外オペラ公演。」

「ヴェローナみたいな」毛利が呟く。

「そう。桜園スタジアムを満杯にして、全国、全世界からオペラ愛好家が集まってくる。そんな音楽祭を、この桜園市で、毎年開催する事ができたら。」

私たちの街が音楽に満たされる。あの野外コンサートの絵のように、街中で奏でられる音楽は、この街を鮮やかな音の色彩で染めるだろう。

「すげえ」香奈が言う。「野外オペラ公演は絶対児童合唱付きの演目にしてよ。児童合唱のあるオーケストラ曲の演奏会とかもあるといいな。マーラーの千人とかさ。」

「千人やっちゃったら野外オペラと張り合っちゃうじゃん」小夜が言う。「でも3番とかはいいかもね。オペラは『カルメン』とかかなぁ」

「桜園スタジアムでやるなら、『アイーダ』もいいかも。サッカーファンに馴染みもあるし。」

「弦楽アンサンブルもいいなぁ。桜園音大の講堂とか、レッスン場とかも会場にしてさ。」

何、こいつら。私のこんな夢物語に、なんで乗っかってくるのさ。こんな夢物語、実現するわけないじゃん。

「バッカじゃないの!」毛利が言い捨てた。香奈も小夜も、口をつぐむ。そりゃそうだ。本当に馬鹿みたいな、実現不可能なあり得ない夢。香りのない花の刺繍のように儚い夢だ。

「大手のスポンサー付けて、桜園市の政治家動かして、日本の音楽界の偉い人たちにもネゴして、世界中のプロモーター達に話つけて、スケジュール調整して出演交渉して」毛利さくらが言いながら階段を昇っていく。昇るにつれてどんどん声が大きくなる。そりゃそうだよな。「ラ・ボエーム」の出演者のスケジュール調整なんて比較にもならない。

「そんなバカバカしい夢」毛利は階段の上で振り返った。「こんなにバカバカしくって、こんなに最高にワクワクして、最高にキラキラして、こんなにガンガンに燃えてくる夢、実現できるのは」と、髪を結んでいた髪ゴムを左手で取った。サラサラの黒髪が月明かりの中にぱあっと広がる。

「この毛利さくら以外に、いないじゃないのよ!」



毛利さくらの家に行くと、リビングの暖炉(毛利さくらの家のリビングに暖炉がないはずはない)の上に、あの「野外コンサート」が飾ってある。毛利徳治23歳の時に製作された精巧な模写。華やかな色彩で、リビングの空気をぱあっと明るくしているこの絵を見るたびに、私の頭には、あの夜、月明かりを浴びて階段の上に仁王立ちになって私を見下ろした、19世紀末のパリのお針子風ゴシックロリータ衣装の毛利さくらの姿が浮かんでくる。「有沢みなみ、あなたを共同プロデューサーとして指名する!」と、偉そうに私に向けた左手の薬指に、私があげた髪ゴムが巻き付けてある。なんだか面映いような高揚感でその姿を思い出すたびに、私はその毛利さくらの姿に向かってこっそり囁きたくなるのだ。

毛利、薬指にそのゴム巻くのはやめてくれ。それじゃ結婚指輪みたいじゃないか。


(「ラ・ボエーム」 幕)

@onefiveのMOMOさん(森萌々穂さん)とGUMIさん(有友緒心さん)にインスパイアされた「オペラ探偵」のシリーズ、やっぱりラストは、@onefiveの四人全員が揃って欲しいなって思って、KANOさん(藤平華乃さん)とSOYOさん(吉田爽葉香さん)にもご登場いただきました。BGMはもちろん、@onefiveの名曲、「缶コーヒーとチョコレートパン」。

MOMOさんにゴスロリ衣装着せてみたい、という、最初の動機からどっぷりヲタ小説なんですが、自分なりの理想のオペラハウスの中で、大好きなオペラを題材に、昔から書きたかった、誰も悪い人がいない、誰も人が死なないミステリーを書く時間は、もう楽しくて楽しくて仕方ありませんでした。こんな至福の時間をくれたさくら学院と@onefiveにただただ感謝です。

「オペラ探偵」のシリーズはこれで一旦完結。続編の予定は全くありませんが、毛利さくらが、「私の話をもっと書きなさい!」と言ってきたりする未来がもしかしたら訪れたり…しないか。

ここまで読んで下さった方がいらっしゃったら本当に嬉しいです。皆様の毎日と、さくらの子達の日々が、笑顔と素敵な音楽に溢れていますように。ありがとうございました。

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