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オペラ探偵 毛利さくらの美学 第三話「ラ・ボエーム」 第一回

日本で唯一の市立オペラハウスである、桜園シティオペラハウス。

プッチーニの名作オペラ「ラ・ボエーム」の制作が進む中、

「オペラ探偵」こと毛利さくらの相棒、有沢みなみは、

仲間達の未来、進む道、そして、将来の夢について思いを巡らせます。

貧しい中で精一杯、輝かしい明日を夢見て生きた、パリのボヘミアン達のように…

そしてそのオペラの舞台上には、

そんな若者たちの夢のように美しい、一枚の絵が飾られているのです。

「ラ・ボエーム」の開幕です。

「ラ・ボエーム」 1幕幕切れ前


外は冷えるよ

側にいれば大丈夫

で…帰ってきたら?

もう、知りたがり屋さんね!


プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」の1幕から2幕への舞台転換ほど、オペラの魔法を見せてくれる瞬間はないと思う。貧しいボヘミアン達が住む侘しいモンマルトルの屋根裏部屋だった舞台が、1幕のラストの愛の二重唱が終わり、休憩が明けて再び幕が上がるといきなり、クリスマスでごった返すパリの雑踏に変貌しているのだ。ゼフィレッリが作り上げた有名なMETの舞台セットは、二階建ての立体的でリアルな造形とそこに溢れる人、人、人の群衆達で見るものを圧倒する。そのまま本当にパリに通じているのではと錯覚しそうなくらい舞台の奥の方まで通じた街並みから、次々に登場してくる人々、クリスマスの売り子達、駆け込んでくる子供達、兵隊の隊列。2幕の幕が上がった瞬間に客席から起こる拍手は、そんな舞台の魔法への賞賛の拍手だ。


桜園シティオペラハウスの「ラ・ボエーム」初日。この日に起きた「事件」を思い出すとき、いつも私の心には、1幕ラスト、舞台袖で2幕の準備をしていたあの瞬間の光景が浮かび上がってくる。我々舞台方は、ミミとロドルフォのイチャイチャラブラブの愛の二重唱を聴きながら、休憩中に始まる魔法のためにスタンバイしている。私の側には児童合唱指導の香奈がいて、棒のように突っ立っている小さな女の子をぎゅっと抱きしめて、その耳元に何か囁いている。私の目の先にある舞台上を満たすのは、照明装置が作り出した人工の月明かりだ。その幻の光の中に一際美しく浮かび上がっているのは、ボヘミアン達の暮らす屋根裏部屋に無造作に置かれた、鮮やかな色彩に溢れる美しい一枚の絵なのだ。



桜園市立美術館とシティオペラハウスのコラボ企画「ラ・ボエーム」


12月の桜園シティオペラハウス公演「ラ・ボエーム」に合わせて、桜園市立美術館では、企画展「モンマルトルのボヘミアン達」が開催される。国内有数の19世紀末パリ美術コレクションである毛利コレクションから、ユトリロ、ロートレック、ラウル・デュフィなどの佳作を展示。一部の作品は「ラ・ボエーム」が上演される桜園シティオペラハウスロビーにも展示される。

(桜園市報から抜粋)



桜園市立美術館展示室 児童合唱練


「さぁ、行進だぞ!」と香奈が声をかけると、子供達がキャーキャー甲高い声を上げながら、ピアノの奏でる行進曲に合わせて行進を始めた。市立美術館展示室の中に大きな円を作ってぐるぐる回り始める。先頭に立っているのは音楽大学附属高校の合唱部の有志だから、私より上背のあるのっそりしたお兄ちゃんとかも混じっているのだけど、小さい子は本当に小学校3年生くらい。行進の輪は時にぶつかったり走り出したり喚いたり笑ったり、まさに宇宙の根源のようなカオスの様相を呈し始める。「はい、そのまま、その場で足踏み!笛を吹いたらストップね!」

ちょっと意外なくらい、子供達は香奈の声に合わせてピタッと止まり、その場で足踏みを始めた。笑い声は止まらないけど、足踏みのリズムはピアノの音に合わせてキレイにそろっている。そして香奈が笛をリズムに合わせて吹き鳴らし、いちにのさん、のリズムを刻むと、足踏みは綺麗に揃って止まった。おお、と思わず拍手してしまう。

「みんな上手!少し休憩して、歌詞の復習だよ!」

香奈の声にあわせて、再び展示室はカオスになる。「毎回こんな感じ?」と聞くと、ピアノを弾いていた小夜が、「こんな感じ」と笑った。香奈がピアノのそばに駆け寄ってくる。「有沢、何しに来たの?」

「美術館と搬入搬出の打ち合わせだよ」私は言う。「展示品のある公演の、ロビーとの連携学ぶのにいい機会だから、行ってこいって磯谷先輩に言われて。」


今回の「ラ・ボエーム」のように、美術館所蔵の本格的な美術作品がロビーに展示される、というのはあまり聞かないけど、オペラハウスのロビーに色んなものが展示される、というのはない話ではない。作曲家の直筆楽譜のような資料的な価値のあるものや、初演時の衣装、舞台美術のミニチュアやラフスケッチなど。資料の価値や形態に応じて、ガラスケースに封入してしっかり照明を入れて展示する場合や、立ち入り禁止ロープで囲う、テーブルの上に並べて自由に触れるようにして、持ち帰りだけを防ぐ、などなど、対応もさまざま。ロビー周りは受付スタッフの領分で、我々舞台方は普段あまり関わらないのだけど、搬入搬出の段取りなど、無関係ではいられない。

‥ということで張り切って打ち合わせに同席したのだけど、受付担当の野津先輩がキビキビ説明してくれた、オペラハウス側の持っている展示ケースの仕様や数、展示場所や展示方法など、正直半分くらいしか理解できなかった。私って徹底的に舞台裏の人間なんだなぁ。


「ここを練習会場にできるのもありがたいよ」香奈が言う。「大学のレッスン室とか、広い場所は競争率高いからさ。」

「そもそもシティオペラハウスは桜園音楽大学の施設を自由には使えませんからね」と私が言うと、「有沢、もう公務員みたいなこと言うなぁ」と小夜が笑う。桜園音楽大学はシティオペラハウスと強い協力関係にはあるけれど、市立の施設と私立大学の間で線引きをしないといけない部分は結構あって、練習会場の提供、というのはその最たるものだ。大学の施設が空いていれば、あくまで有料でオペラハウスが使える。学内オペラ公演はその逆で、オペラハウスが空いていれば、有料で貸し出してくれる。多少の大口割引などの制度は利用できるとはいえ、馴れ合いはなし。


市立美術館の展示室は小さなコンサートも開催できるかなり広いフリースペースになっていて、グランドピアノも一台備えてある。今回の「ラ・ボエーム」は、美術館とのコラボのおかげで、展示室が空いている時は無料で使用できることになっていた。「ラ・ボエーム」の見せ場の一つである、2幕のパリの雑踏で登場する児童合唱の練習に、早速ここが活用されているという事情。


「明日のアンサンブル練習は小夜になったんだよね?」と私が言うと、「愛子先輩の都合つかなくなっちゃったんだよね」と言う。「有沢、練習スケジュール関わってるんだっけ?」と聞いてくる。

「私は関わってないけど、毛利がさ。」

昨夜もそれでかなり長文の愚痴メッセージが届いて、しょうがないからビデオチャットでガス抜きしてあげたんだよな。確かにオペラ一本の練習スケジュール管理ってのは制作方の一番の頭痛のタネだ。オーケストラ、ソリスト歌手、合唱、香奈のような合唱指導者、指揮者、副指揮者、演出家、そして小夜や愛子先輩のような練習ピアニスト、いわゆるコレペティトゥアに至るまで、総勢100人規模の出演者やスタッフの予定を確認し、練習計画を作成する。練習計画表をメールした直後に、ソリストから、「その日は別の予定入れちゃった」なんて連絡が来て計画の組み直し、なんてこともしょっちゅう。


「毛利が練習計画作ってるのって珍しいね」香奈が言う。「いつも広報とか渉外じゃん。」

確かにその通りで、大抵の公演での毛利の仕事は、チラシやパンフレット制作や地元企業などのスポンサー回りが中心だった。毛利さくらがにっこり微笑めば、パンフレットの広告ページがびっしり埋まる、というわけだね。

「今回の公演は理事長の意向が結構強いらしくてさ」私は言った。「大学の広報からスタッフ来てるらしくて、毛利の出番ないらしい。」

「香奈はちゃんとスケジュール提出した?」小夜が言う。

「したけどさ」香奈が言う。「こっちも結構大変なんだよねぇ。子供たちのお稽古ゴトのスケジュール埋まりまくってるからさ。」


小夜はピアノ科、香奈は声楽科で、私と同じ学年で何度か学内オペラで一緒になってる。小夜はコレペティとして、香奈は歌い手として参加。香奈はソリストも張ったことがあるかなりの実力者だ。今回のオペラハウスの本公演では、小夜がサブのコレペティと、香奈が児童合唱指導のアルバイトという形で参加していた。学生のうちから本公演のスタッフとして関わる経験ができるってのが、我が桜園音楽大学の最大のウリだ。とはいえ、

「香奈が教育実習入るのいつからだっけ?」小夜が言う。

「ボエーム終わったらすぐだよ」香奈が言う。「それの準備もしなきゃなんだよなぁ。」

「私は先月終わったから気楽」小夜が言う。「せっかく余裕あるからさ。今回は記念に合唱で参加するんだ。むっちゃ楽しみ〜」

2人とも教職取って、そのまま学校の先生になるのかなぁ。香奈は歌の実力だけじゃなくて、子供達の扱いがすごく上手で、それもあって合唱指導の大賀先輩から直に、今回の児童合唱のサポート依頼されてる。小夜が手伝ってくれているコレペティという仕事は、普通のソロのピアノとは全然違って、歌い手の呼吸や言葉のさばき方を敏感に聞き取れる感覚が求められる。どちらも確かに学校の先生に求められる大事なスキルだと思うけど、オペラの現場にも欠かせない能力なんだけどなぁ。

「さて、練習再開するぞ!こら、床に寝転がるんじゃない!」香奈が子供達の群れの中に突っ込んでいく。



「ラ・ボエーム」開演1ヶ月前、スターバックスコーヒー


「コラボ企画ねぇ」と毛利がパソコンに顔を埋めるようにして言う。シティオペラハウスの向かいにあるスタバで、毛利と2人でコーヒー飲みながら色々情報交換。オペラを見に行く時以外の普段の毛利は、意外とシンプルなファッションが好きだったりする。今日も、黒のプリーツスカートに白い水玉模様入りの黒のブラウスというモノトーンの装い。ゴスロリ衣装はオペラを見る時のハレの雰囲気を演出するもので、普段から身につけてしまうと特別感がないのだそうだ。でも、こういう普通のファッションでも、なんとなく周囲から浮き上がって見える華やかなオーラが出てしまうみたいで、さっきから店内のお客様やスタッフがチラチラこっちをうかがっている気配がする。モデルさんかなぁ、とか囁いてるんだろう。

「面白いのは、展示される絵と同じ絵が1幕と4幕のロドルフォ達の部屋に置いてあるっていう仕掛けなんだよ」私が言うと、毛利はパソコンから顔を上げた。「どんな絵?」

「すごく綺麗な絵だったな。花畑の中でオーケストラが演奏しててさ。」

「『野外コンサート』」毛利が呟く。「ラウル・デュフィだね。青とピンクが綺麗だったでしょ。」

「そう」私は言う。「毛利の家にあった?」

毛利が頷く。「リビングに飾られてたよ。ピンクの色の中に花がいっぱい描かれていて、その中の一輪が特にお気に入りでした。美術館に寄贈したのは私が中学に入った頃かな。」

今回の展覧会で展示される美術品は、毛利のおじいさま、桜園音楽大学の先代理事長がお父様から受け継いだコレクションが中心になっている。既に市立美術館に寄贈されているとはいえ、今回のコラボ企画に理事長の意向が強く反映されているのもその辺りが理由だろう。

「美術館に移されてからは見てないなぁ。毛利コレクションって常設展示されてないからね。前回の企画展の時はロートレックが中心だったから、デュフィが展示されるのって、ひょっとしたら初めてかもしれない」パソコンの画面のエクセルを眺めながら、「オケリハどこでやるんだっけ?」と聞いてくる。

「美術館の展示室」私は答える。「でも面白い演出だと思わない?展示されている絵を描いた19世紀末の実在の画家と、オペラの中のマルチェッロが重なって見えることで、ボエームに出てくる若者達がすごくリアルに感じられる気がする。もちろん舞台用の複製なんだけどさ。綺麗な色彩がなんとなく目に焼き付いて、ロビーに出てくると、それと同じものが展示されてるっていうのが素敵じゃん。」

「なんか悔しいな」毛利がアイスコーヒーに手を伸ばしながら言う。「金もあって権力もあって知恵もある大人の力業って感じがする。」

「自分の親に向かって言うセリフですか」私は呆れて言う。

「ママは昔舞台演出家目指してたのよ」ストローから唇離して言う。「おじいちゃんも画家目指してたことあるって言うし、我が家はみんなそういう寄り道してから、結局は家業を継ぐの。」

言葉の中に自嘲のような響き感じる。毛利は時々、自分の家庭に対してこういう斜に構えた姿勢を見せることがある。「毛利は、オペラ制作の道に進みたいんでしょ?」

「私は一人娘だからなぁ」と、パソコンの画面をぼんやり眺めている。「若いうちは好きなことやれても、結局は、婿養子取って、家継げって言われるかもなぁ。」

香奈と小夜に会った時といい、最近、自分達の将来について考えることが多いなぁ。私は私で夢があるんだけど、毛利に言ったら爆笑されそうなぐらい実現可能性の低い夢なんだよな。表舞台で輝いてる毛利の方がよっぽどリアルな将来像見てる気がする。

「ショナールのオッさん、いつになったらスケジュール出してくんだよ!」綺麗な唇から聞くに堪えない悪態が続く。こっちをチラチラ見ている窓辺の男子高校生には聞かせられないなぁ。



「ラ・ボエーム」開演3日前 桜園オペラハウスロビー


ロビーに設置されたガラスケースの前に、ビジネススーツの美人が腕組みして立っている。「白川先輩」と声かけると、こっちに振り返って笑顔になった。「搬入口の駐車券、千葉さんから預かってきました。」

「磯谷今日来てる?」と聞かれて、「来てますよ」と答える。「今仕込みの仕上げ中だけど、30分くらいで休憩入ると思います。」

「じゃ、久しぶりに顔見に行くか」と笑顔。以前磯谷先輩が見せてくれた舞台写真の笑顔思い出した。白川先輩は磯谷先輩と同期で、声楽科で頑張ってた立派な声のアルト歌手だったそうだ。「蝶々夫人」のスズキとか、「イル・トロヴァトーレ」のアズチェーナとかの老け役専門だったけど、最近実年齢と外見がやっと近づいてきた、って磯谷先輩が言ってたな。

「やっぱりちょっと無理して展示ケース持ち込んでよかったわ。配置が楽だし、何より安心」白川先輩が言う。「ここにデュフィがいいかもね。天井が高くなってるから解放感があっていい。あっちの天井の低い場所にはロートレックがいいでしょう。ユトリロとモリゾはどうしようかな。」

「白ミキが美術館員になるとは思ってなかったねぇ」と、磯谷先輩が言っていたのを思い出す。「在学中から美術に興味あるとは思ってたけどさ。学芸員とかじゃなくて、事務職らしいけど、好きな絵の側にいたいって、なかなかない転身だよねぇ。」

「白川先輩は絵がお好きなんですね」って声をかけると、「好きなんだよねぇ」と、手元の図版を見ながら言う。「19世紀美術が一番好きでさ。オペラも同じ時期に発達したから、共通してると言えばそうなんだけど、まぁ大学で勉強したことはほとんど関係ないことばっかりだな」と笑う。

「学内オペラとか、役に立ってないですか?」と聞いたら、私の顔をじっと見つめた。「関係なかったから役に立ってないかっていうと、それは違うと思うな」と言う。

「どんなことでも、一つのものを作り上げるプロセスとか、その成果をどう評価して、次につなげるか、とか、全部一緒だからね。便利な道具みたいなもんよ。お箸って、色んなお料理に使えるじゃん。洋食でも和食でも、お箸が一膳あれば食べられる。そういう道具を身につけるのに、役に立たないことなんかない。どんなに寄り道に見えてもね。」

「ハサミとかの道具を身につけるみたいな」私が言う。

「そうそう。『磯谷とハサミは使いよう』」白川先輩が言う。

「磯谷先輩に伝えておきます。」



「ラ•ボエーム」初日 開演前 桜園シティオペラハウス前


「今日のテーマは?」ため息混じりに聞くと、「普通に19世紀末パリかな」と毛利が言う。「ベルエポックのS字型シルエットはちょっと大人っぽ過ぎるかなって。でも本当迷うよね。19世紀末パリのファッションどれも最高だからさ。」

ということで、「ラ・ボエーム」初日の毛利の衣装は、シルエット自体は割とシンプルな鮮やかな青を基調にしたワンピース。でもヒロインのミミが、ロドルフォからボンネットをプレゼントされる、という大事なエピソードはしっかり取り入れて、額の上に大きく張り出した薄いピンクのフリル付きボンネットでガツンとゴージャス感を出している。ワンピースの上に羽織ったボレロは鮮やかなブルーで、アールデコ風に単純化された草花の刺繍が銀糸で綴られていて、縁取りのフワフワの白い毛が暖かそうだ。ワンピースの方もただのワンピースではない。世紀末パリを彩った様々な可愛い意匠が、クラシックなデザインのフレームに収まって幾つも並んでいて、よく見ると華やかな色彩のルドンやルノワール、モネやデュフィ、シャガールなどの19世紀末絵画のモチーフも散りばめられている。全体の図柄が華やかな分、襟元はシンプルな白のレースにブラウンの細いリボン、ベルトもシンプルなブラウンでキュッとまとめて、白のタイツと赤い編み紐付きのパンプスが足元を引き締めている。そしてブラウスの袖口と手を包むのは、柔らかそうな真っ白いマフ。これも最終幕、ミミがプレゼントされるマフへのリスペクトだな。


「今日は客席から見るから、あんまりシルエットが膨らんじゃうのは避けたんだ」と毛利が言うから、「珍しいね」と言った。初日は桟敷席で見る、というのが毛利の基本なのに。

「桟敷席はママが使うって」毛利が言う。ママって、理事長か。ますます珍しいじゃん。桜園音楽大学理事長、毛利華江が、学校外のイベントに顔を出すなんて、あんまり聞いたことがない。

「デュフィの絵が出展されるんだから、行きたいって言い出してさ」毛利が言う。「理事長が客席で、理事長の娘が桟敷席ってわけにはいかんでしょう。」

「一緒に見ればいいのに」と言うと、ちょっとそっぽ向いて、「やなこった」と呟いた。あんまり人の親子関係に首突っ込まない方が良さそうだ。話を変えよう。「2幕の舞台セット、期待しててね。METまでは行かないけど、かなり頑張ってるからさ。」

「うっす」と笑顔。「無事を祈る。」

でも、今回も毛利の祈りは届かなかった。

今回のキーを握るのは、ラウル・デュフィの「野外コンサート」という絵ですが、実際にはデュフィの作品に「野外コンサート」という絵はありません。ただ、明るい風景画や、音楽をそのまま色彩にしたようなコンサートの絵を描いたデュフィなら、「野外コンサート」という絵があってもおかしくないな、と思って、創作してみました。

その絵を持ち込む美術館の事務員さん、白川先輩のモデルは、磯谷先輩のモデルの磯野莉音さん(2015年度さくら学院卒業生)と同じ学年だった、白井沙樹さんです。さくら学院在学中からOLさん呼ばわりされていたしっかり者の白井さんですし、新潟観光親善大使も務めた発信力と知性がこの役にピッタリ、と思って、勝手にキャスティングさせていただきました。大体妄想小説ですから、キャスティングは自由なんですけど、さくら学院の生徒さん達は皆さん個性が際立っているので、キャスティングした瞬間からどんどん勝手に動いてくれるのが本当に楽しかったです。@onefiveのKANOさんやSOYOさんも今回出演していただきました。

毛利さくらの願い空しく、舞台上で起こってしまった事故。舞台スタッフや出演者たちは、その事故をどうやって乗り越えるのか。そして、オペラ探偵毛利さくらは、この舞台裏で何かが進行していることを見抜きます。今回は4回連載。次回をお楽しみに。

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