だらしない
俺はどちらかというと潔癖症。
部屋は常日頃から片付けては、最小限のモノしか置かない。
しかし、会社でPCを触ることが多いので、PCもあればそれに関する本がずらり本棚に並んでいんるだけ。
洋室8畳と仕切りのドア付近では洋室4畳ーお風呂トイレも含むーであるごくごく普通のアパート。
そんな俺は潔癖症が故に、スーツもネクタイも髪型さへきっちりしていた。
そう、入社当初は。
今は入って4年になるが、髪の毛ボサボサネクタイも斜めになりながらも出社する毎日。
一応メガネも忘れない。
ベルトもゆるゆる。
よし完璧だ。
今日も『だらしない中杉』の出来上がりだ。
出社すると、同僚の鈴木から、
「おーい、だらしない中杉くーん、今日も格好がだらしないですよ~♪」
と、肩を組んでは、
「はーいみなさ~ん、今日も『だらしない中杉』君の登場でーす!」
と俺に体重を乗せては、みんなに言いふらす。
周りも『やだ、また』『ホント、だらしなーい』と女性からはクスクスと言われる始末。
席も言わずもがな隅っこだ。
そして、上司からは、
「おい、中杉!いつになったらその『だらしない』ままでおる気だ?だいたいーーー」
いつものお決まりのセリフ。
それからは言いたい放題ぶち撒けてくる。
俺はただ、
「……すみません」
ペコペコする。
そして、仕事は難しい仕事押し付けられる。
失敗してはまた怒鳴られお決まりごとセリフを聞かされる。
はぁ。
いつになれば、この状況をだっせるのやら。
ため息が漏れる。
残業もして、9時過ぎには家に帰る。
本当はこんなはずではなかったのに、いつからだろう。
ふと、ある事を思い出す。
ーーー
そうあれは入社して半年以上たったある日。
鈴木とその取り巻きが、俺を睨んでは『いい子ちゃんのフリしやがって何様のつもりだよ』と小声で言われる始末。
そんなある日、鈴木から絡まれることとなる。
「おい、お前さいつまでいい子ちゃんのフリしてるわけ?俺の実績取らないでくんない?」
と、わざとらしく大声で嘘をつく。
皆の前で肩を組み小声で、
「逆らうとちょーと痛い目見せるから合わせろよ」
と言い放ち、鈴木は親指で取り巻きを指す。
そんな事許されるはずかない。
「なっ……」
言葉を発しようとしたら鈴木が、
「そのプレゼンも俺が作ってあげたやつだろ?感謝しろよな!」
と、軽く首をしめられる。
苦しい。
そこで取り巻きが近づいては俺のプレゼン資料を取っては、
「そうそう、鈴木さんに見せてもらったやつそのまんまっすね。」
「えっ中杉さん、もらってたの?そんな怖い人だとは思わなかったですー」
と、口々に言う。
まるで、裏で合わせたかのように。
他の社員からも、
『えっ嘘、ほんとに?』『マジないわ』など、コソコソ隣同士で確かめ合う。
それを聞いていた上司は、
「鈴木、それは本当かね?」
すると俺と上司の間に立っては、
「はい、本当です。入社して間もなく脅されてもう限界なんです!」
と、流れてもいない涙を俯きながら拭き取るフリまでして必死さをアピールする。
「ちが……」
俺が言おうとすると、
「中杉はだまっていろ!私は鈴木に聞いているのだ!」
と、まくし立てられる。
それからは、鈴木のあることないことを自分がいいように振る舞う。
上司はカンカンに怒りだし、矛先は俺へと移される。
それからと言いもの何をやっても、『違う』だの『こんなものしか作れないのか』とどやされる日々。
そして、鈴木はどれだけ俺が"だらしない"のかを耳にたこができるほど社員に言い回る。
俺は他の社員にも信用してくれなくなり、あげくには俺が反発すればするほど周りからの評価は下がり、いつしか誰も聞こうともしなかった。
俺の周りに味方がいなくなった頃合いを見計らっては鈴木からまた一言。
「ダサくして来い」
俺は力つきていて、ダサく出社するように。
ーーー
そして今となっては、家について普段本などで勉強していたはずが、手をのばすこともままならない状態に。
ケータイをいじる。
普段はニュースや天気予報を見るのだか、そんな気分にはなれず。
You Tubeをここ数年たまに見るように。
すると、広告で『あなたの人生変えてみませんか?』と言う広告を見る。
スキルアップやどう毎日をどう過ごせば効率よく進めると思いますか?
との、質問。
現実から逆らわない、そのまま流されるだけでいい。
俺はそう思っていた。
しかし、広告では違った。
『環境を変える。
そうすれば新たな自分が見つかる』、と。
環境はもう修復不可能だ。
どう変えれば、いいんだよ!
俺は憤慨した。
気分が良くない。
普段は呑まないが、外に出て呑むことにした。
どこにでもある居酒屋。
今日は少し混んでいる。
俺は、カウンターの席でウイスキーを呑む。
もちろん、水割りだ。
つまみを頼もうと、左手を上げようとすると隣の人と肩をぶつけた。
「すいません」
と左の人を見るとどこかで見たような。
酒がまわっているのか、と思ったがそうでもないようだ。
左の女性が、
「もしかして、どこかで会いましたか?」
と問われた。
もう一人連れの女性が、
「何?ナンパしてんのよ」
ケラケラ笑っている。
こちらの女性の方が、酔っていそうだ。
「そんなんじゃないよ!もうからかわないで!」
と左隣の女性が言うと向き直り、
「すみません、勘違いでしょうか?」
と聞かれ、
「俺もどこかであった気はするんですが……どこでしたでしょうか?」
二人で顔をしかめては考える。
俺は俯いて、彼女は頬杖をついて。
すると、メガネが緩かったのであろう、カウンターに落ちていく。
俺はすかさず、メガネを着けようとすると、
「もしかして、中杉君?」
と女性の方から、名前を言われて少しドキッとしたがそれでも俺はわからなかった。
しかしながら、女性は俺の顔を凝視してますます喜々として、
「やっぱり、中杉君じゃん!私のこと覚えてる?山田文恵だよ!」
と言われて俺は思い出す。
「えっ!山田さん?大学が一緒だったPCサークルの?」
と、俺は問う。
彼女はこくりと頷き、
「そうだよ!いい女になったでしょ?」
とにやけながら、こちらを見る。
確かに山田さんは化粧も覚えたのか、大学とは違う色っぽさが増して、髪の毛もキレイにセットされていた。
大人の女性と化していた。
「いや、気づかなかったよ。大人になったね」
「何言ってるの!お互い大人でしょ?」
と突っ込まれる。
お互い笑い合って、大学の話で盛り上がる。
山田さんの連れの女性は酔いつぶれ寝混んでいた。
そして、話題も学生時代から逸れては、俺にとっては聞かれたくないことを問われる。
「なんで、メガネとかしてるの?それに髪の毛ボサボサ。あんなにサークル内での潔癖男がどうしたの?」
と。
俺は考えた末に、アルコールでの勢いのまま今までのことを話した。
山田さんは、自分のことのように憤慨した。
「何それ?ただの出来損ないに振り回される必要ないよ中杉君!上司も上司じゃん!あー腹立つ。あっ、すみませんハイボール下さい!」
そう言ってはハイボールをまるで水を飲むかのように、二口ほど呑むと、
「ねぇ、もし中杉君が良ければさ、うちの会社に来ない?中途採用してるんだけど、なかなかいい人いなくてさ。中杉君なら大学でPCでの研究熱心なの知ってるし……どうかな?」
と、ガンと音を鳴らすようにハイボールのグラスを置く。
俺はどうしようかと考える。
頑固な意味面もある俺は、一度その会社に務めたらそこで全うしたいと言う気持ちがあるからだ。
だが、山田さんに頭を下げられて、
「どうしても必要なのよ!大事なプレゼンで失敗したら会社としても大ダメージなんだ。できる人なんて早々いないの。お願い!」
と言われては断りようにない。
しかし、大事なプレゼン。
俺はできるのか心配になる。
そして何より、『本当の俺』を知っている山田さんからの頼み。
失敗などしたら、彼女の顔に泥を塗る。
『考えさせて』と、一応連絡先を交換しこの場はお開き。
ーーー
翌日、出社すると俺の席がない。
上司に聞くと、
「お前は資料整理にまわす。どうせまともに仕事ができないんだから有り難く思え」
そう言われ、俺は『この会社に何故しがみついてるのか?』それが頭によぎる。
こんなみすぼらしい格好までして、手柄を全て鈴木に渡してなんになるのだろう。
今まで縛り付けていた頑固な考えが弾け飛んだ気がした。
気持ちが明るく照らされていく。
俺はその日のうちに、上司が居ないすきを狙い『辞表』をそっと出しては荷物をまとめて帰った。
そして、電話する。
「もしもし?俺……」
ーーー
「ーーですから、最初に戻りますが重要なのはここの客層に合わせて考慮したものです。プレゼンは以上となります。」
俺は頭を下げる。
「いい案だね」
と、取引先は言ってくれた。
そして、更には、
「いい人材がいるのが羨ましいね、田中社長。これは是非とも我社でも手を組むしかなさそうだ」
「いや~、そう言ってくれると私どもも嬉しい限りですな」
と田中社長は取引会社の社長と手を組み合う。
そう。
俺は、山田さんに連絡しては田中商事の中途採用に見事クリア。
大事なプレゼンも今に至るという訳だ。
俺は伊達メガネをやめ身なりを整えて、今この場での初々しいあの時と同じように幸せを噛み締めていた。
それだけではなく、
「健介、ありがとう」
と囁く声が。
俺は、これからも幸せを勝ち取りに行こう、と思うのであった。
『環境を変えるそうすれば新たな自分が見つかる』、この言葉はこれからも俺の原動力となりそうだ。