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karute-3  「目」

1.


 昼でも日の当たらない雑居ビルの一室、看板もないうさん臭い店が並ぶその中に、「霧崎きりさき眼科」とドアに書かれた一室があった。そこにやって来たひとりの女。流行のファッション、手入れされた巻き毛の長髪。美しいが整い過ぎた、年齢の読めない顔。

それは表情もなくさながら人形のよう。


「…どなたか、いませんか?」


女が部屋に入る。部屋はさらに暗く、チューンの外れたラジオのニュースが聞こえる。

歓楽街に起る通り魔事件、美少女たちの顔を切りつけられる…そんな物騒な話題ばかりが。

奥から涼やかな声が響いた。


「――いらっしゃい。よくこの病院にたどり着いたわね。」


まるで客が来るのが不思議だ、とでも言いたげだ。陶磁のような肌、整った顔立ち、 神秘的な黒瞳。黒のスーツに白衣をかけたラフないでたち。相対する女とまた別に現実感が乏しくなるほどの美貌である。しかし圧倒的な瞳の奥の光…意志の強さが見える。そんな女医に羨望とも敵意ともとれる視線を投げ、女は言った。


「…きれいに、なりたいの」



2.


「なに言ってるのかしら? ここは眼科。美容外科じゃ…」

ない、そう言おうとした霧崎の言葉を遮るように女は話を切り出す。切実な口調だが、表情は変わらない。

「私、整形手術は何度か受けています。初めて整形した時は皆が私を振り返り、賛美 し求愛してくれたわ。私、幸せだった…でも、それも束の間のこと。どんなに顔を整形しても美の基点は移り変わり、飽きられ、疎まれていくの。一番の美人にはなれないのよ!」

青白い顔で吐き捨てるように言う。

「そう、それで何度も整形を繰り返して…でも、そんなの気にしていいたらノイローゼになるわよ。粘土細工じゃないんだから、整形のし過ぎはよくないわ。顔の神経が硬直気味だし、若干顔面神経痛も入っているわね。とにかくしわの一つもない顔なんて」

「いやッ! わ、私は綺麗でいたいの、皆がうらやむ美貌でなければいやなのよ! これ以上整形できないなら、他の女性の美しい顔を見るくらいなら…いっそ、この目を潰してほしいわ…」

錯乱する女。手をカバンに差し込み、何かを取り出そうとしては、自らそれを制する。

「ふうん。それで目の手術を? さすがにそれは勘弁だわ。」

(実験も出来ないし、ね)

小さな声で、闇色の女医はつぶやいた。

「確かにその顔はもういじりようがないわ。どこかの歌手のように崩壊しかねないでしょうし。―――なら、あなたより美しい顔が見えなくなれば、良いのね?」

眼科医の黒い瞳が、残酷に輝いた。

「ええ、お金ならいくらでも出すわ。どうせ馬鹿な男たちに貢がせた金がいくらでもあるし。こ、このままじゃ、私、また何をするか…先生、あなたのような綺麗な顔を…切り刻んでやりたい…!」

わなわなと手が震え、女の瞳に闇の濃さが増す。女がカバンに隠し持った何かを持ち出そうとした。鈍く光る銀色のそれは、鋭利な刃物のようだ。しかしその手の動きはぴたりと止まった。強烈な睡魔が女を襲う。


「承知しました。改めまして、担当します霧崎ひかるです。あなたがここに来れたのはあなたに歪みがあったため。社会に歪みがあったため。そういう歪みを正すが私のような“診殺医”の努め。きっとあなたが、社会が認める成果をあげてみせますわ。たとえ少々強引でも、ね。」

「あ、ああ…」

 ひかるの手にはいつの間にかスプレー缶があった。催眠ガスにまどろむ女に霧崎は艶然とほほ笑み、ゆっくりと歩み寄っていった。



3.


「―――はい、術式、終了。2〜3時間で包帯は取れるわ。」


「そ、そんなに早く?」

術後。手術台から起き上がった女は霧崎の声のする方向へ問い尋ねた。不安がる彼女に、闇色の女医は手を握り優しく答えるのであった。

「親切、スピーディが売りなの、ここ」


 そして時は経ち包帯は解かれ、恐る恐る目を開く。女が見たのは…

「うっ」


少し離れた暗がりから、ガマガエルのように歪んだ顔の女医が眼前に現れた。

「ふふ、とんでもない物を見たって顔ね」

近付くにつれ、顔の歪みが戻り、霧崎の端正な顔となった。

「ど、どういうこと?」

「眼球の屈折率とピントを調整しました。それから、脳の一部に繋がる神経も」

「神経って…それに今の、なんなの? あなた顔が」

「世の中にはいろんな奇病があって、人の顔を認識できない、という症状があるの。疑似的にそれに近い状態が再現出来るようにしてみたわ。魚眼レンズを逆さまにしたように遠目に写る人 の顔だけが歪み、近付けばそれは普通に見える、というわけ。」

なるほど、霧崎が後ずさりすると、顔はまた醜く歪んでいった。

「本当に信頼出来る人や顔の美醜を気にしない人以外は近寄らせなければ、あなたの周りには醜い人間しかいなくなるわ」

「ほ、ほんとう? ああ、すてき…夢のようだわ」

女ははじめて堅い笑顔らしきものを見せた。


 費用を聞く女に、術後の経過だけ知らせてくれれば良いという闇色の女医。女は礼もそこそこに、眼科を後にした。


4.


 深夜のホテルで。


「いや、来ないで! あなただってガマガエルのくせに!」

「なんだよ、ケッ。お高くとまってよ、性格ブス!」

手術を受けた美女だ。汚いものを見る目で男をにらみ、部屋を出て行く。

手術の後、女は人との付き合いを以前より極端に避けるようになった。遠めに人の顔を見てはほくそ笑む女に、彼女に恋慕していた男たちも、友人も、怒り気味悪がって離れ始めた。

(どんなに醜態をさらしても、あの醜い奴らよりは何万倍も私は美しいわ…)

傲慢さが彼女自身の立ち振る舞いや身なりを、心身の醜さすらを助長させる。

―――そして。



 ずる、ぺたり。


「お、おい。あの女」

「し、目を合わすなよ」

ずる、ずる、ぺたり。

「ああなっちゃあねえ…」

薄暗い街明かりの夕べ。前かがみに体を歪め、のろのろと裸足で徘徊する女がそこにはいた。髪もぼさぼさに乱れ、服装も肌の手入れもおざなりだ。ぶつぶつと独り言を言い、時折り獲物を狙うかのように、濁った目で他人の顔を覗き込んでは悦に入る表情を見せる。

「ぐえぇえええっ、げっげっげ」

―――それは、

ガマガエルのようだった。


「―――彼女自身は、お幸せのようね。さよなら、世界一の美女さん」


 雑居ビルの窓から女を眺めていた闇の診殺医は、静かに窓を閉じた。街頭のニュースは“美女ばかりを狙った通り魔事件”の犯行がばったりと止んだ事を伝えている。


 夕闇は落ち、窓もビルも闇の中に、消えていった。



                 ・・・診殺医 霧崎ひかる karute-3「目」 終わり。


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