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karute-1  「肉」

 今夜はなんてついているんだ。目の前の血も滴るようなレアステーキと、向かいに座っている美女。佐竹はそう思わずにはいられなかった。


「お気に召して?」


綺麗に切りそろえられた黒髪をそよがせ、少し低めの甘い声で女は尋ねた。

「あ、ええ、そりゃあもちろん! ひかるちゃん、って云ったっけ? 君みたいな綺麗なコに誘ってもらえて、そのうえこんな御馳走まで頂けるなんて、夢じゃないかな・・・

もう、食べていい?」


彼女がうなずくより早く、佐竹は料理に齧りついた。のどに詰め込むような勢いで500グラムはありそうな肉の塊をたいらげていく。

「脂がうまく乗った黒毛牛のフィレ肉。九州産かなあ?これ以上のものはそうそうないよ。こう見えても僕は食品会社に勤めているからね、そのへん詳しくてね。それにソースが絶品だよ。何か特別なハーブを使っているのかな? どんどん食欲が湧いてくる感じだ。」


 出会い系サイトなんてたかがしれていると思っていたが、こんなに上玉があっさり釣れるなんて。ナンパややテレクラよりはるかに率がいいな、佐竹は心の中でも舌舐めずりをした。肉を一緒に食べたがるなんて、初めから親密になりたがっているんだ・・。

躊躇なく彼はそう考えた。


 シンプルな黒のワンピースに白の薄手の上着をかけただけの無造作なファッションだが、少しはだけた胸元や腕からも引き締まった美しい肉体が見てとれる。黒く輝く瞳には何もかも読みとられそうだ。沸き上がる劣情を悟られまいと、料理をさらに勢い良く片付けていった。

「よかったら、こちらもいかが。」

ひかるは満足そう微笑むと、料理には手を出さず、煙草を取り出した。

(料理の邪魔だな)

佐竹は煙を露骨に嫌がったが、料理を目の前に差し出しされると、途端に上機嫌になった。

「えっ? いいのかい? じゃあ遠慮なく。いやあ、ホントに美味しい肉だな。ベジタリアンを気取る連中の気が知れないよ。人の血肉を作るのは、やっぱり肉だよ。それも上等な――。」


「もっと上等なお肉を知らない?」


吸いかけのメントールの煙草を灰皿でもみ消すと、ゆっくりと立ち上がり、彼女は言った。

「あ?」

咀嚼しながら、だらしなく彼は聞き返した。

「あなたが欲しがっているのはこんな『お肉』じゃないはずよ」

何をこの女は云っているのだろう。俺の気持ちを見抜いているのか。考えるより先に口が動いた。

「そ、そりゃあ、き、君の肢体のほうが、よほどうまそうダ・・。君だってそういう刺激的な出会いが欲しかったんだろう? その白く透き通るような肌といい、膨らみといい、ほ、ホントウに食べてしまいたいヨ。」

(誘ってやがる・・・。)

佐竹の目は欲望に赤く濁っていた。咀嚼しながら、涎が垂れるのを手の甲で拭いた。顔も赤らみ、汗も流れ出す。刈り上げられた頭に手を当て、ようやく違和感に気付いた。

(俺、髪、切ったっけ?)

額より上のあたりにしこりがある。ゆっくりなぞってみると、堅い紐のようだ。――これはいったい、何だ? 考えられるのは、新しい切開手術の跡。ここはなんて店だ?


何より、自分はいつから食べている? 


「――あなたが欲しがっているのは」


出し抜けに佐竹はナイフとフォークを逆手に持ち直し、ひかるに襲い掛かった。女の言葉に魔法でも掛かっているのか、もう気持ちも体も抑えることは出来ない。

「ちくしょう、喰いてえ、喰いてぇ・・・。その唇も、脚も、胸も。レバーも、し、心臓もだ!」

荒い息とともに己が思いを吐き出し、目前の美しい生け贄は引き裂かれる・・・はずだった。

いつも彼がしていたように。

しかし、その手はひかるには届かなかった。軽い麻痺感が脚を捕らえる。

「局部麻酔の影響よ。じきにそれは治るわ。あ、それから、あなたの厄介な病気も、もうすぐ自浄作用により完治される予定。」

食べかけの料理に突っ伏したまま、佐竹はまさに食い付かんばかりの形相で叫んだ。

「てめえ、どういうつもりだあ? お、俺はどこも病気じゃあねえし、医者を頼んだ覚えもね、ねえぞ!」

彼女は動じず、カルテらしきものを取り出してみせた。

「患者は別。ある富豪の夫婦で、あなたは『クランケの患部』なの。間違わないでね。私のいる病院・・『裏医死会』の会長から“診殺”の依頼が来たのよ。

幼い娘を殺され、そのうえ遺体の一部を切り取り食べられたという猟奇殺人事件が3年前に起こった。ところが犯人は当時未成年であり、精神鑑定の結果も『異常あり』と診断され、無罪となった・・・。親としては納得いかないでしょうね。」

ゆっくりとした口調で彼女は『病状』を読み続ける。

「しかしその男は精神病院を脱出し、行方不明となった。名前を変え、潜伏し、どうやら同様の事件を起こしているらしい、とのこと。そしてあなたが見つかった・・・。

 一番有効的に患者夫婦の心を癒し、患部を潰すのが私たち“闇の診殺医”のお仕事で、最適な療法がこの御食事なわけ。」


佐竹と名のっていた男は、もはや理性のかけらもなく、震え、うなり声をあげていた。彼女の言葉も届いているとも思えない。

「ここまでの記憶が曖昧なのは当然よ。前頭葉に簡単なロボトミー手術をしておきました。それから食欲を司る中枢神経の調整と特殊強心剤の投与。あなたは食べたいものを際限なく食べ続けなければならなくなります。どんな時でも、ね。」

口元を拭い、診殺医と名乗った美女はルージュを塗り直す。深紅の口紅が再び開く。

「このレストランは御夫婦があなたのために設えたのよ。廃虚のビルを改造して。うまく“残った御馳走”を喰い繋いで生き延びれば誰かが発見してくれるかも、ね。――それじゃあ、御馳走様。」

 冷たいメスのような微笑みを浮かべ、闇色の女医、霧崎きりさきひかるはテーブルを離れ、出口に向かった。見渡せば周りは鉄格子をはめた窓が一つ在るだけ。まるで牢獄のよう。

「て、てめえ待て、・・あ、おなかがすいたなあ・・・。喰わせろヨお、喰いてえよお、お肉が喰いたいんだああああ!」


 男は、やっとの思いでひかるの消えた方向のドアまではいずり、そこを開けた。はたしてその奥には、頑丈にロックされたもう一つの出口と、赤いビロウドの布に覆われたつい立てのような物があるだけだった。

かりそめの飢餓のサインにぎりぎりと胃が痛む。何でもいい、喰いたい、喰わせてくれ。絶望と恐怖と食欲だけが薄汚れた食人鬼を襲う。


 ふらふらと立ち上がり、赤い布を取り払うと、“それ”には、真紅のルージュで言葉が書かれていた。

『menu』・・・メニュー、と。

彼は理性を失いかけた眼で、その大きなメニューに映っているものを見た。


 たっぷりと、栄養をとった、ボリューム満点の肉の塊だけが、一枚の姿見には映っていた。




                 ・・・診殺医 霧崎ひかる karute-1「肉」 終わり。


拙い小説?をお読み頂きありがとうございました。

本作はけっこう昔に書いたものを再び推敲修正したものです。

別作「ちょっと怖い小咄」でもけっこう怖い作品のほうが比較的

読まれているようなので、今回直球(暴球?)で行きましたが…

どうでしょう?(^^;


良ければ感想などいただければ、幸いです。

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