異世界文通
私が楽しみにしているものに【文通】というものがある。
どこの誰とも分からぬ者と手紙を介して親交を深める不思議な遊びだが、始めてみると中々に面白い。
中には理想の自分に置き換えて嘘で塗り固めた話をする者もいるが、それを想像するのも楽しみの一つである。
とはいえ世界の識字率は30%程度であるし、多種多様な言語が存在する為に、誰でもが出来る趣味とは言い難い。
しかもやり取りにもそれなりの費用がかかることから、一定の階級を持つ者の贅沢な娯楽だ。
あっ、私?
一応、王様をやっている。
魔族と呼ばれる亜人、魔人、魔物を統括していて、『終焉の魔王』なんて呼ばれたりしてる者だ。
これでも、幼少の頃から帝王学を学び、小さな部族の言語まで網羅済みなので、相手を選ぶことなく自由に文通をしている。
周辺国からの侵攻や、国内のいざこざ。多忙な毎日を送っているが、肩書を捨て、一人の男として手紙をやり取りすることは、なんとも言えない癒しの時間だ。
この文通だが、人間国の文化である。
郵便ギルドに年間契約料として銀貨3枚を支払って登録すると、自分専用の郵便受け取り箱が作られる。
手紙を出す時は郵便ギルドの受付に出すのだが、私宛の手紙はこの専用の箱に届く仕組みだ。
お金さえ払えば誰でも作ることができ、余計な詮索が行われないのが気に入っている。
だから変装しているとはいえ、魔王である私でも簡単に作ることが出来たというわけだ。
もちろん、私の国には郵便ギルドが存在しないため、隣の国に転移して利用しているのだが、そのうち私の国にも作ろうと画策している。
文通のやり方は至って簡単。登録さえすれば、郵便ギルドが毎月発行する『月刊文通』の募集版から相手を選んで手紙を書くだけだ。
そのコーナーには、ペンネーム、使える文字、簡単なPR、希望する相手などが書かれている。
ちなみに先月の募集を読んで、私の目に留まったのはこれだ。
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ペンネーム:アルスト
使える文字:帝国語、リヒテン語
自己紹介:中間管理職やってます。基本的に頭を使う部署ですが、現場に呼ばれることも多いです。上司から無理難題をふっかけられることも。
お互いの愚痴を言い合える人がいれば、と思っています!
同じように毎日を忙しく過ごされている方、愚痴の行き場のない方、お互いのことを笑いながら文通しましょう!
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このような募集が『月刊文通』には毎月100以上載っている。
年齢や性別を書くのは自由で、中には恋愛相談相手を募集している者まで。
ちなみに私のペンネームはマルコスだが、アルストさんとはすでにやり取りを始めている。
『アルストさんへ。
初めまして、月刊文通見ました。
私も日々、書類や現場に追われる毎日。
アルストさんと楽しく愚痴を言い合えたらな、と筆をとりました——』
最近の気候から入り、自己紹介でも上がっていた職場での笑い話など、食いつきやすい文章を散りばめる。最初のやり取りで失敗すると返事が来ないのは経験済みだ。
手紙は好評だったようで、アルストさんからはすぐに返事があり、それから彼とは週一ぐらいの頻度でやり取りをしている。
内容はたわいもない話を交えつつも、お互いに職場の愚痴がメインだ。
先週などは上司から防衛用の侵入不可結界の解除をしろと無茶振りされたらしく、専門外だとほとほと困り果てた様子であった。
一応私の作り出した簡易結界解除術を書き記しておいたが、果たしてうまくいっただろうか?
そんなことを考えていると、突然部屋の扉がノックされる。
「魔王様、西の砦から伝令が!」
プライベートな時間は邪魔されたくはないが、立場上無下にも出来ない。
「どうした?」
「人間どもからの襲撃を受け、劣勢とのこと。至急援軍を送れとのことです」
「西の砦は獣王が万全の体制を整えていただろ?」
「そ、それが、侵入不可結界が破られ、人間国の群勢約二万に取り囲まれたそうです」
「結界が――破られただと!?」
あの西の砦の結界を張ったのは私だ。
とても人間では破れぬ代物だったのだが。
……まぁ、このタイミングってことは。
――――アルスト、お前かぁー!!
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先日は本当に大変だった。
私は急いで西の砦に向かうと、人間達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。私の活躍に恐れおののく二万の軍勢を退却させると、すぐさま砦の近辺に結界を張っておいた。
簡易結界解除術では無効化出来ない、強力なやつだ。
これで再び軍勢が押し寄せてきても楽に対応出来るだろう。
一仕事を終えて地面に座り込んだ私は、鋭い視線を感じた。
腰に手を当て立つ、二本足で立つ赤毛の獣。
頭に大きな三角耳を2つ乗せ、動きを重視さした胸当ての下、腰巻きの裾からは細い尻尾が二本飛び出ている。
西の砦担当をしている獣王だ。
彼女は何やら手に持つ紙をヒラヒラと泳がせている。
「まさか魔王様の結界が簡単に破られるなんてねぇ。人間共は見ないうちに進化してますなぁ」
見覚えのある手紙だ。
「うっ。そうだな。だ、だが、さらに強力な結界を張ったから、もう大丈夫だろう」
「それはそれは、魔王様にはご苦労かけてすいませんねぇ。おやっ、この手紙には結界解除の呪法が載ってるじゃないですかぁ!
しかもこれは魔王軍でも幹部クラスしか知らない呪法じゃないですかぁ! 本当に軍の機密をベラベラと語る奴がいるとは、許せませんなぁ!」
棒読みを続ける獣王のドヤ顔。その見開かれた赤い瞳が物語っている。
——この丸文字。アンタの字だよね? と。
なんとか逃げ切ったが、今後手紙で軍事機密を書くのはやめておくとしよう。
今回は自分で自分の首を絞めたわけだが、次はあの赤い獣からリアルに首を絞められそうだ。
それから数日後、アルストさんからお礼の手紙が届いていた。
『マルコスさん、この前はありがとうございました!
マルコスさんに習った解除術はとてもすごくて、僕の上司がアングリと口を開けるほど簡単に問題を解決できました!
もしかしてマルコスさんは高名な魔術師でしたか?
って余計な詮索失礼しました。
その後ですが、予想外のアクシデントがあり、結果が出せたとは言いづらいですが、上司には一泡吹かせることが出来ました!
今度は僕が相談に乗るので、なんでも言って下さいね!』
アルストさんは無事だったようだ。
ここで私が魔王なんですと書いてあげたいが、お互いの素性を知らない方が文通とは盛り上がるものだ。
いや、実際には私とアルストさんは会っている可能性はあるのだが。
私は気を取り直してアルストさんへ返事を書いた。
『アルストさん、お役に立てて良かったです。
ただ、私も安易に手紙に書いてしまいましたが、あの解除術は何にでも効くわけではないのでお気をつけください。
実は私も最近、一つ悩みが出来ましたので、お言葉に甘えてご相談させてもらいます。
私の部下に仕事ができる女性がいるのですが、彼女に仕事の失敗を見られちゃって。
それから彼女の視線が痛いんです。
さりげなく信頼回復するにはどうすればいいですかね?』
それから一週間後のアルストさんの手紙には【惚れ薬】と書かれた黒い瓶が同封されていたのだが、人間世界は人間世界でなかなか大変のようだ。
まぁ、獣王に惚れられたら惚れられたで、それはとても怖い未来しか見えない。
私はそっと瓶を引き出しにしまうのであった。
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