あねみみにみず
音フェチの作者が書いた耳かきシリーズ第二弾
セミが泣き止まない真夏の八月。
夏休みということもあり、祖父母の家に帰省していた。
いや、母親に連れてこられたと言った方が正確だろう。
実際、銀次がここに来るのも三年ぶり。
部活や受験を理由に帰省することはなかったが、大学一年目には、帰省を断る理由が見当たらなくなってしまたためにこうして連れてこられたのだ。
現在、両親と妹は買い物に行き、祖父母は町内会で家を出ている。
銀次は留守番役として縁側でボーッと景色を眺めていた。
「本当、周りは田んぼと山だけで、何もないよなー」
と、ぼやいているが、こういった田舎の空気を銀次は好んでいた。
ならなぜ、帰省を避けていたのか。
祖父母とそりが合わないのか?
いや、祖父母との関係は良好で、妹と共に可愛がられている。
帰省を避けた理由は他にある。それは……
「おばあちゃん、おじいちゃん。いる?」
おっとりした女性の声が玄関先から聞こえるが、銀次は身動き一つしない。
(……どうかそのまま帰ってくれ)
そう願うも、草履の音が玄関先から、縁側に向かってくる音がする。
「え……あれ、銀ちゃん?」
白いワンピースを着た、艶のセミロングの黒髪を揺らす可愛らしい小麦色の女性は、銀次を目にした途端に目を丸くした。
「ひ、久しぶり。文ねぇ」
「久しぶり! 三年ぶりくらい?」
「う、うん」
「わー! てことは今年高校卒業したの?」
「ま、まぁ。今は大学生だけど」
「そっかー」
久しぶり銀座に会えたことを喜ぶこの女性は、二つ上の従姉の文香。
銀次が帰省するたびに遊ぶほど仲が良かったのだが、銀次が帰省したがらなかった原因がこの文香だ。
「もしかして今って、銀ちゃんだけ?」
「そうだよ。だから、じいちゃん達に用事なら一度帰った方がいいよ」
「もう! せっかく会えたんだから、お話ぐらいしようよ」
そう言って自然と銀次の真隣に座ると、銀次の鼓動は早鐘を打ち始めた。
「ねぇ、なんで帰省してこなかったの?」
「それは……部活やら受験やらで」
当然これは帰省しないための方便であり、実際は……
(言えるわけないだろ。文ねぇのこと意識しすぎて、顔を合わせるのも恥ずかしくなったなんて)
幼い頃から恋心は芽生えていたが、中学に上がった頃には思春期ということもあり、文香と面と向かって話すだけで照れてしまうありさまだった。
「ねぇ、ちゃんと目を見て話してよ」
両手で優しく顔を触られるが、死んでも目を合わせようとせず、顔を真っ赤にさせながらも、バレないようにそっぽを向く。
少しの間そんな攻防を繰り広げていると、ふと文香は銀次の耳を注視した。
「わっ! 銀ちゃん! 耳の中全然見えないよ!」
「え? あー、そういえば全然耳かきとかして━━」
しまったという表情で、口にしてしまったことを後悔していると、目を爛々と輝かせる文香。
「私がしてあげる!」
「いいって、自分でできるから」
「あんなにも耳垢が詰まってたら、一人じゃ無理だよ。それに、毎年私がみみかきしてあげてたでしょ?」
そう言いながら我が家のようにまっすぐ耳かきを取りにいった文香は、目的の竹の耳かきを右手に持って再び縁側に座る。
「お待たせ。はい、おいで」
当然のように膝を手で叩いて、膝枕を促す。
断ろうとする銀次だが、文香に対してこれ以上強く拒否することができない。
好意を持っていることもあるが、文香の耳かきの気持ち良さには抗えなかったのだ。
「じゃあ、お願いする」
「はい、お願いされました」
ゆっくりと文香の膝に頭を乗せる。
柔らかく受け止めながらも、ハリのある太もも。
さらにほのかに香る甘い香りが銀次の思考を奪っていく。
「始めるからじっとしててね」
匙が耳の溝をスッとなぞる。
わずかに遅れてやってくる三年ぶりの気持ち良さに、思わず体が反応する。
「くすぐったかった?」
「だ、大丈夫」
「そう? なら続けるね」
━━スーッ……スリスリ、カリッ━━
溝の間に隠れた耳垢が触れるたび、カリッと剥がれる音。
とても小さな音が体全体に伝わる。
「気持ちいい?」
「うん」
「よかったー。腕は鈍ってないね」
ニコニコと笑いながら、楽しそうに表面の耳垢を匙で救い上げていく文香。
━━スリスリ、スリリー……カサ……スリ━━
「はい、とりあえず外は終わり。次は中に入れるから、くしゃみしたくなったらちゃんと言うんだよ」
「わかってるよ」
ゆっくりと耳穴へ侵入する匙。
まずは手前の薄い垢に触れる。
━━カサッ! カサカサッ……スーッ……━━
慣れた手つきで次々と耳垢が匙で掬い上げられ、その度に銀次の意識も一緒に削がれていく。
「……銀ちゃん」
「へっ!? な、何?」
ウトウトしていた銀次は文香の呼びかけに驚き、思わず体を大きく動かしてしまった。
が、匙は引き抜かれていたため大惨事は免れた。
「もう、動いちゃダメだってば」
「ごめん。それで何?」
銀次が尋ねるも、文香は躊躇う素振りを見せてから、再び耳かきを始める。
文香が何を考えていることがわからない銀次は、ただ、文香の口が開くのを待つ。
「……向こうの生活、楽しい?」
「え? ま、まぁ」
「やっぱり友達もたくさんいるんだよね」
「そうだね。サークルも入って、色んな人と交流してるよ」
「やっぱり、女の子も?」
「ん? まぁ、そうだね。でも大して喋らないかな?」
「そ、そっかー」
少しだけ嬉しそうな声の文香を余計不思議に思っていると、匙が大物に触れた。
「む、大きい。ちょっと力入れるから痛かったら言ってね」
再び匙がその大物を触れる。
━━ガリ! グッ……ガッ、グッ……ガッ━━
引っかかりはするが、中々剥がれない耳垢。
「頑固だね。なら」
匙の先で手前から耳垢を押す。
━━グッ……ミチミチ、バリッ!━━
「うぉっ!?」
「これで隙間ができた」
隙間を利用して剥がしにかかる。
━━カリカリ、ペリッペリッ、バリッ! ━━
再び大きな音が耳穴に響くと、匙が引き抜かれ、ティシュの上に置かれる。
「すっごく大きい。よく耳が聞こえてたね」
銀次は見せられた耳垢に驚愕。
耳垢というよりも、かさぶたなのではと言いたくなるほど、分厚く硬そうな耳垢がティシュの上に転がっていた。
「あとは細かいのだけだから、ちゃんと横になってね」
━━スーッ、サッサッ、カリュ……スーッ、サッサッ、スーッ、サリサリ━━
テンポよく耳垢を取り合えると、梵天が耳穴に入ってくる。
━━フワッフワッ、ズゾゾゾッ! モフモフ━━
「はい、これでよし」
その言葉を聞いた銀次は反対の耳が上になるように、転がろうとしたが、文香の手で押さえつけられてしまった。
「一つ忘れてた」
銀次の耳に顔をグッと近づける。
━━ふーっ……━━
「あふゅっ!? 文ねぇ!? こんなことしてなかったよね!?」
「そうだったっけ? まぁ、そんなことは気にしないで、早く反対の耳を上にして」
そう諭されたが、納得がいかない銀次。
しかし、素直に聞き入れてまた膝を枕にする。
「……ねぇ、銀ちゃん」
表面の溝の耳垢を掬い上げている最中に文香が口を開く。
「何?」
「銀ちゃんはなんで三年も来てくれなかったの?」
ドキッとしたが、平静を装いつつ同じ答えを銀次はした。
「受験やら部活やらで忙しかっただけ」
「……私といるの、つまらない?」
「え?」
脈絡もなくそんなことを聞かれて戸惑いを見せる銀次に、文香は話を続ける。
「昔は一緒に遊んで楽しかったけど、年を重ねるにつれて銀ちゃんよそよそしくなっちゃってたからさ。仕方なく遊んでたのかなって。ほら、ここ銀ちゃん達が住んでる場所と違って田舎だからさ。遊ぶところなんてほとんどないし。銀ちゃんは本当はここに来たくないのかなって」
手を止めて、弱々しく話す文香。
そんな文香に銀次はどう答えればわからなかった。
だからこそ、自分の本音を伝えることに。
「たしかにここはカラオケやゲーセンもないし、コンビニだって遠いよ。おまけに周りは田んぼと山だらけでも、俺はここが好きだよ。それに、その……文ねぇのことも、好きだよ」
さすがに「一人の女性として」とは言えなかったが、素直な思いを伝えた。
そして、その言葉は文香の心に深く響く。
「そっか……嬉しい」
━━スーッ、カリカリ、スーッ、スッスッ、サリサリサリサリッ━━
再び動き出した匙は壁から垢を剥がし、剥がした後を的確に、なぞる程度の力加減で掻く。
また意識が遠のいていく銀次。
今度は誰にも邪魔されることなく、夢の中へと落ちていった。
「ふふっ、寝ちゃった」
梵天で細かい耳垢を取り除いた文香は最後の仕上げに口元を耳に近づける。
━━ふーっ……━━
息を吹きかけあと、眠った銀次に囁く。
「私も大好きだよ……ずっと一緒にいたいな」
文香が愛おしく見つめた後、銀次の頬に柔らかい何が触れた。