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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者パーティーの奴隷が追放系主人公だと気づいたので、ひたすら媚を売ってみた

聖女がですわ口調です。

 ある日、テントを張り終わった後に勇者はパーティー全員を呼び出して突然こう告げた。


「こいつクビにするわ」


「あ、やっとなの?もっと早くすれば良かったのに」


「街中でクビにしたら悪評たつだろ?ここなら魔物が勝手に処理してくれて楽だからな」


「なるほど、名案ですわ!」


「……え?」


 何を言われているのか理解できないといった表情で固まる少女を無視して、勇者は腹立たしげに悪態をつく。


「なんだそのとぼけた顔は?お前さぁ、自分がどんだけ無能なのかわかってねえのかよ。飯はまずい、動きはとろい、汚ねぇ、スキルは使えねぇし、根性もねぇ、お前みたいなクズを雇ってる余裕なんてねぇんだよ。女神様に頼まれて二年間も使ってやってたが、もう限界だ」


「ご、ごめんなさい……」


「黙れ。女神様の加護を受けてるせいで売ることもできねぇゴミに用はねぇ。さっさと失せろ、解放(リリース)


 勇者がそう唱えた瞬間に彼女――アイビー、通称アイ――の首輪が淡く輝き、ガチャリ音をたてて外れた。


 これで彼女を縛っていた奴隷魔法は解け、晴れて自由の身になった。


 しかしアイは動かず、すがるような目で俺を見てくる。


 当然だ。アイは戦闘にあまり参加できず、スキルも弱いため高ランクのはびこるこの山からは決して生きて出ることはできないのだから。


 それでも、


「……ごめん」


 俺はそう呟いて目を反らした。


「ぁ」


「くくっ、愛しのシンヤにすら見捨てられた気分はどうだ?」


 アイは絶望の表情を張り付け、うつむいた。激しい罪悪感が心を締め付けるが追放はやめさせられない。これがアイが自由を得られる唯一の道だからだ。


 うつむき動かなくなったアイを突然勇者が容赦なく蹴り飛ばした。


「カハッ!」


「はっはっは!なんだ、いい顔できるじゃねぇか。最後にいいもん見せてもらったな」


「くすくす、確かにそうね。あんな絶望仕切った顔はなかなかおめにかかれないもの」


「ふふっ、愚図でも命を使えば人を笑わせることができますのね。参考になりましたわ」


 勇者は笑いながらテントに戻って行き、後を追うように賢者と聖女もテントに向かう。


 いつものように盛りはじめるのだろう。これで少しは時間ができた、といっても夕食の食材を探しにいかなければいけないので、あまりゆっくりとはできないが。


 俺は蹴り飛ばされたアイに近づき、様子を見てみた。


「うわっ!」


 まさに絶望を体現したかのような表情でうずくっていた。くすんだ黒髪とガリガリに痩せた身体、ボロボロの衣服がその絶望をより色濃く表現していた。


「と、とりあえず立てるか?」


 そう問いかけると、アイはヨロヨロと立ち上がった。しかしその動きはぎこちなく、生気を感じられない。


 フラフラとしているアイにこの日のために用意していたセットの入った革のカバンを肩からかけさせて、虎の子の転移の魔道具を握らせる。


「アイ、よく聞いてくれ。カバンの中に手紙が入ってる。その指示にしたがってくれ。それから、自分のスキルの正しい使い方を見つけること。わかったな?」


 それだけを早口で伝え、魔道具に魔力をこめるとゆっくりと魔方陣がアイの足下に広がっていく。


 それを見たアイは表情を少し和らげ、なにかを伝えようとした、その瞬間、


「余計なことすんじゃねぇよ」


 その言葉とともに魔力を纏ったナイフが魔方陣に突き刺さり、魔方陣を致命的に悪化させていく。


 転移に必要な情報が次々と書き換えられており、もはやまともな場所に転移することはないだろう。


「なっ?!」


 振り返るとそこには少し楽しげな様子で勇者が立っていた。


「シンヤ、お前の浅知恵なんか見え見えなんだよ。まあ最初から俺の手のひらの上だったってことだ」


「チィッ!」


 道理で基本王族にしか買えない転移の魔道具が手に入ったわけだ。あそこで疑うべきだった。


「じゃあなゴミクズ」


 その言葉にはっとしてアイのいた場所を見るが、そこには転移の残光が残るのみだった。


 あまりの出来事に膝をつき、項垂れる。


 クソッ!最後の媚売りタイミングが!


 失意に沈む俺の背中に勇者は無関心に言葉を投げかける。


「飯つくっとけ。あとテントには近づくなよ」


 勇者は用は済んだとばかりにスタスタとテントに歩いていく。


 ま、済んだことを気にしても仕方ないか。飯作ろっと。


 俺も思考を切り替え、食材探しをはじめた。




 ◇




 かつて俺はこの世界のものとはなにもかもが違う歴史を歩んだ世界で俺は生まれ、そして死んだ。


 死んだ理由は本当にくだらない理由だった。あんまり覚えてないけど。


 はっきり覚えてるのは命がだんだん薄れていくような感覚だけで、そしてそれが消えた瞬間、気づけば俺は謎の空間にいた。


 そこで神を名乗る奴に生き返らせてやるかわりに剣聖として勇者が魔王を討伐するのを手伝えといきなり命令され、有無を言わさずこの世界に飛ばされた。勇者出現から五年以内に討伐できなければ死ぬという条件付きで。


 それから死ぬ気で自らを鍛えた。寝る間も惜しんで剣術を磨き、将来の仲間と円滑な関係を築く為のシミュレーションもした。こっちは完全なる無駄だったが。


 魔物を倒せば魔素を取りこみ、身体が強化されるなんてゲームじみた世界だったことや、神から貰った才能のお陰で俺は凄まじい早さで成長していった。


 そして十五歳になったとき、全世界に神からの神託が与えられ、世界は神に力を与えられた使徒である勇者、賢者、聖女、剣聖、そしてサポーターの五人がこの世のどこかにいることを知った。


 神託が下った後全ての国々は結託し、その五人を世界中くまなく探しまわった。


 そのため五人はすぐに見つかったのだが、ひとつの問題が浮上した。


 サポーターが奴隷だったのだ。


 さらに詳しく調べると、スキルも「強奪」のたったひとつだけ。


 その「強奪」も「鑑定」スキルに無生物から三~四個のものを分離できるという謎機能を足しただけのものだったのだ。


 各国は困惑した。


 勇者は子爵家の三男で強力なスキルがある。聖女は王族で一度なら死者蘇生すらできる回復魔法を持っている。賢者は男爵家の次女で多彩な魔法を操ることができる。俺こと剣聖は身分こそ平民だが、勇者ですら手こずる魔物を何体も倒してきた実績がある。


 しかしサポーターだけはスキルも弱く、身分も賤しい。何故選らばれたのか全くわからないのだ。


 それでも神の言葉は絶対のものであるため、基本逆らうことは許されない。


 そのためそんなサポーターも他の使徒と同様に扱うことが決められた。……実際は奴隷魔法を解かなかったことや、与えられる賃金が他の三人の十分の一だったりとかなり下に見ていたが。


 しかし他の三人の使徒がアイを見くびる中、俺はむしろ彼女に()()()()()


 使徒全員の顔合わせを行う世界最大の国ネニュファール帝国を訪れ初めて彼女を見た瞬間、鍛え続けた察知能力が彼女から弱々しいながらも死後の空間で神を名乗る者から感じたオーラと同じものを感じた。


 しばらく考察した結果、おそらくアイには神に至る素質があるのだろうという結論に達した。


 で、ここまでの流れを考慮すると自ずとアイの正体がわかってくる。勇者パーティーに所属しているがスキルが弱く身分が低いためいじめられている神候補。


 完全に前世で流行っていたざまぁ系小説の主人公です本当にありがとうございました。


 全てが小説のようになるとは限らないがここはなんちゃって中世ヨーロッパな剣と魔法の世界、小説のようなことが起きたとしてもおかしくない。


 それがわかった日からアイへのいじめを庇いはじめた。


 元々控えめに庇ってはいたもののその日からは明確に三人に敵対し、なるべくいじめを肩代わりするようになった。


 膨大な量の仕事を押し付けられた時は分担してこなしたし、戦闘面でも戦闘時間が長いと他の三人がアイがお荷物だとわめきだすので、できるだけ瞬殺した。


 アイへの賃金が掠め取られているせいで身支度を整えるお金がない時は身銭を切っておこづかいをあげたし、勇者達が追放することを見越して町で暮らす上で必要な知識は教えた。


 こうやって思い返すとまあまあ貢いでるな。まあいくら身支度を整えても一日の仕事が多いため夕暮れにはだいぶ薄汚れていたし、野宿となるとかなりみすぼらしいかんじになっていたがしないよりはましだっただろう。


 余談だがアイからお金を掠め取った勇者達(クズども)は毎回一時間以内にそのお金を使いきるという偉業を成し遂げている。一般的な年収ぐらいの月給だぞ?意味がわからん。


 そうして媚を売り続けること約二年、ついにアイが追放された。


 俺は追放されたとき用に用意した、一番すごしやすかったベゴニア王国への転移の魔道具とそこにいる知りあいの名前と居場所をかいた地図、追放されることを止めなかったことへの懺悔を書いた手紙と数ヶ月生きていけるだけの金などを入れた「追放セット卑屈ver」を渡したし、できるだけの媚売りはできたと自負している。


 え?勇者の介入で変な所へ飛ばされた心配はしないのかって?


 あんな幸運の女神に愛された奴の心配なんてするだけ無駄だ。


 文字どおりレベルの桁が違う奴らの戦いにあの二年間で何百回単位で巻き込まれたのに一度も傷を負わなかったほどだ。まあなんとかなるやろ(適当。


 その事件からさらに二年後、俺たちは無事魔王を討伐し、全世界から称賛を浴びた。


 勇者はネニュファール帝国の王女であった聖女と結婚し皇帝となり、賢者は魔術界の権威として魔術師ギルドのギルド長となった。


 かくいう俺も、昔高ランクの魔物の襲撃で壊滅しかけていた馬車を助けるというラノベ展開を経て仲良くなったベゴニア王国の候爵令嬢との結婚が決まった。


 まさに勇者パーティーは名誉を手に入れた、のだがここ数ヶ月でその雲行きは怪しくなるばかりだ。


 まず最初に勇者が失踪し、五日後にありとあらゆる拷問を行われたかのような傷が全身についた死体として発見された。


 次に聖女が失踪し、三ヶ月後に性的暴行を行われた死体と産まれてまもない赤子が発見され、その隣には「奴隷の子です」と書かれた看板が立っていたようだ。


 調べると確かに聖女の子供であり、専門家達はどうやって三ヶ月で妊娠、出産したのかと頭をひねったらしい。


 結局はかなりもめたものの、将来の皇帝として育てることになったそうだ。


 そして三番目に賢者が失踪……すると思いきや賢者の不正に関する資料がかなりの範囲にばらまかれたようだ。


 賢者はギルド長の座を追われ、さらには詐欺にあって借金地獄に陥って最後には娼館に奴隷として売られたそうだ。


 そのついでと言わんばかりにネニュファール帝国の裏の資料もばらまかれ、その一ヶ月後に帝国はあっけなく滅んだ。


 あと残っている勇者パーティーは――アイは死んだことになっているため――俺一人だ。


 世間は勇者パーティーの悲惨な最期を見たいようで、俺が実は不正をしていただのあの事件の真犯人は俺だの好き勝手いっているようだ。


 ただ俺に助けられた人や知り合いなどは信じてくれているのだけが救いだ。


「はぁ~」


 俺が諸悪の根元であると断定しているゴシップ記事をゴミ箱に放り投げながらため息をつく。


 俺、大丈夫だよな?あんだけ頑張ったんだから少なくとも手加減はしてもらえるよな?


 暗い未来に思いを馳せると再びため息が漏れてくる。


 しかし明後日に迫った式のためにも体調は万全にしておかなければいけない。


 座っていた革張りの椅子から立ちあがり、書斎を出る。


 廊下を歩きながら今日もなかなか寝付けないだろうなと嫌な予想をする。


 そうして寝室の前まで歩いてきたところで懐かしい気配を感じた。この部屋にアイがいる。


 ……滅茶苦茶入りたくないけど入るしかないよなぁ。


 いつもの数倍重く感じる扉を開くと、やはり予想通りアイが俺のベッドに座っていた。


 予想と違っていたのはかつて一緒に旅をしていたときと比べて健康的で、とても美しい女性へと成長していたことだ。


 くすみんでいた髪は引っ掛かることを知らないようなサラサラとしていて艶やかな髪になり、痩せ細り憐れみを感じるほどだった身体も女性的な丸みをおび、強く異性を感じさせる。


 引っ掻き傷や擦り傷によってズタズタだった指先も傷が消えさり、白くほっそりとした美しい指になり、ところどころ割れていた爪も綺麗に整えられていて艶々としている。


 勇者達によってつけられたさまざまな傷痕も全て消え、もとからなにもなかったような白く美しい肌へと変貌している。


 極めつけはおどおどとした雰囲気がなくなり、どこか人間の域を越えた圧倒的な存在感を放っていることだ。


「お久しぶりですね」


 アイに声をかけられてようやく文字どおり女神のような美貌と存在感に真っ白になった思考が再び巡りはじめた。


 そこで初めて無意識に半歩あとずさりしている自分に気づき、思わず苦笑する。


 一応二年間も一緒に旅した仲間なんだ。バカみたいに強力な力を付けたからといっていきなりビビるのは失礼だよな。


 気を取り直して気のきいた再会の挨拶をしよう。


「あー、その、久しぶりだな」


 駄目だこれ。七年以上前に練習だけしたうまい会話のコツなんか覚えてなくて当然だよな。失敗した。どうしよう。


「とりあえず、積もる話もありますし座ってください」


 俺の苦悩を知ってか知らずかアイはベッドをぽんぽんと叩き、隣にすわるように要求する。


「一応そこ俺のベッドなんだけど」


「細かいことを気にしてると禿げるらしいですよ?」


「それは困る。切実に」


 俺が隣に素早く座ると、アイは何が面白いのかクスリと笑う。


 その姿に不覚にもドキッとしてしまう。アイがこの五年で色っぽくなってる件について。


「それで、なんでいきなり訪ねてきたんだ?しかもこんな夜更けに」


 何かあった時のために少し足に力を入れてすぐ立ち上がれるようにしながらアイに質問する。


 復讐にきたとか言われたら無謀を承知で全力で逃げよう。


「それはですね……」


 その瞬間視界がぐらりと傾き、全身の筋肉が弛緩する。踏ん張りは一切できず、そのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。さらにその上に覆い被さるようにしてアイが顔を覗きこんでくる。これは不味い……!


「やっぱ、り……ふく、しゅう……か……?」


「え?」


 俺の発言にきょとんとした顔をするアイだったが、すぐさまクスクスと笑いはじめた。


「ふふっ、やっぱりまだ自己評価が低いままなんですね。私がここにきた理由は復讐じゃないですよ」


「じゃあ……な、ぜ……?」


「私がここにきたのは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……は?」


 言われている意味が全く理解できない。わかるのはその言葉に狂気が宿っていることだけだ。


 呆けている俺を無視してアイは俺の肩を軽く掴み、水を得た魚のように生き生きと語り出す。


「私は飛ばされた龍の巣からベゴニア王国に帰ってきてからずっとシンヤが迎えに来てくれるのを待ってたんですよ? だから魔王討伐の知らせを聞いたときはすっごく嬉しかったんです。やっとシンヤさんにあえるんだって。でも、シンヤさんは一向に現れませんでした。気が狂いそうなほどずっと逢いたいと想い続けていたのに。それどころか」


 ギリッと歯ぎしりの音が部屋に響き、肩を握る手に力がこもる。


「シンヤさんはどこの馬の骨とも知れない女と婚約させられました。それを知った時、私の中で何かが変わったんです。今まで自分を縛ってた何かが弾けとんで、ただシンヤさんを私のものにしたいっていう純粋な気持ちだけが残りました。その時は気づきませんでしたが、シンヤさんへの気持ちに磨きがかかったと考えると必要なことだったのかもしれませんね。それからシンヤさんを婚約者(ゴミ)から救い出そうと計画を練り始めたんですが、あのゴミが無駄に力をもってることにに気づいたんです。このままシンヤさんを迎えに行っても無事に逃げ切れるかわからなかったので、あのゴミに圧勝できる力をつけてから迎えにいこうと考えました。だからまず手始めに神の力をを取り込むために勇者パーティーを瓦解させようと決めました。最初に勇者と聖女を殺してスキルを奪いました。そこで「強奪」が進化して殺さなくても奪えるようになったので、賢者はスキルを全部奪って娼館に落としあげました。そうして半神(デミゴッド)になったところでやっとゴミを消す自信がついてきたのでこうして迎えにきたんです。嬉しいですか? 嬉しいですよね? 私達、あんなに愛しあった仲ですもんね? えへへ、喜んでもらえて何よりです。実は私もこの部屋に入ってきたときに久々のシンヤ成分に興奮しちゃってこの部屋にあった物全部アイテムボックスに収納して新品と入れ替えちゃったんですよね。ずっと魔法で見守ってたし、シンヤさんが捨てた物はなるべくいただいていたとはいえ、ゴミのせいであまり近づけませんでしたからね。少し羽目を外してしまいました」


 早口での説明が終わると、アイは恥ずかしそうに笑いながら俺の首辺りをはむはむと甘噛しはじめた。


「シンヤさん……、すごく美味しいです……。それにこのシンヤの全てが私の手の中にある感覚、癖になっちゃいそうです……」


 頸動脈を甘噛しながら放たれたその言葉に背筋が凍る。冒険者時代にもしかしたら俺のこと好きになってくれてるかな? とか妄想したことはあったが、なにもここまで病んでくれとまでは言ってない。


 会話のなかで婚約者が化け物級の力を持っているとかいろいろ気になることはあったが、それよりも今は目の前の化け物から逃げることだけを考えよう。


 このままでは良くて監禁悪くてナイスボートなので、必死に魔王討伐で鍛えられた窮地での異様に速い思考力を使って逃げ道を考える。


 何をするにもきっかけがないと始まらない。まずは助けを呼ぼう。


 俺は少しだけ麻痺の弱まってきた口で歯に仕込まれた魔道具を噛み砕いた。


 この魔道具は元々婚約者であるマイと離れた場所でも会話出来るようにとお義父さんが贈ってくれた物だが、片方が壊れるともう片方も壊れるという性質がある。


 これで俺の危機を知ったマイが侯爵家の私兵をこの家に送ってくれるはずだ。


 彼らと力を合わせればなんとか逃げ出せるかもしれない。


 私兵達を巻き込むのは申し訳ないが、俺も自分の命が惜しい。容赦なく肉盾になってもらおう。


 とはいえ彼らが到着するのは早くても二十分後くらいだろう。それまでなんとか時間を稼がないと。


 マーキングするかのように体を擦り付けてくるアイを見ながら話題を考える。


「そういえばシンヤさんから剣聖のスキル貰うの忘れてましたね」


 アイが急に擦り付けるのをやめ、まさに偶然思い出したといった様子で割りと洒落にならないことを言い出した。


「あ、アイ? スキルは俺の汗と涙の結晶だからできれば無くしたくないんだが……」


「……私も好き好んでシンヤさんの努力をふいにしたいとは思っていません。ですが、これはシンヤさんにこれから絶対に傷ひとつ負わせないという意思表明でもあるんです。私の想い、受け取ってもらえませんか?」


 いやぁ、無理っすねなどと言えるはずもなく固まる俺。やべぇ、詰んだ。


 ここで剣聖を失えばアイから逃げ切るなんて確実に不可能になってしまう。なんとか煙に巻くしかない。


「すま……」


 ドガァァァァン!!!


 口を開こうとしたその時、壁が爆音とともに吹き飛び、そこから凄まじく邪悪な気配が流れ込んでくる。


 そのオーラは黒いながらもアイに勝るとも劣らない輝きを放っており、その強大さはまさに邪神と言うべきだろう。


 そしてその持ち主は想像通り


「……私のシンヤに、何してる?」


「マイ……」


 俺の婚約者だった。


「零落した邪神の分際で()()シンヤさんに何かご用ですか?」


「……シンヤは私の婚約者。……私の物を勝手に奪うな」


「奪っていません。元々私の物だったんですから取り返すというべきですよ」


「……それ以上その汚い体でシンヤに触れるな。……妄想女が」


 突然視界が切り替わり、気づけばマイに抱きしめられていた。


 どうやら麻痺もついでに解いてくれたようで、自由に動くことができる。自由って最高だな。


 それにしても壁にこんなにドでかい穴を開けるとは……。修理費いくらぐらいかかるんだろう。


 ……そろそろ現実をみるか。そう思って目を向けた先ではマイとアイが口論しながら激しく戦う姿があった。


 戦闘音で聞き取りづらいが、どうやら自分が俺をどれだけ幸せに出来るかについて話しているようだ。


 アイと一緒になれば何も出来ない代わりに一生俺の身の回りのことをしてくれるようで、マイと一緒になれば二人だけの世界に閉じ込められる代わりに生理現象から解き放たれ永遠に二人きりで過ごせるようだ。……ふむ。


 俺は持ちうる全能力を駆使して気配を消し、壁の穴から闇夜に向かって駆け出した。


 どっちもごめんに決まってるだろ! むしろ重いどうし二人で仲良く百合百合やってろ! 俺は絶対につきあわ――


 途端に意識が落ち、その場に崩れ落ちた。


 その後、俺を見たものはいない。

※この後シンヤくんはスタッフ二名がきちんと監禁しました。


ちなみにマイの語源はマラカイトです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が無事?はっぴーえんど?を迎えられたこと? [一言] 続き…書いてくれてええんやで…
[良い点] そう来たかぁ…いいね!としか言いようがないです(笑)。
[良い点] ダブルヤンデレだった… この分だと奇跡的な何かがあってシンヤさんを助けに来た人がいてもその人もヤンデレ感染してる可能性( [気になる点] シンヤさん、スキルはきっちり取られちゃったんだろな…
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