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散歩

作者: 三文字

 言葉がファッションアイテムの一つとして数えられるようになって、はや四十年が経とうとしている。

 いや、実際はもっと経っているかもしれない。まあそんなことはともかく、それほどの時が経ったにもかかわらず、いつの間にか言葉はファッションとしての機能も放棄しはじめ、それどころか産業廃棄物のような無用の長物にまで成り下がってしまった。

 大抵の言葉は、百円ほどの価値すら生むこともなく忘れ去られる。忘れ去られなかったとしても、それは一瞬のかりそめの出来事。それもその半分は分断や対立を生むような嫌がらせグッズみたいなもので、これではむしろ百円玉のような「利益」を生むどころか「有害」というわけだ。

 なので、女性と言葉を交わして喜びを感じられるなんて者は、今のご時世ただの変質者なわけであって、そういう意味で、僕が変質者のきらいがあるということも、残念ながら否定できない。

 変質者予備軍の僕は、それをばれないようにするため、大抵は無口を装っている。言葉の無力さを知っているというのもある。一昨日の「花金」にオンライン飲み会にとある友人から誘われた時も、そこで何を話せばいいかもてんで分からず、とりあえず話を聞いていた。すると人々は思い思いのどす黒いエゴをその場に垂れ込める。産業廃棄物たちの出番だ。いっそのこと廃棄物同士が相撲を取るのを最後の最後までぶっ通しで観戦すれば良かったかもしれない。いや、しかし、僕はそもそも、相撲が好きじゃなかった。


 そんなことを経験したこともあって、昨日、つまり土曜日は疲れて寝てばかりだった。そして日曜の今日も何もしないでいたいんだ。何もしない日というのもたまには必要だ。言葉の武器に毎日触れていたら、そしてそれをいつも相手取っていては、耳も難聴になるし、腕も筋肉痛で動かなくなる。そんなこんなで、今日は何も考えないためにゴロゴロしたあげく家を出たのだ。何もしないことが歩かないことと同じとは限らない。


 緊急事態宣言か何か、知らないが、そういう類のものが解除されたそうだが、とにかくこれ位の外出は許してくれ。僕は雑踏の音楽を聴くためだけに町に出たのだ。

 雑踏。良い言葉だ。そこには「不在」がある。満ち満ちている。「運命」と「意味」の不在が。

 家屋や店のどれをとっても全てがバラバラなのは日本の町の景観の弱点だが、今となってはそれがむしろ心地良い。急進主義も伝統主義も町にあっては全てが許される、そういった心持なのだ。そしてそこでは人も、いつも以上に「無目的」的に歩いているような印象を受けた。

 空っぽの頭の中、いたずらに入ってくる外界の情報。列車の中の風景の様にただ通り過ぎるだけのイメージ。駅前の坂を急ぐこともなく上り、駅舎に入って駅ナカのショッピングモールの前まで進むと、そこには六月一日、つまり明日そこが久しぶりに営業を再開するという張り紙があった。つまり今は閉まっている。

 ショッピングモール内の本屋へ行くのはこの散歩の最終目標であるようでいて、その実言い訳だった。うすうす知っていたのだ。でもそれを確かめるという変な理屈をつけて、とにかく外に出て、無駄足をここまで運んだというわけだった。

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