第1章(第2回)
本に文字が刻まれた後、守はしばらくじっとしていたが、ふいに胸の奥からこみ上げるものがあった。腰を上げ部屋を出た。その時に守の目には光が宿り、空気が澄んでいるような気がした。
アトラクションの内部であったはずなのに人が住んでいるような造りになっている。昔のアトラクションとは違う、そう思った。
ズボンの上から本にそっと触れた。さっきの光景を思い出す。暖炉と「火」の文字だ。本を持っていると、ここにある何かと反応する。すると、関係のある文字が吸い込まれる。そこまで考えを巡らせたところで、思考がこんがらがってしまった。あの道化師は何がしたいのだろう。道化師の考えなど分かりたくなかった。
階を上がりドアを開ける。その作業を何十回も続ける。疲労を感じ、階段を上がった時だった。足音が聞こえた。守は慌てて陰に隠れる。暗闇の中、切り取られた影絵のような背中が見える。背格好は男だ。
男はそのまま廊下を進み、階段を上がった。守は用心しながら後を追った。廊下にはいない。部屋か、次の階か。守が逡巡していると、後ろの方でがちゃりと音が鳴った。振り返る。ドアが半分ほど開かれ、人が覗いた。
出てきた男は守と同じくらいの年に見えた。青年の顔は自信に満ちていた。守とは正反対だ。
「おまえが付いて来ていたのは気づいてたぜ」青年はにっと笑う。
沈黙が2人を覆う。青年は守をじっと見ていた。守が話すのを待っているのだろう。やがて、気づいたらしく、「もしかして喋れないのか?」
守の眼差しを肯定と受け取ったのか、うんうんとうなずくと「俺と同じだな」と言った。「俺の左足は動かないんだよ」左足を上げてみせる。
「動いてると思っただろ?でもな、これ義足なんだぜ」柔らかな声になっていた。
「昔、ふざけた格好した野郎に左足奪われてな。正確には、左足から出てきた文字を盗られたんだけどな」「だから」空気に静電気が走るようにぴりっとした気配を感じた。「あいつは生かさない」青年の顔は険しくなっていた。
「まあ、それは置いておいて」両手の手のひらを上に向け、肩をすくめた。「面白いことを発見したんだよ」本を取り出し、開いた。ページの上で手をかざし、握る。そのままずんずんと守に歩み寄ると、拳を振った。衝撃が鳴る。守は間一髪、避けた。壁に拳がめり込んでいる。青年は守の方に向いた。「な、面白いだろ?」青年が異様に大きく見えた。




